38話 バリア魔法と懐かしの記憶
「すっぱ。まっず。かった。なんだこれ」
果物で顎が疲れたのなんて、いつ以来の体験か。
「領主様、これは違いましたか……!? 誠に申し訳ございません」
大慌てで謝罪してくるブルックスは、今日もまん丸と太っており、ほっぺがてかてか輝いていた。
これだけ健康的に太れる人を、俺は見たことがない気がする。
お腹をタプタプさせるように手で少し叩いてみた。柔らかい。守りたいこの麗しのボディ。
「いや、合格だ。まさに俺が望んでいたのは、これなんだよ」
この酸っぱさ、まずさ、信じられない程の皮の固さがたまらない。
記憶の中で美化していたか心配していたが、そんな心配はいらなかった。
これは正真正銘くっそほどまずい懐かしのミカンだ。だがいい。
俺がバリア魔法を鍛えあげていた地味だが黄金のように輝く日々の記憶が蘇る。
そうだ、この感じだ。
俺がバリア魔法の物理反射や魔法反射を思いついて改良した日々の感覚がここに戻ってくる。この史上最強に硬くすっぱいミカンのおかげで!
「領主様の出生を辿り、これだと予測して仕入れました」
「最高だ。お前は使える人間らしい。これから更に力を発揮してもらう。忙しくなるぞ。ただで大きな利益を得られると思うな」
「はっ、ありがたき幸せ」
その感謝が後悔に変らないことを祈る。
ここは死の領主の館だ。無能は追放され、裏切り者は首が飛ぶ。有能は仕事が増える。ぐふふふっ。
なんて愉快で素敵な場所だろう。
「とりあえず、お前が指揮して軍船を増やしてみろ。海の男だろう?」
「お任せください。そちらの情報にも精通しております」
それは心強い。早速仕事を任せてみた。
「金は気にするな。それとうるさいかもしれないが、子供を二人ほど連れて行ってくれ」
「子守ならお任せください。我が商会にはそういう人材も揃っております」
少し勘違いしているようだ。
そんな簡単な仕事を俺が任せるとでも? 悪いが、ここはそこまで甘いところじゃないぞ。
金を好きなだけつぎ込んでやるんだ。任せる仕事もでかいに決まっている。
「そういうことじゃない。軍船の件だが、その子供二人と相談して作り上げてくれ。わがままを言われるだろうけど、良いものを期待しているぞ」
「は、はぁ……」
困り顔のブルックスは、事情を理解しきれていない。
まあ話して聞かせるより、見せたほうが早い。
ブルックスを伴って、ダイゴの元に向かった。
今日もキッズたちは廊下に響き渡る声で騒いでいた。ただ元気なだけならいいのだが、天才どもが騒ぐとなんだか嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
扉を開けた先には、広い室内が魔道具と、魔石と、バリアで埋め尽くされていた。
積み上げられたバリアの上に座り、お菓子を貪っているのがアカネ。
夢中で魔石をいじくりまわしているのがダイゴ。今日も失敗を積み重ねたらしく、顔じゅうに傷がついていた。
そして、バリア魔法を練習し続ける少女が一人。先代領主の忘れ形見、ルミエス・ミライエもなぜかこの場にいた。
キッズが3人……。そりゃ地獄の煩さにもなる。
「あっ、シールドじゃん。ここ最高だね。アカネ毎日がすんごい楽しいよ!」
それは何よりだ。怒らせたら何をするかわからないという意味では、フェイに似た怖さを覚えるアカネが、この地を気に入ってくれて何よりだ。
その大きな要因がダイゴだろう。この二人は性格面で相性が非常に良い。
「領主様!? このような場所にわざわざご足労頂き、ありがとうございます」
今日も礼儀正しく、物腰の低いダイゴは俺のお気に入りである。
頭をよしよしと撫でておいた。
嬉しそうにする顔が可愛らしい。キッズの中の良心。救い。正義。
それに比べて、アカネは未だに俺のことをただの同僚だと思っているし、片やルミエス・ミライエは俺のことを睨みつけている。
ミライエの地を、魔族と共に陥れようとしていると妄想している少女だ。俺を敵視している。まあ、間違っていないので、否定はしない。むしろこの領地の現状を一番正しく認識できているのが彼女かもしれない。
そうです、ここはもはやドラゴンと魔族のものとなりつつある領地なのです。
俺が現れたというのに、再びアカネとルミエスは魔法を繰り広げて遊んでいた。
アカネがレーザー光線のような魔法を放ち、それをルミエスがバリア魔法で防ぐという訓練風のお遊び。
「ねえ、シールド。この子のバリア凄いよ。シールド程じゃないけど、アカネのバリアよりも頑丈かも」
「ほう、それは興味深い」
生意気に魔法を教えろと豪語してきたから、適当にバリア魔法だけ勉強してろ、とあしらったのは随分前のことだ。バリア魔法を訓練させているのは、完全に俺の趣味から来ている。
あれから本当にバリア魔法だけを訓練していたのか。
若い故か、それとももともとセンスがあったのか、確かにいいバリア魔法を構築している。
評価すべきだろう。
「ルミエスのバリアは本当に凄いんです。到底領主様には及びませんが、面白いバリアを使います」
面白いバリアと聞いて興味が湧いた。
アカネとのやり取りを見てみると、バリアの強度が弱いからか、バリア自体に属性を追加している。
魔法の属性には相性があるので、瞬時にアカネのレーザー光線がどの性質かを見抜いて、それと相性の良いバリアを作り上げているみたいだ。
たしかにおもしろい。非常に器用魔法を使う。センスがあるんだろうな。
もともといろんな魔法の適性があるから出来うる芸当だな。
……おもしれー。
才能あふれる魔法使いに、ひたすらバリア魔法を覚えさせるのって、おもしれー!
