4話 バリアで仕事を失う。過去の貯金で仕事を得る
「おい、そっちは違うぞ。直ぐにふらふらしおって」
「そうなのか。サンキュー」
バハムートに道案内を頼んだのはいいけど、虫がやたらと多くてそれに反応していたら、道を進み間違えてしまっている。
前を歩いてくれればいいのに、バハムートのやつはまだ俺のことを食べたいらしく後ろを常に歩いている。
物理反射で撥ね返して歯を折ってやったというのに、全然懲りていないらしい。
横目で確認するが、やっぱり涎を垂らしているような……。
「三日で着くって本当か?」
「本当じゃ」
「そうか」
もう二日も歩いている。
予定通りならあと一日で着く。たどり着かないと困る。
だって、食料がもうほとんどないからだ。
1週間分も用意したはずの食料は、後ろの美少女にほとんど食べられてしまっていた。
『人間のものは美味しくない』とかなんだかんだ文句を言いつつ、俺の保存食をほとんど食べる姿の憎たらしいこと。
『人間の料理は数百年ぶりじゃから、珍しくて食うてるだけじゃ』とかいう言葉も腹が立つ。
美味しいなら素直に美味しいと言えばいいのに。
俺のぶんがなくなるのが嫌なので制御しておいたが、放っておいたら今頃食料は尽きていたに違いない。
『スープは喉が渇いているだけじゃ。こんなもん生き血に比べればなんてことはない』は本音な気がした。ドラゴンは怖い生き物です。
とにかく、旅は道連れとか思ったけど、相棒は思ったよりも食費のかかるドラゴンだった。
しかもわがまま。
「バハムート……。ちょっと長いな、他に名前はないのか?」
「数百年前はフェイと呼ぶ者もいたな」
「じゃあ俺もフェイって呼ぶ」
「好きにせい」
フェイ、こちらのほうがだいぶ呼びやすい。
はやめに聞いておくべきだった。
森を抜けた先には、エーゲインという町がある。ウライ国の辺境にある街だが、結構栄えていて人が多いらしい。
本来ならドラゴンの森に隣接しているので発展しづらいらしいが、フェイのやつはこの数百年人に迷惑をかけていないので街が順調に大きくなっているとのことだ。
なぜフェイを始めとしたドラゴンが街を襲わないかというと、単純に人間はやはりまずいらしい。
このドラゴンの森で食べられるものが美味しいのに、わざわざ外に出て人間と争う必要もない。
それに賢いドラゴンは人間の厄介さも同時に理解している。
手を出せば報復があることを知っているのだ。
それを恐れていないのは一目でわかるが、厄介なことは嫌いなんだろうなというのも、短い付き合いだがわかる。
「はやく行こう。俺も風呂に入りたい」
「そっちは違うぞ!」
……俺は思ったよりも方向音痴らしい。
フェイと出会っていなければどうなっていたことやら。
二人きりの森での生活はそろそろ終わりにしたい。
ここではプライバシーというものがないのだ。
ドラゴンと人なので恥ずかしがる必要もないのかもしれないが、それでも用を足しているのをジロジロとみられるのはとても恥ずかしい。
見た目は人間の美少女なので、なんていうプレイだよ!と毎回思ってしまう。
見るなと言っても見てくるやつなので、本当に困ったものだ。うんこくらい一人でさせて!
デメリットはそのくらいで、一応役にも立っている。
道案内はもちろんのこと、フェイがいるだけで他の魔物が一切寄ってこなかった。
雑魚はもちろん、ドラゴンも寄ってこない。
生態系に詳しくはないが、フェイは自称最強種のドラゴンだ。
本当か疑わしかったが、この様子だと本当なのかもしれない。
「なんじゃ?」
「いや、なんでも」
横目でこっそりと様子をうかがっていたのがバレてしまった。
勘の良いやつめ。
森を更に一日進むと、フェイの言う通り本当に街が見えた。
「エーゲインだ!」
全て情報通りで、確かに栄えた街だった。
うおおおっ、街を人が行き交う。活気のある土地だ。ここでいい。ここならやれる。
ここで、俺は第二の人生を始めるんだ。
「腹が減ったのう。何かを食わせろ」
後ろの小娘がうるさい。
さっそく仕事を探さねば。
――。
「これは、これは!ようこそおいでなさいました。シールド・レイアレス様とお連れのフェイ様ですね」
「はい、お声掛け頂き感謝致します」
俺とフェイは、エーゲインの街にたどり着いた三日後、アルバート辺境伯の家で仕事を得ることに成功した。
今も辺境伯自らが俺を出迎えて歓迎してくれている。
ううっ、ようやく仕事が手に入った。
ここに至るまで、それ相応の苦労があったのだ。
後ろの小娘は働くことをせず、ただ貪るだけ。
日々お金が溶けていき、宿に泊まる金もなくなる。
魔法を使えるなら冒険者になればいいと言われて始めた冒険者生活は、初日に最底辺の魔物討伐を失敗してしまい、ダメ冒険者の烙印を押されてしまった。
「なんじゃお主。わしには勝てたのに、あんな雑魚には勝てないのか」
とフェイに見下されたのも悔しい。
俺はバリア魔法しか使えないからな。
相手が逃げ回るだけの雑魚魔物だと、どうしようもない。逃げる相手を俺が仕留める手段は……ない!!俺は弱い!!
