27話 バリア魔法で上がる価値
「シールド様、少し嬉しい悲鳴と言いましょうか。困った事態になっております」
「ほう、なんだ?」
アザゼルが困るほどのことか。
気になるが、俺の知る限り何も問題はないように思える。
「地価が上がりすぎております」
「地価が?」
土地の価格が上っている?大陸の端にあるこんな辺境の土地の価値がどうして上がる。
そりゃ季候こそ恵まれている条件だけれど、何か大きな産業があるわけでもなく、領地が発展しているわけでもない。
「治水工事が、シールド様が考えているより評価されているみたいです。それと、間違いなくあれでしょうね」
アザゼルが窓から空の聖なるバリアを指さした。
あれか。
「私が封印されている間の資料に軽く目を通してあります。特にヘレナ国のここ3年の発展は目覚ましく、その理由を辿りましたが、一つしかあり得ない」
「バリアってことか……」
「ええ、そうです。聖なるバリアは思っている以上に人の心に安心を与えるようです。民草の感情を言い表すなら、戦場にて鎧を着ているかどうか、そういう感覚に近いかもしれません」
あまりピンとこなかった。アザゼルにしては珍しく下手な比喩な気がした。
「鎧をつけずに戦場に立つやつがあるか」
「そういうことです。ヘレナ国の安定を知ってしまった人たちは、もう聖なるバリアなしでは暮らせないのですよ。それこそ、鎧を付けずに戦場に立てるわけがない、という具合に」
「うーむ」
言いたいことは分かってきた。
しかし、そこまでのものなのか?そこらへんがしっくりこない。全然感覚がわからない。
確かに世の中には魔法も剣も使えない人の方が多数を占める。
その人たちからしたら、バリアの存在は俺の感覚以上にでかいのかもしれない。
「分かった。それで地価が上がりすぎて困る人がいるのか?」
「土地の税金が上がりすぎてしまいます。更に今売れば美味しい金額になりますからね、土地を転がして儲けている者もいるようです」
「賢い連中は動いているわけか。そっちは好きにやらせるとして、税金はどうにかしないといけないな。変わらず住む者に配慮して、ある程度税金を抑えてやれ」
完全に撤廃はできない。価値があるなら、他人に売り渡すのも手段としてはあるわけだからな。
しかし、急激な変化について行けない人たちも多くいる。救いの手を差し伸べるべきだろう。
「新しく住める土地を増やそうか。幸い貯蓄は増えた。その金を使って、人を動員して開拓を進めよう」
「そのように」
取りあえずはこれでいいかな。俺のバリアで起こした変化は俺が対処しないと。
領民は既に増えつつあるけど、これだけ地価が上がり続けているとなるといずれはもっと増えるだろうな。
商人が視察に来ているのも聞いているし、街道の整備もいずれしておきたい。
やることは多そうだな。
これからやるべきことを思い浮かべていると、アザゼルと二人きりの執務室がノックされた。
「入れ」
扉を開いて入ってきたのは、魔族のベルーガと先代領主の忘れ形見の少女だった。
まだ10歳前後の少女は、しばらく見ないうちに栄養状態がすっかり良くなって、美少女然としていた。
「おおっ、見違えたな」
魔族の教育担当に任せていたはずだが、流石だ。きっちり仕事をしているのが一目でわかる。体力も回復し、病気もない。目には力が宿り、しっかり世話をされた感じがある。
「シールド様、この子がどうしてもあなた様に話があると言うことを聞かないみたいで」
「俺に?」
なんだろう。何も事足りていないように見えるのだが。
「なんだ、言ってみろ。玩具くらいなら買ってやれるぞ」
幸い、今の俺は超金持ちだから。そのくらいは余裕だ。
「違う!そんな願いではない!」
存外、強い言葉が返ってきた。子供扱いされたことに怒ったのだろう。
「……ごめんなさい。まずはお礼を言うべきでした。私はルミエス・ミライエ。先代領主の娘です。ヴァンガッホから救っていただき、感謝しております」
貴族らしい振る舞いで、丁寧に一礼して見せた。
以前から貴族の教養はあるみたいだ。それほどに自然な動き。もしくはこの短期間で魔族の教育係が叩き込んだか?それならかなり優秀な教え手だ。
「食事と寝床の提供、それに勉学の指導も感謝いたしております」
「至れり尽くせりだな。何も問題なさそうに思うが」
自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃいい扱いをしているではないか。
屋敷で働く他の人間は、あの選別を生き残り、今も毎日真面目に仕事をこなしてくれているから厚遇している。
思えば、この屋敷でただ飯を食っているのはこいつとフェイくらいだ。
フェイめ、あいつ本当に食っては寝ての生活をしている。そのくせ要求が多い。
働かない二人が問題を持ってくるのは、なんとも不条理だ。
「そんなことはない。父の領地を好きにはさせない。……魔族の手には渡さない!お前たちがどういうつもりで領地を発展させているか知らないが、私には領民を守る義務がある。それがお父様の遺言だ。お前たち魔族には負けない!」
お前たち。
言い方が気になった。
もしかして、その中に俺もカウントされていないか?