俺のサド心に火が付いてしまった。自分にこんな一面があったとは驚きだ。
「ルミエス、お前には今後もバリア魔法を学んでもらう!」
「ふざけんじゃないわよ! そろそろ他の魔法も教えなさいよ。私は先代領主の忘れ形見、学ぶ権利はあるはずよ!」
「黙れ。お前の生殺与奪の権利は俺が握っている!」
ありとあらゆることは学ばせてやる。なんの制限もない。成人するまでの面倒も見てやる。他国へ留学したいと言うならそれもよし。
ただし、魔法に限ってはバリア魔法に限定させて貰う。ここでは俺が強者。俺の言うことは絶対だ。今後もバリア魔法以外は学ばせない。
……だって、面白いから!!
「アカネは魔法の天才だぞ。ダイゴもいたのに、隠れて習わないお前が悪い」
人は学ぼうと思えば、どこでだって吸収できるはずだ。機会を逃したルミエスが悪い。そういうことにしておこう。
「この子は天才過ぎてなに言ってんのかわからないし、ダイゴは魔族のくせに碌に魔法を使えないのよ! どこから学べばいいのよ!」
アカネのレーザー光線を捌きながら、ルミエスは不平不満を口にする。
必死な顔してバリア魔法を繰り出す姿が良い。なんとも良い。
くくっ、面白すぎる。
面白いから、やはりこのままバリア魔法だけを学ばせておこう。
「ブルックス、悪い。もう一人引き取ってくれ。何かの役に立つかもしれん」
「はい、もちろんでございます」
ブルックスと三人を面会させた理由をここで述べておいた。
これは壮大な計画になる。金も時間も、人も沢山動かすことになるだろう。
けれど、ミライエが飛躍する一歩になるはずだ。
「これから対ダークエルフ用に軍船を増やす。そこにダイゴのオートシールドをつけて欲しい」
一度見せて貰ったオートシールドの性能は素晴らしいものがあった。あれから更に改良が進み、アカネの魔法知識もあわさって恐ろしいものが出来つつあると聞いている。
人に装備するのはもちろんすでに実用化目前だが、あれは軍船にも応用できると思っている。
それが出来たら無敵艦隊の誕生も夢ではない。
「どうだ? やれそうか?」
「領主様をがっかりさせないように精一杯やります」
健気だ。
大仕事をする際にいつも置いて行かれるダイゴだが、別にアザゼルに評価されていないわけではない。
今回託した秘密の仕事で力を発揮できないから残しているだけで、ダイゴにはダイゴの貴重な才能がある。
それを活かしてやるのが俺の仕事だ。
「アカネ、お前も行け。ここの海は楽しいぞ。船に乗ったことないだろ? お前」
「うん! 楽しそうだし、ダイゴが行くならアカネも行く!」
「よし」
ヘレナ国王都には海なんてなかった。
俺も引きこもり生活だったが、アカネも似たようなもので、毎日魔法の本を読んでいた。
夢中になりやすい人間は得てして生きている世界が狭かったりする。
海どころか、湖すら知らない気がしていた。
キッズは海と聞いて行かない訳がない。所詮はキッズなのだ。海の魅力には抗いようもない。ブルックスの役に立ちつつ、せいぜい楽しんでくるがいい。仕事さえしてくれれば、海で遊ぼうが何しようが自由だ。
「ルミエス、お前も付いていけ。ダイゴに求められたバリアはお前が制作するように」
「……わかったわよ」
ふん、かわいいやつめ。嫌がっているそぶりを見せているようで、海と聞いた瞬間から目を輝かせているのは知っている。キッズの扱いは簡単で大変よろしい。
「領主様、お言葉ですが、ルミエスのバリアは発展前の段階です。領主様のバリアのように、なんでも防ぐというのは……」
「システムが完成したら俺がバリアを刷新する。それまではルミエスのバリアで試行錯誤してみろ」
ダイゴは俺にやたらと遠慮しているからな。要求があっても言ってこない可能性がある。それを考慮すると、ルミエスの方がやりやすいだろう。キッズ同士でやってくれた方が気兼ねなく動けるし、良いものができる気がした。
「仕上げは俺がやる。責任も持つ。好きなように動け」
人の上に立つ者としての発言が出来た気がする
ポイント稼ぎが今日も上手くいっているんじゃないだろうか。
「結果を楽しみにしている」
「はっ、お任せください」
「かしこまりました」
ブルックスとダイゴに大きな仕事を任せ、そろそろ動きがありそうなアザゼルの方の報告を待つことにした。