知識が乏しく薬草採取も碌にできず、討伐はフェイのやつが協力してくれない。それどころかフェイを見た瞬間に野生の勘で逃げていく始末。冒険者の受付嬢にも見放され、俺の第二の人生が積んだと思われたその瞬間、懐に収めた最強のアイテムを思い出した。
宮廷魔法師を証明するための金の懐中時計。
ヘレナ国擁する10人の宮廷魔法師は非常に有名だ。他国がそれを知っているかは怪しいが、ここはヘレナ国と近い辺境の街エーゲイン。可能性はあると思って、貴族に伝手のありそうな人を尋ね回った。
宮廷魔法師を雇う貴族はいないかと聞きまわったところ、一番の大物である辺境伯が釣れてしまった。
俺の金の懐中時計が本物だと分かり次第、破格の条件で娘の家庭教師を頼まれたのだ。
……涙を流したのはいつ以来だろうか。
ほろりと流れたうれし涙を、俺は忘れることはないだろう。
そうして話がとんとん拍子に進み、こうして俺は辺境伯の歓迎を受けるに至る。
娘さんは街でも有名な天才魔法使いらしい。
唯一の悩みは、そのあまりの才能に魔法を教えることのできる人がいない点だけらしい。
それでようやく娘に指導のできる宮廷魔法師を見つけることが出来て、辺境伯も大喜びという訳だ。
うーむ、まずい。非常にまずい。
俺は間違いなく宮廷魔法師だ。金の懐中時計もホンモノ。
噓偽りなく仕事を得たはずなのに、なんだろうこの罪悪感は。
娘さんは天才魔法使いでしょ?
ということは、新しい魔法や、魔法の精度を高めることを俺に求めてくるのだろうか。
しかし、俺ができるのはバリア魔法だけなんだ。
本当にそれだけ。
うーむ、これ、まずくね?
先行き不安な中、辺境伯に食堂へと案内された俺たちは、長卓一杯に並ぶ食事によだれが溢れた。
不安な気持ちが吹っ飛んだ。もう脳みそが働いていない。
なにせ数日間まともに飯を食べていない。頭の中は食欲で満たされた。
正体ばれて、天才魔法使いの娘さんにクビにされる前に、俺たちはがっつくことにした。
「フェイ、全部食え!死ぬまで食え」
「言われんでも食うわ。お主に着いてきたおかげで、飢え死にするところじゃった。まずい人間なんて食えたもんじゃないし、ついてきたことを後悔していたところじゃ」
着いてきたのはそっちなのに随分な言いようだ。
けど、今はそれどころじゃない。
いいから詰められるだけ詰めろ!
肉から食え、肉!高いそうなものから食うんだ。ここは辺境伯の家、遠慮することはない。どんだけ食っても、ただだぞ!酒も行っとけ!
「し、シールド殿。……大層な食いっぷりで」
「おかわりはありますか?」
「ええ、もちろんですよ。それよりも、娘のことについて話したいのですが」
「これ旨い!もっと!」
「はっはい。お連れの方も元気でいらっしゃる」
辺境伯の機嫌なんてとってらんねー。今しかねえ!食うしかねえ!めぇし!
その時、食堂入り口を通り過ぎる女性の姿を見た。
切れ長の美しく冷たい目をした女性だった。一瞬だが、巣の美しい紫の目が俺の目と合った。
人を見下した目つきだった。
「なるほど……」
すさまじい魔力量。
天才魔法使いという評価は、親バカではなかったという訳か。
……こーれ、まずいです。
頭良さそうだし、魔力凄いし、教えることないぞ。本当に。
明日、俺たちはクビになるかもしれない。
やはり食い続けるしかねえ!めぇし!