44話 バリア魔法と山の力
ブルグミュラー家の者が、ボロボロになりつつある我が屋敷にやってきた。ところどろこ床がぬけるから気を付け給え。
軍船の開発と新しい街計画で、今の屋敷の修繕は後回しになっている。
木の板で修繕した壁からは風が入るが、幸い今日は天気が良く心地よい日差しが入ってくる。前向きにとらえていこう。
ベルーガが付き添って、貴族の夫婦を通した。
こくりと縦に頷くベルーガのサインは、この二人に悪意はないという意味である。
悪意があったら本当に困っていた。
なんたって、この二人はミライエの南側の領地の貴族。いわば隣人だ。隣人は愛さねば。
首を刎ねるようなことがあれば、事件どころの騒ぎではない。
「あら、風通しの良い部屋ですわね」
強めのウェーブ髪で、美しいドレスを着た奥様が皮肉めいた言葉を投げかけてきた。
恥ずかしい限りです。本当に。少し顔を伏せておいた。
こんな部屋で招き入れないといけないとは……。他の部屋はもっとひどいので、俺の執務室に通している。
二人は30代から40代の若き領主だ。俺はもっと若いので、そんな俺から若いと評すると違和感があるかもしれないが、俺が特例中の特例なので今回はカウントしないでおく。
いかにも貴族然とした二人は、あいさつから、座る仕草まで丁寧なことこの上ない。
前回の来訪以来、イメージがよくなる一方だ。マナーの大事さを二人から教わった気分だ。
「お二人ともまた来ていただいて光栄だ。それで、今日は何用かな?」
前回の話がまとまって用事は済んだはずだが、二人からまた訪ねてくるという言伝を貰っていた。
思わせぶりな様子だったが、何の件かわからない。
「一応、前回の話を反故にされないかの確認と……」
そんなことをすれば俺の信用は地に落ちるだろう。
今後、似たようなことをするときに、誰も力を貸してくれなくなる。
そんなリスクを負うくらいなら、素直に取引しておいたほうが賢明だということは俺にだってわかる。
「そんなことはしないから安心してくれ」
「では、本題に」
今度は旦那さんが主導権を握り、懐から羊皮紙を一枚取り出した。
そこには美しい女性が描かれており、どこか二人に似た面影がある。
なんだろう、傍にある紅茶を口に入れ、彼らの言葉を待った。
「娘です。シールド様がお気に召せば、貰ってやってください。器量の良い、できた娘です」
「ぶっ!?」
俺は口に含んでいた紅茶を少し噴き出してしまった。
まったく、なんでまた急に。
「こ、断らせて貰う。あいにくと最近は忙しくて、そういうのは……」
「初心な領主様でしたか。時代の先駆者はどんな方かと思っていましたが、意外とかわいらしいですわね」
奥様、隙あらばからかおうとするのはやめていただきたい。
「娘のことが欲しくなったらいつでもおっしゃってくださいな。もちろん2年以内という期限付きですが」
あっはい……。貴族の婚約は武器になるというが、これほどまで露骨に使ってくるとは恐ろしい。立派な貴族だと評価しておくか。二年後は娘を他にやるというリミッターまで。なんとしっかりしたことだろう。
「では本題へ。建設予定の首都、そこの見学を許可出していただきたいのです」
「見学を?」
「ええ。先に下見をしておきたくて」
自身に満ちたその顔は、やはりいい土地を確保したという余裕からくるのだろうか?
自らの領地を持つ貴族がわざわざ俺の領地を欲しがるのは、何か大きな利益が見込めるからに他ならない。
ま、好きにやらせておく。
なにせ、こちらはブルグミュラー領の出入りを自由にして貰い、港の利用も許可して貰えた。今後、我が領民がブルグミュラー領の出入りが自由になるし、行商の自由も約束して貰っている。余計な関税や制限がなくなると、かなり活発な交易路になることだろう。相手も旨みがあるが、うちとしてもうまい話だ。
そのうえ、確保した土地で行う商売の利益は我が領地の税金となって、結局は俺のもとに集まる。
なんともおいしい話だ。
「どうぞ。許可を出しておくから好きにしてくれ。ただし、まだ整備しきれていない土地だから、危険を覚悟のうえで頼む」
「もちろんですとも」
ブルグミュラー夫妻は許可状を貰うと、嬉しそうに夫婦で抱き合った。
その姿もどこか所作が美しい。なんか背景に薔薇が飛んでね?
「ふふっ、シールド様。再度申し上げますが、我々にあれだけいい土地を渡したこと後悔なさらないでくださいまし? 時代の風雲児に嫌われるのは、こちらとしても都合がよろしくないので」
計画通りいけば、現領主邸のあるルミエス、さらにはブルグミュラー領を通り、ミナントの中心都市まで続くあの土地はかなり重要なものになる。
「もちろんですよ」
何度も言うように、一度交わした約束を反故にすることなどない。
それに、俺にはまだ切り札がある。
「見当外れでしたら申し訳ございませんが、シールド様程の方ともなると、もしかして北への交易路を作る予定ですかな?」
これには驚いた。
この夫婦は流石と言わざるを得ない。
ブルグミュラー家の領地は栄えていると聞いていたが、この夫婦あってだろうなと思わせてくれる。
「もうそこまで見抜かれているなら仕方ない。現地に行ってみるといいです。山を切り開く予想も立っているんでしょう? 我々は南だけでなく、北にも新しい道を切り開く予定です」
「あらあら……」
奥様が扇を取り出し、口元をふさいだ。少し笑っているようにも見える。
なんだ、その意味ありげな言動は。
まさか、何か見落としている?
