35話 バリア魔法とオリヴィエ
エルフの脅威がミライエに迫っている。
手紙を読み取る限り、そう捉えていいだろう。
エルフのことをフェイから軽く聞くことが出来た。
「ああ、あいつらか。小賢しい上に、タフで嫌いじゃ。草ばっかり食ってる変態どもめ」
とのことだ。
全然わからん!
長生きするのと、草食がわかったくらいだ。
「まあ、お主ら人間より長生きできるからのぉ、魔法も剣もそれなりに使う」
「へぇー、その感じ。さては過去に何かあったな」
顔を背けて、フェイが食事を続けた。
食事中、いつもご機嫌なフェイが少し口籠るとは、そうとうなことがあったらしい。
「神々の戦争時、エルフは人間の味方に付いたんじゃ。異世界の勇者と力を合わせて、それはそれは鬱陶しかったのぉ」
なるほどね。やはりエルフは強かったのか。
フェイのこの感じからするに、鬱陶しいではすまないレベルなのは間違いない。
こんな地形を変えてしまうような生物とまともに戦えてしまえている時点でかなりの強者だ。
そもそも疑問があったのだ。
人間の方が、数の上で上回るのは間違いないにしても、フェイとアザゼルを相手にまともに勝負になるのかと思っていたことがある。
異世界からやってきた勇者がそれだけ強かったのか、と納得していた時期もあったが、エルフが人間側についていたとなれば頷ける。
エルフは1000年生きるらしい。
その間に、剣も魔法も修業を積めば、とんでもない強さになりそうだ。
けれど、エルフは性格が凄く穏やかで争いを好まない。森と共に暮らし、読書をして日がな一日過ごす。
友人を大事にし、家族を愛してゆったりと暮らし、その一生を遂げる個体の方が多い。
彼らは大陸の東に位置する島国で暮らす。
神々の戦争以降、隔離されたその環境でエルフ独自の生態を築き上げ、平和に暮らしていると思われていた。
手紙を開けるまでは。
エルフの世界に変革が起きたのは50年も前のことらしい。
実に半世紀も人間はエルフのことを一切知らなかったことになる。
いくら隔離された環境とはいえ、強大な力を持ったエルフをそれだけ放棄していたことに驚きだ。
俺が生まれる前のことなので詳しくは知らないけど、大陸は大陸でよそに構っているほど暇じゃなかったのかもしれない。
エルフの話に戻ろう。
エルフのトップが変わったのは50年前。
その者の名をイデアという。
エルフの性質に似合わず、好戦的で、たゆまぬ努力を積んで最強の魔法使いになったエルフ。
そういうエルフは、この世界においてダークエルフと呼ばれる。
種族自体の性質も変化してしまうというから、驚きだ。
真面目に学んで野望を持ったらダークエルフ! というわけだ。強力な種族に神からつけられた枷なのかもしれない。エルフの世界も世知辛いものだ。
実際に恐怖政治が行われているみたいだし、ダークなエルフなのには違いないか。
手紙の内容は、イデアの侵攻を予期した内容だった。
イデアの支配から脱したいというより、大陸に危険が及ぶという心配。その動機でエルフが命からがら島から逃げ出し、我が領地に至った訳である。
自分たちを助けて欲しいなら理解できるが、他人の危険を知らせるために命からがらやってくるなんて、人間にそんなことができるだろうか?
少なくとも俺はそこまで善良ではない。
エルフの美しい心を知った今、オリヴィエが保護しているというエルフを放って置くわけにはいかない。
せっかく聖なるバリアを張って、魔族と大事に育てている最中の領地だ。ダークエルフごときに侵略されてたまるか。
悪いが、ここは俺の土地だ。何人たりとも汚すことは許さん。
「まずは、オリヴィエからエルフを取り戻さないと」
問題はそこからだ。
なんなら、そこが一番の難所かもしれない。
オリヴィエは宮廷魔法師時代から、俺とは碌に口をきかない女だった。
もともと無口な性格もあったが、俺といるときだけやたらと顔が強張って、凄く怖かったのを覚えている。
きっと他の宮廷魔法師同様、俺のことを認めていなかったと思われる。
「……まてよ」
最悪、エルフを人質に取られる?
