36話 バリア魔法とエルフの矢
ツンツンしながらも、少しデレた様子でオリヴィエがこちらの様子を伺う。
急いで服を着始めたので、一旦視線を逸らしておいた。
一応紳士のつもりなので、このくらいは配慮しないと。
服を着終わったオリヴィエからは、宮廷魔法師時代の恐ろしい雰囲気は消えており、ただの街娘に見えた。
本当にどこにでもいそうな普通の美女って感じだ。美女はどこにでもいないけどという注釈を入れておく。
あれ、美女? 俺はいまそう思ったのか? 自分でも驚きの感想だ。
「そのぉ聞きたいことは山盛りだが、とりあえずそのエルフを渡してはくれないか?」
「どうしてよ。この子まだ蘇生したばかりで、絶対に安静にしてなくちゃ」
それはわかっている。
蘇生魔法は万能ではない。
命の灯が消えてすぐでないといけないし、蘇生も本人の体力とか意志による部分が大きい。成功する可能性のかなり低い魔法だと聞いている。
流石の天才オリヴィエでも完璧に相手を蘇生できるわけではない。失敗が隣り合わせの偉大でリスク大な魔法だ。
「……わかった」
考えを改め、やはり魔法使用者に従うのが一番な気がした。
ここは安宿だが、清潔で日あたりの良い場所である。隠れた良宿って感じだ。
オリヴィエが付き添ってくれるのなら、問題はない気がした。
何も急にダークエルフが侵攻してくるっていう話でもないだろうし。
急ぐ必要もないかもしれない。
「もう一度確認するが、本当に俺を襲いに来たわけじゃないよな?」
襲うというのは、性的な意味ではなく、本当に襲うという意味だ。変な構文になってしまった。
ヘレナ国の刺客じゃないことを再度確認する。
「だから、なんで私があなたを襲うのよ。むしろ……何でもない!」
むしろ何!? その先を聞きたいけど、でも聞きたくないような。
今は居場所が分かっただけでも十分か。
今日のところはこれでよしとしよう。
「おつかれ様。状況がわかったし、今日はこれで引き上げよう」
ほっと息を吐きだす。
大事な部下の二人を命の危機にさらさなくて良かったことに安堵し、アザゼルとベルーガと共に引き上げようとした。
歩き出した俺たちだったが、何か近づくものを感じて臨戦態勢に入った。
二人とも流石の反応だ。
こうして戦いのときになると、二人の戦闘経験の豊富さを感じ取れる。
宿の屋根を突き破って、光の矢がエルフめがけて飛んで来た。
「バリア――魔法反射」
反応できないスピードではない。
なによりそのバカでかい魔力のおかげで、近づく前に察知出来た。なんという魔力量か。
全員を守るように張った巨大なバリアと光の矢がぶつかる。
最近は強烈な一撃ばかりを受けるが、これもまた凄い魔法だった。
しかし、跳ね返せないほどのものでもない。
悪いが、自分の矢で死んでくれ!
「……!?」
しかし、狙い通りにはいかなかった。
光の矢は跳ね返らず、バリアの前に消滅する。
目で見た時にも一瞬違和感を覚えたが、触れて確信した。あの光の矢は魔法とはどこか違う。
宿の天井の穴から、外を伺う。
木くずがパラパラと落ちてくる先には、晴れた青空が広がっていた。
高い建物の屋上に、浅黒い肌をした耳の長い美青年が立っている。
こちらを見下ろして笑うその顔には明確な悪意があった。
「あんにゃろう」
その視線はエルフに向いているかと思ったが、違う。俺に向けられている。
親指を立てて、首を掻っ切るジェスチャーを見せる。
なるほど、俺の正体を知っているわけだ。
ダークエルフの侵攻は思ったよりも早いかもしれない。それとも気の早い刺客が先に来ただけか?気の早い男はモテないぞ。
まあ、どちらでもいい。その挑戦、受けて立つ。
「来いよ。俺のバリアを突き破れるものなら、やってみろ」
「腐敗の魔法」
「――!?」
まだ俺が敵の挑発に乗っている最中だが!?
