33話 バリア魔法の出番なし
盛大に笑って、メレルが立ち上がった。
好戦的なその表情で、エレインに視線を向ける。
「ただのバカな女じゃなくてよかった。私はむしろ感心したぞ」
白手袋の秘策を、メレルはむしろ褒めたたえていた。
他人事だからって大笑いしやがって。
こっちは危うく連れ去られるところだったぞ。
飛んだ先がどこかわからない。地下深くの牢獄だってあり得る。
そんな場所に飛ばされれば、俺のバリア魔法ではどうしようもなくなるところだった。
汚いところだったりしたら、もっと悪い!不潔最低!
「その手袋は自分で考えた策だったのか?」
「……何のことかしら?」
この期に及んで、エレインは白を切る。
剣を抜き放った騎士たちだったが、立ち上がったメレルの圧に動けないでいた。
メレルは剣すら抜いていないが、その覇気と上背だけで騎士たちに踏み込ませないオーラを放っている。
自然と格の違いを感じてしまっているんだろうな。
「まあいい。誰が考えたにしろ、実演までの過程は完璧だった。シールドが気づかねば、まんまと連れていかれていただろうな」
「……シールド様。罰はどのようにでも。敵の弱さ故に油断しておりました」
苦々しい表情で、ベルーガが謝罪をする。
罰を求めるように言ってきているが、それはない。
むしろ褒美が足りないくらい、普段からよく働いて貰っている。
俺がフォローしようとしたが、その必要はなさそうだ。
「落ち込むな。魔族の美女よ。この女は私たちが思っている以上に曲者だ。一杯食わされそうになったとて、恥じることではない。むしろ、最後の最後で見抜いたそなたの主を褒めてやれ」
「それもそうですね。流石シールド様。その慧眼、誠に感服いたします」
「恥ずかしいから後にしてくれ」
敵は剣を抜き放って、殺意を向けてきてるんだ。
そんな場所で褒められると、状況とマッチしてなさ過ぎて、なんだか気恥しい。
「しかし、最後の詰めが甘いと言うか、見通し自体が甘いのかな?ヘレナ国がなぜシールドを追放したのかが、この場の空気感でわかってしまう」
メレルが腕を組んで、騎士たちを値踏みしていく。
「お前はダメ、うーん微妙、ダメダメ、ちょっといいかもな」
採点するように一人一人に評価を与えた。
「よくもこのメンバーで。お前たち、本当にここまでくればシールドを連れ帰れるとでも?」
「……イリアスの戦士よ、そなたには関係のないことだ。手出ししなければ、我々は目的を果たして国に帰るだけ。後日礼もしよう」
騎士の代表者が早口に条件を述べた。
しかし、これが却ってメレルの笑いを誘う。
ひとしきり笑ったあと、メレルが呆れたように話し始める。
「だから、それが違うんだって。あれは私の将来の花婿だから、当然守るし、魔族の女も主に手を出させるようなことはしないだろう。ただし!」
その声だけで騎士が一人剣を落とした。
大丈夫かよ、といういらぬ心配をこちらがしてしまうくらい腰が引けている。
「別に守らなかったところで、そなたらじゃ一生かかってもシールドに傷一つ付けられんよ。そして、性悪女」
今度はエレインに視線を向けた。
エレインは気丈に振舞っているが、やはりメレルの覇気の前には少しひるんでしまっている。
「お前も甘い。その転移魔道具が発動したところで、この男をどうにかすることはできない。飛ばされたところで監禁が唯一心配だが、お前たちのその様子だと武力でこの男をどうにかできると考えていそうで哀れだ」
評価の違いがやはり明確に分かる。
ヘレナ国ではこの騎士たちのように、俺の能力は大したものではないと思われていた。
しかし、メレルはそう思っていないし、魔族たちも同様にそう思っていないだろう。
俺への好意的な気持ちも伝わってくる。
どちらが俺にとっての真の仲間かは、考えずともわかってしまう。
「武力では到底敵わないし、幽閉したところでどこにいようとも私が助け出す。それこそ、戦争の始まりだ」
誰かが唾を飲み込む音がした。
それだけ今の言葉に重みがあり、彼らの沈黙を招いていた。
「ふっ。こんな男に何ができるって言うのよ」
沈黙を破って、エレインが言葉を発した。
猫を被るのはおわりらしい。そこには、俺を追放した日のエレインがいた。
「本性現したな。不思議なものだ。私はそちらのお前のほうが良いと思うぞ」
褒められたエレインだが、当然嬉しそうではない。
自分の裏の顔を見られて喜ぶ人間などいないからだ。
「全てあんたが悪いのよ。あんなバリアがなければ、私の人生が狂うこともなかったのに!」
「哀れだな。残念だが、あのバリアで救われる者の方が遥かに多い。せいぜい自分の悲劇を嘆くんだな。ビッチ!」
「ビッチ!?……わ、私のことかしら?ゴリラ女さん」
あれ?