いいや、オリヴィエには俺がエルフを探していることなどバレていないはずだ。
人質の価値があるとは思われていないはず。
それなら何とかやれるかもしれない。
真の天才オリヴィエ相手でも、一対一なら、勝機はなくとも負けることもない。俺にはバリア魔法がある。
捜索依頼をしていたエルフは、1日もしないうちに見つかった。
やはりこの街に滞在していたみたいで、宿を全部周ったら見つかったらしい。
オリヴィエの名前が出ていたので、いい宿を探させていたのだが、安宿で発見したとのこと。
「なんでだ?」
宮廷魔法師、序列1位の女だぞ。俺が宮廷魔法師になるずっと前から宮廷魔法師の顔をしていた人物だ。
たしか6歳にときになったと聞いている。アカネと同じく、キッズ時代から天才だ。
お金はあると思っていたが、なんでそんな安宿に……。
敵を欺くためだろうか。理由が少し気になった。
「俺が出向く。アザゼル、ベルーガ、一緒に来い」
「「はっ」」
他の魔族は屋敷で待機命令を出しておいた。
フェイは頼んでも来てくれそうにないので、屋敷に残す。
アザゼルとベルーガを連れてきたのは、魔族の中でもこの二人が抜きんでて強いからだ。他の魔族たちも間違いなく強いが、今回は相手が悪い。
オリヴィエ相手だと、俺達三人でも撃退される恐れがある。
「気を引き締めていけ」
アザゼルとベルーガに伝えておいた。
「敵と思われるオリヴィエという女は、どんな魔法を使うのですか?」
アザゼルが事前に情報を得ようと、俺に問いかけてくる。
知っているなら全部教えてやりたいが、そう簡単ではない。
「想定出来うる魔法、全てを使って来る」
「なるほど。それで我ら3名での戦闘ですか」
「そうだ」
コートを貰い、外出の準備ができた。
「最悪の場合、私を犠牲にして確実に敵を討ってください」
ベルーガの言葉には感謝するが、大事な仲間を失うわけにはいかない。
「やばくなったら逃げるよ。そのつもりで」
刺し違える必要性はない。ダメそうならまたリベンジすればいいだけだ。
そのことを二人に伝えて、俺たちは目的地の宿へとたどり着いた。
案内してくれた魔族を先に帰す。
ここからは三人だけ進む。
俺が宿に入ると、流石にもう顔が知られているようで、主人が急いで頭を下げに来た。
「領主様、いかなる用事でこのような粗末な場所に」
「アザゼル、金を」
金子の入った小さな袋を渡させた。
「静かに、そして急いで避難を。105号室を除き、客も避難させて下さい。今日の営業はここまでです」
「はい? そ、それはどういことでしょうか?」
「宿が壊れた場合、全額補償いたします。後は知らないほうが良いかと。死にたくなければ、言われたことをすぐに」
アザゼルのただならぬ気配に、宿の主人は急いで行動に移った。
幸い客はそれほどまでに泊まっていなかったらしく、避難はすぐに済む。
俺達3人は105号室の目に立つ。
「開けた瞬間、戦闘が始まることも念頭に置いておけ」
油断ならない相手だ。
カギを預かっており、それを使って扉を開いた。
身構える。バリアをいつでも張れるようにと。
開いた先にいたのは、ベッドの上で寝るエルフと、上半身裸で体を拭くオリヴィエがいた。
「あっ……」
見てはいけないシーンを見てしまったみたいだ。肌と乳房がとても綺麗……ごめんなさい。
「……死ね」
胸元を隠したオリヴィエが強烈な炎魔法を放ってくる。
バリア魔法で防げたが、やはり魔法の威力が凄まじい。
バリア魔法を貫通こそしないが、炎が部屋いっぱいに逃げ道を探すようにうねりながら進む。
反応できていなければ、3人でいきなり致命傷を受けるところだった。
「この女、ダンジョンにいた謎の女魔法使いです!」
「オリヴィエが?」
アザゼルの報告にあった、最強の魔法使いか。それがオリヴィエなら頷ける。
なんでそんなところにいたかは気になるが、それは後で考えればいい。今は一瞬も気を抜けない。
「魔族!? また私とやる気? こんなところまで追っかけてきて……ってシールド?」
俺に気が付いたみたいだ。
良かった。同じ宮廷魔法師だったのに、忘れられていたらどうしようかと思っていた。
「俺に用があってここに来たのか?」
一応会話を試みる。それで済むなら一番だからだ。
「……悪い?」
「騎士団長カラサリスは更迭されたぞ。それでもまだあいつの命令に従うのか?」
ヘレナ国で起きたことは俺の耳に届いている。
カラサリスには、既に権限がない。
この情報を言うことで、オリヴィエとの戦闘を避けられたらいいのだが。
「あんなやつの命令で来てるわけじゃないから……」
「まさか、個人的な恨みで?」
「なんで、そうなるのよ!」
「じゃあ、何をしに」
少し間が開いた。
オリヴィエの頬が赤くなる。
ぼそぼそと何か言っているようだが、わずかに聞きとれない。
「今度こそ言うのよ、私……」
「なんだ? 腹でも痛いのか?」
また少し間が開いた。少し睨まれた気もした。
大きく息を吸って、オリヴィエが口にした言葉は――
「あっ、あんたに会いに来たのよ! それだけ! 悪い!?」
はい?
なんだ、この可愛らしい反応は。
顔を真っ赤にして、俺に会いに来たって?
先日メレルから熱い思いを受けたばかりだが、オリヴィエからも似た感情を向けられている気がする。
え?本当に?本当にそういうこと?
ベルーガの方を一旦見ておいた。
首を横に振る。
俺の意図が分かったらしく、悪意がないことを伝えてくれた。
なんて便利なセンサーだ。
だったら、オリヴィエがここに来たのは本当にそういうこと?
まじでか、俺どうしたらいいの?
戦うことになったときより、余計に困る展開になってしまった。