俺が言い終わると同時に、アザゼルが300年の封印の間に構築した、人間をせん滅させる魔法を使っていた。
腐敗の魔法が使われた瞬間、ダークエルフが姿を消す。
随分と身のこなしの速いやつだ。
先ほどまでダークエルフが立っていた場所がドロドロに溶けて崩れる。反応しなければ、生意気なダークエルフはその身を溶かしていただろう。
反応も素晴らしいが、何より腐敗の魔法の脅威を見抜いたことにも驚かされる。
あの一瞬で防ぐではなく躱すことを選択できるとは。そのセンスに驚かされる。
全く、エルフというやつは。噂通り、本当に人間がたどり着けない領域まで踏み込んでいる可能性があるな。
「やれやれ」
領地を持つってのも、意外と大変なものだ。
次々にトラブルが舞い込んでくる。
ヘレナ国の刺客の次は、ダークエルフの刺客だ。
しかも魔法反射が通用しない。一体どういう仕組みか考えないと。
……俺も進化のときか。新しいバリアが必要になる。
「ベルーガ、ここに残ってエルフの護衛を頼みたい。オリヴィエのことを守る必要はない。そんなにやわな女じゃないからな」
「その言い方なんか、嫌。もっと乙女みたいに扱って」
……面倒くさっ。俺の中のオリヴィエ像がどんどん変化していっている。
「オリヴィエ、金はどうした? こんな安宿に泊まるような身分とは思えないが」
「ヘレナ国を捨てたから、あんまり資産を持って来れなかったの。それに、途中迷ってお金落としたり……いろいろあったのよ」
いろいろの部分は触れないで置こう。
迷ったとか、意外とかわいいとこあるじゃないか。
俺は少し気になったことがあったので、これも確認した。
「心当たりがあれば、あると言ってくれればいいんだが、女神とかそういう類の感じで呼ばれたことは?」
「あるけど」
「ああ」
繋がった。
よかった。ミライエには変な部族も、やばい戦闘民族もいません。
全てこの人でした!
ここ最近話題に上がっていたの、全部この人です。
およ? ならば、これはこれでつかえるのではないか。
オリヴィエは気づかぬ間に民衆の支持を得ている。俺は死の領主として領民に断頭台に上げられるのは嫌なので、常々ポイント稼ぎを考えているのだが、これはいい武器を手に入れたのではないか。
「オリヴィエ、金は工面してやる。そして、ミライエにも住みたいんだよな?」
「いいの!?」
「もちろんだ。いい仕事も用意してやろう」
「ありがとう、シールド。あなたに会いにきてやっぱり……」
おっと、そういう湿っぽいのは苦手だ。
一端逃げることにした。
「ベルーガ、ここは頼んだぞ」
「お任せを。命に代えてもお守りいたします」
相変わらず堅苦しいやつだ。嫌いじゃないけど。
安宿の修理も手配しないとな。いや、金さえ払っておけば、宿屋の主が勝手にやってくれるか。金子は払っておいたし、任せちゃおう。
用は済んだのでこの場から退散する。
アザゼルと共に戻る最中に、ダークエルフの件について話しておいた。
「大仕事だ。魔族にも動いて忙しく動いてもらうぞ」
「もちろんでございます」
「正規軍を動かせ。オリバーとカプレーゼを中心に、あのダークエルフを捜索させろ。オリバーとカプレーゼ以外、あれと戦うことを禁じるように伝えておけ」
ただの兵士ではあれに殺されてしまうだけだ。無駄死には領の損失だ。
オリバーとカプレーゼなら、やれないことはないと思っている。
二人が仕留めてくれればそれでいいが、最悪追い詰めるだけでもいい。そうなれば俺かアザゼルがとりにいく。
「それと最悪の事態も想定しておく。ダイゴにオートシールドの量産もさせておけ。あれは軍の強化につながる。アカネにも助力させろ。いつまでもただ食いは許さん」
アカネはダイゴと毎日遊んでいるようだが、そろそろ実用的なものを作りあげて貰わねば。
これまでは好きにさせていたが、事態が事態である。あんな才能を放置はできん。
最悪の事態とは、思っているよりも早くダークエルフの侵攻があることだ。それも大規模な。
正直、あんな使い手がゴロゴロいた場合、領内が危ない。
聖なるバリアは大軍の侵攻こそ防ぐが、個々の侵入には対処しきれない。
領内をかき乱されれば、損失は大きいだろう。
「言うことを聞かない場合は俺に言え。キッズの扱いは慣れている」
「いいえ、聞かせます。私も子供の扱いは得意ですので」
それは助かる。
どこまでも優秀なアザゼルに毎度感心させられる。
「ガブリエルにも使者を送る。そちらは適当な人間を見繕えばいい。少ない魔族は他にまわしたい」
魔族は数が少なく、優秀な奴ばかりだ。
ミナントとは友好なので、使者には適当な人間を送ればいい。事態さえ伝わればいい。
何か援助をして貰えればラッキーだが、最悪事態が伝わるだけでもいい。
ミナントとは今後も良好な関係を築いて行きたいと思っていからだ。
「それですが、少しご相談が……」
「なんだ?」
アザゼルから聞かされた話は、驚きの話だった。
それって……。
俺の後世の評価ってどうなるんだろう? いや、そんなことを気にしている場合か。
無事に生を全う出来ればいいか。……危機も迫っていることだしな、選択の余地はない。
「そっちにも人員を割いてくれ。全員連れてこい」
「はい、かしこまりました」
これまでも上手くやれたんだ。
きっとこれからも上手くやれることだろう。俺はそう願いながら、アザゼルの案に乗った。