ブルグミュラー夫妻が知っていて、俺の知らないことがある。確実にそうだろうと思わされる一連のやり取り。少し嫌な汗が流れてきた。
話が終わり、二人は足早に我が屋敷から立ち去って行った。
まさか、一杯食わされたか? 俺の計画に穴でもあった?
考えてばかりいても答えは出ない。
一応アザゼルに歴史書を再度調べなおさせ、俺とベルーガは現地に赴いた。
開発中のサマルトリアの南には、すでにエルグランドと軍からやってきた補佐のミラーがいた。
ミラーはオリバーの推薦で送られてきた軍の人材だ。魔族の選別を潜り抜け、その後も活躍しているからかなり使える人材なのだろう。
サマルトリアの南の山脈は、エルグランドの土魔法によって既に切り拓かれつつある。
計画通りだ。
山脈があるなら切り拓けばいい。そういうことができる部下がいるんだ。
ここに通れる道を作ることで、人の流れを作る。見せかけだけの首都ではなくなり、港以外の交易路もできるわけだ。
「ほー」
上空から見下ろすと、なおのこと絶景。
エルグランドの巨体と、力強い魔法があってこその光景だな。
北を見ておく前に、二人の様子を一度見ておきたい。
俺が近づいてくるのを見て、ミラーが敬礼する。まったく、どいつもこいつも堅苦しい程に真面目だな。そういうやつは好きだけど。
グリフィンから飛び降りると、魔法で山を切り開くエルグランドと、地盤を固める作業員たちが見えた。まじめでよろしい。
今回は山道を通れるようにする作業ではない。
山脈に穴をあけて、平地の通路を作る壮大な計画だ。
多くの人員を導入しているが、何よりもエルグランドの土魔法なしには成しえない大掛かりな仕事。
「シールド様、こちらは順調です。今日はどうなさいましたか?」
エルグランドへ計画通り指示するための大量の書類を手に持ちながら、ミラーが駆け寄ってくる。
「いや、別件で来たついでに様子が気になって」
「そうでしたか。エルグランドほか、魔族も人間の作業員もよく働いてくれております。魔族がこんなに働きものだなんて初めて知りました」
ミラーは少し尊敬の眼差しでエルグランドの背中を見つめる。土に汚れたその体は、仕事人らしい格好良さがあった。
「みんな黙々と働くんですよ。楽しそうに。聞いていた話とはだいぶ違います。魔族は恐ろしい生き物だって聞いていたのに」
そういえば、領民の声を直に聴いたのは初めてかもしれない。
厳密にいえばミラーは配下の者になるが、それでも領民の感情と似た部分はあるだろう。
彼女同様、魔族を勘違いしている人はまだまだ多そうだ。
時間をかければ、魔族と人が一切問題なく、垣根無く暮らせる都市ができるのかもしれない……。
そんな夢物語を思い描くのも素敵だな。
「ここが順調で何よりだ。これから人員と設備をどんどん投入する。ここの実質的な責任者はミラー、お前になる。ここがうまくいけば、騎士の座も用意してやれるかもな」
「わっ私がですか? そんな、滅相もございません! 恐れ多いことです」
オリバー一押しの人材だ。
それに、この場でもしっかりと頼られているみたいだし、人望もある。ふさわしいポジションだと思うけどな。
「先の話だ。一応頭の片隅にでも入れておいてくれ」
「はっ、光栄です」
何度も敬礼し、頭を下げるミラーに別れを告げて、目的のウライ国との国境へと赴こうとしたところで、地響きがした。
地震!?
大地が揺れている。しかし、その原因は目の前の山脈にあった。
雪崩だ。
山頂にたまった雪が土砂と混ざって、すさまじい勢いで斜面を流れてきている。
「シールド様! 土の壁を作ります。オデの後ろに避難を!」
エルグランドがやらかしたといわんばかりの慌てた表情で駆け寄ってきて、急いで魔法で壁を作ろうとする。
「まあ、待て。ここは俺に任せておけ」
エルグランドを引っ張り、俺の後ろに移動させる。他の作業員たちも全員俺の後方に移動させた。
巨人が地を叩くような轟音と振動が続く中、雪崩と土砂が迫ってくる。
飲み込まれたらひとたまりもないだろうな。全滅……そんなことが容易に想像できてしまう。
「シールド様!!」
「バリア――物理反射」
全員を守るように張ったバリアと土砂の混じった雪崩がぶつかり合う。
バリアとぶつかり徐々に勢いが収まり、直後に山に向かって大量の雪崩と土砂が跳ね返った。
土と雪が凄まじい勢いで跳ね返り、木々を倒し、大地を少し平らにしながらこの惨事が収まる。
崩れて流れる大地は迫力があったが、どこか爽快な景色でもあった。
ふぃー、危なかった。
「なんて、力……これがシールド様……」
口を開いたままミラーが青白い顔で立っていた。
もう大丈夫だぞと声をかけても、まだ気が動転しているようだった。しばらくどうしようもなさそうだな、これは。
「すまん、少し急いでやってしまったばかりに」
エルグランドが謝罪をしてくる。
計画通りやっていたらこんな事故はなかっただろうけど、俺がいたからラッキーってことで。
「いいんだ。またよろしく頼むぞ」
「はい、頑張ります」
今度こそ計画通りにとミラーに言い残して、俺とベルーガは目的地へと向かった。