いや待て。ドラゴンのフェイと並んで歩き、魔族を従える俺は、子供のこいつから見たらやはり魔族になってしまうのではないか?
しかもあの日の選別をはっきりと覚えているみたいだしな。子供の身であんなことが起きたら、そりゃ忘れるわけもないか。
「それで、要求は?領地を渡せなんて言われても、当然断るぞ。なにせ、今となっては俺が自治領主だからな」
バリア魔法で勝ちとった土地だ。
他国にも認められている。
渡せと言われても、渡せないのが現実だ。悪いな、小娘。
「そんなことはわかっている。勉学だけでなく、魔法も教えろ!」
ここでベルーガが耐えかねてルミエスに鋭い視線を向けた。
これ以上失礼な言葉遣いは許さないという意味らしい。
手で制して、ベルーガを下がらせた。
「気持ちは理解した。しかし、お前は俺に生かされていることを忘れないように」
「……分かっています。それでも」
首飛ばしの領主だぞ。
この領地に住む者は、俺が歩いた後に首が残ることを覚え始めている。
未だにこんな強気なことを言えるのは、この小娘くらいだろう。
「けど、その勇気と民を思う心に免じて許そう。お前に魔法を教える。ただし、バリア魔法だけだ」
「バリア魔法?」
「そう、明日から魔族に教えさせる。バリア魔法の基礎くらいならだれでも教えることが出来るだろう。話は以上だ、下がれ」
「バリア魔法だけって、そんなのあんまりじゃ……!」
ベルーガに口を塞がれて、ルミエスは強制的に退室させられた。
あっははははは。
悪いな。俺に魔法の相談をするからだ。
俺はな、バリア魔法しか使えない魔法使いだが、その分だれよりもバリア魔法を愛しているんだ。
愛しているものを他人に押し付ける。なんて快感だ!
弱者の自分を呪うか、バリア魔法を極めるか、二つに一つだ。先代の忘れ形見よ!
俺が高笑いしていると、再び部屋の扉が開かれた。
「よろしいでしょうか?」
ベルーガが俺たちの前に戻ってきた。
この白髪美女は滅多に自分から口を開こうとしないのだが、ここ最近はなんだか口数が増えた気がする。ルミエスの姿はもう見えないし、声も聞こえない。他の魔族に引き渡したのだろう。
「好きに話せ。アザゼルの次に、お前には貢献して貰っていると思っている」
「ありがとうございます。領主様が気にしていた評判の件ですが、心配の必要はないように思われます」
ほう。それも気になる。
俺は死の領主だ。
歩くたびに人の首が飛んでいく。これまでに領主代理を含め、街の管理者も何人か首を飛ばしてきた。
視察の段階で、ベルーガがどちらでもいいと保留にしていた数人も、改心したのが半分、首を飛ばして屋敷を燃やしたのが半分と明確な結果に別れている。
あれだけ見せしめをしたのに、まだ不正するんだもん。
仕方ないよね。俺は悪くない、きっと。
「領主様の評判はむしろ抑えきれないレベルに高まっています。その名声は、辺境の女神に並ぶほどです」
「誰だそれは」
「ふふっ、やはりご存じなかったですか。では、私は仕事終わりですので、失礼いたします」
「いや、辺境の女神って誰!?」
悪戯っぽく去って行くベルーガは、最初の頃から印象がガラリと変わってきた。
辺境の女神と並べられるのって評判的にどうなんだ?という疑問は残ったが、ベルーガが楽しそうならいいや。
アザゼルだけでない。ベルーガもここの生活を楽しんでくれていそうだ。それが分かっただけで、俺は結構心が満たされた。