なんか二人の間に火花がバチバチと散っている。
男が立ちいってはいけないようなバトルだ。
なんか新しい戦闘が始まってしまった。
「いくらでも罵るがよい。お前程度の小物の言葉など、私には何も響かない。しかし、私の花婿をたぶらかしたこと、後悔させるために骨身に沁みる説教をしてやらんとな」
「ちっ近づかないで」
メレルが歩み寄ろうとすると、白手袋を向けてけん制した。
確定だ。
やはりあの手袋には仕掛けがあったか。
仕掛けが分かった今、エレインの腕前で俺達三人に触れることは敵わない。
大人しく拘束されるか、手袋を素直に渡すかの二択だ。
騎士がメレルの前に立ちはだかった。
やることはやるらしい。仕事を放棄してエレインすら見捨てるようじゃ、この地にて滅んでもらう予定だった。
「ヘレナ国の使者が、ミライエ自治領主を会談の場で襲った。証拠の手袋を渡さない限り、女王にはそのように報告しておく」
今日起きたことが外部に漏れれば、ヘレナ国の信頼に関わる。
ウライ国とイリアス、当然ミライエとの関係にも響くだろう。
それでも騎士たちは引き下がらない。
やはり全ては俺を攫うのが優先されるらしい。
「ここまで来たからにはやるほかない。どうせシールドさえ連れ戻せれば、聖なるバリアを張らせることが出来る。その後に、どうにでもなるだろう」
覚悟は決まったらしい。
いよいよ、戦闘は避けて通れないみたいだ。
「イリアスの女は俺が止める。お前たちでシールドを――?」
言い終わるか終わらないか、それくらいギリギリのところで騎士の一人が屋敷の壁を突き抜けて外へと飛んでいった。
メレルの振り払うように横に殴りつけた拳に気づいてすらいなかった。
ていうか、また俺の屋敷があああ!
また壁!穴!貫通!単語しか出てこない!
「誰が誰を止めるって?」
先ほど剣を落とした騎士が、またも剣を落とした。
今度はへなへなと座り込み、腰が抜けてしまったらしい。
「せめてもう少しまともな連中を寄こせ。あまりにつまらん」
そして事態は彼らにとって、更に悪くなる。
壁の穴から姿を見せたのは、羽ばたくアザゼルだった。
どうやらちょうどダンジョンから戻ったタイミングらしい。
わらわらと魔族が集まる。
騒ぎをかぎつけたキッズ二人も覗きに来ていた。
「……情報を引き出した方がいいですか?それともすぐに消しますか?」
アザゼルの言葉は、一瞬で彼らを敵だと判断していることが分かった。
いや、敵というのは違うかもしれない。
害虫とかを見るような目つきだ。
戦うという概念すらないのかもしれない。それほどまでに力の差がありすぎるのが現状だ。
「情報を引き出してくれ」
腐敗の魔法で剣と鎧を溶かされて、騎士たちが連行されていく。
「ゲーマグコースです」
ゲーマグコースってなに!?
気になるが、聞かないでおいた。
「そっちの女は私が引き取る。いいな?シールド」
メレルとアザゼルが同時に俺を見てきた。
アザゼルに頷いておいた。騎士だけを連行させる。
「そっちは好きにしろ。もう情もない、かつての知り合いだ」
「そうか、では私が分からせるとしよう」
家畜を抱えるように肩に担いでいき、メレルとエレインも出て行った。
「一気に静かになりましたね」
「そうだな」
部屋に残ったのは俺とベルーガだけ。メレルに投げ捨てられた例の白手袋が床に落ちている。
さきほどまでの騒がしさが嘘のように静かで穏やかだ。
「穴はダイゴに塞がせます。お疲れでしょう?お茶をお入れします。菓子はバウムクーヘンでよろしいですか?」
「半分に切って持ってきてくれ」
「かしこまりました」
お茶とデザートを楽しめる平和な日常が戻ってきた。




