25話 バリア魔法で築く信頼関係
『息子が生まれたときの税金』
アザゼルから渡された羊皮紙には確かにそう書かれていた。
詳しい税額と、詳細がびっしり書かれている。
こんな税金の説明で、これだけ詳細な理由があるとは思えないが……。
「なんだこれ。しかも息子限定か」
「読ませることを放棄させたいのでしょう。やたらと無駄なことが書かれていますが、そのままの内容みたいですね。大した金額の税金ではありませんが、前任者ヴァンガッホという人間の懐に入っていたようです」
ヴァンガッホという人間、その発言が少し気になる。
腐敗の魔法で一瞬にしてこの世から消し去った相手のことを、アザゼルは覚えていないみたいだった。
たしかにあんな瞬殺だと、記憶に残すのも難しいか。
「撤廃で」
なんだ、これ。税金だから考えに考えて無くすものかと思っていたのに、良く今まで存在の許された税金だったな。
領民はこれでよかったのか。
『ミライエに移り住んだ男への税金』
今回も保存用の書類に税額と、詳細内容がびっしりと書かれている。
「なんだ、これ。しかもまた男限定か」
「そのままの内容みたいですね。これまた大した金額の税金ではありませんが、前任者ヴァンガッホという人間の懐に入っていたようです」
「撤廃、撤廃!」
ヴァンガッホのあほが、なんてことをしてくれる。
人が生まれ、人が移り住んでくれるのは領内の発展につながることだ。そんなめでたい出来事に税金をかけやがった。しかも男限定。かなりの女好きなのか、それとも紳士なだけなのか。
……紳士はこんな税金かけないか。
『雄馬が生まれたときの税金』
『肥満になったら税金』
『月初めに少し収める税金』
『虫が増えた月に収める税金』
『満月の日に曇りだったら収める税金』
「全部、撤廃だ!……ちょっとまて、肥満になったら税金は面白いから残そう」
「はい、そのように」
誰が得するのか。訳のわからない税金は一掃しておいた。
これだけで十分すぎる気もしたが、アザゼルから更なる提案がある。
「少し時をおいて、人頭税もなくしてしまいましょう。おそらくこれがなくても、財政はすぐに黒字化すると思われます」
「大丈夫なのか?」
「ええ、シールド様がこの地にバリアを張ってくれればまるまる防衛費が浮きます。オリバー率いる軍の規模は、今の小さなままでいいでしょう。質を常に高めておけば問題ないかと」
税金が軽くなるのは素晴らしい。
貯えた税金を還元できる仕組みもできていなし、高い税金システムはいらないだろう。
俺は死の領主なので、せめて税金くらい軽くしてやろう。100年後にはドラゴンと魔族の支配する時代だ。俺が生きている間くらい春を謳歌させてやりたいものだ。
「ちなみに、フェイのやつをたらふく食わせるだけの税収はあるのか?」
「フェイ様の空腹時の怒りは300年前から知っております。フェイ様が10人いても、領主様の貯蓄は増えていくと思われます」
「おおっ!!」
有能オブ有能。
俺は特に欲しいものもないので、領地が豊かになってくれればそれでよし。
魔族たちも非常に統率がとれており、私欲も見えない。
いや、見えないだけで、本当は違うのかもしれない。
アザゼルとベルーガは接する時間が多くて、間違いなく私欲のないタイプと思われるが、魔族はまだ多くいる。カプレーゼなんて明らかに毛色の違うタイプだったし。
俺とともに領地を支配する彼らについて、時間をかけて知っていく必要がある、そんな気がした。関わりのない魔族はまだ多い。機会があれば積極的に関わってみたいと思う。
「職についてはどうしよう」
「人が増えれば自然と仕事も生まれてくるもの。ただし、急ぐのであれば何かを考えて起きましょう」
「そうだな。頼む。いろいろと迷惑をかけるな」
「まあ、それが仕事ですので」
だよなー。何を頼んでもやってくれる。忠誠を誓ってくれているとはいえ、疲れたりはしないのか?
魔族って感情はあるのだろうか?いや、あるに決まっているか。
アザゼルはどういう感情で俺に仕えているのだろうか。未来を見据えての投資?
そのために100年も耐えるのか。
もしかしたら、思っているよりかはここでの生活が嫌いじゃないとかある?
ならば魔族の懐柔もあり得るのかもしれない。
100年後、フェイが支配するであろう世界において、魔族と人間が手をつないでいる。そんな世界があるかもしれない。
あれ?人間って結構いいやつじゃん、みたいな!
「ご苦労!俺はバリアを張ってくる」
アザゼルの肩をポンと叩いて労い、俺は執務室に入っていった。
ヘレナ国のバリアを張った時と同じ段取りだ。
部屋にこもって、地図を頼りにこの領地を覆うバリアを構築していくだけ。
これで防衛費が浮くだけでなく、ヘレナ国のように大陸で一番反映するような土地になれば最高の結果である。
バリアの経済効果は大きいらしい。俺が思っていた以上に多くの影響があるんだろうな。
安全に住める土地、それだけで多くの人には限りない価値があるのかもしれない。
「じゃあ、やるか」
久々だ、規模は前回より小さくなるけど、大仕事には違いない。
黙っていたが、ヘレナ国のバリアを張ったときは結構ズレていた。
あの頃は国に張った聖なるバリアがあれだけ評価されているとは思っていなかったので、国境付近は結構雑な造りになっていた。
ズレもあったし、結構穴だらけだったんじゃなかろうか。
俺がヘレナ国を抜けた際にも、ドラゴンの森当たりのバリアは結構ずさんなものだった。
今回はそんなことがないように丁寧に張らなければ。
なにせここは俺の領地だからな。
「バリア――」
天から広がる聖なるバリアを構築していく。
およそ一か月かけて、丁寧に、丁寧に作り上げた。
完成したバリアを見て、アザゼルがため息を漏らしていた。
「これが人の力なのか……。まるで奇跡を見ているようです」
「そうか?ただのバリア魔法だ」
「……ただのバリア魔法ですか」
俺たちは肩を並べ、空を見上げている。
バリアが広がる景色は絶景だが、周りが感じているほど俺は凄いと思えないんだよな。
だって作るのに時間がかかるだけだし。
珍しく嬉しそうに完成したバリアを見つめるアザゼルは、この一か月領内の管理を全て担当してくれている。
アザゼルの立ててくれた計画通り、領民は徐々に増え続け、税収も悪くない。
人が増えているということは、当然ここが暮らしやすい土地ということだ。
素晴らしい仕事に感謝する。
俺は隣にいたアザゼルの肩に手を乗せた。今度は心の奥から言えた。
「一か月間、ご苦労さん」
「……仕事ですので」
「ふっ、いいね。そのスタンス」
俺はアザゼルに聞かなければならないことがあった。
「ここは楽しいか?封印が解けてよかった、そう思ってくれているといいが」
彼らにも間違いなく感情はある。
神々の戦争から生きているらしいが、精神構造は我々人間と変わらないように思う。
「どうでしょうね」
あら、なんとなく居心地良さそうに思っていたが、勘違いだったか。やはりフェイに従ってここにいるだけか。少しがっかりした。
「けれど、300年前よりはいい気持ちですね。神々の戦争は、別にやりたくてやったわけじゃない」
その回答で十分だ。
最後の言葉は気になったが、今はいい。
俺は屋敷の皆を集めて、バリアの完成を祝うパーティーを開催することにした。パリピの血が騒ぐ。
まだ全員の名前を憶えていない。覚えなきゃ。
死の領主としては、ポイント稼ぎに余念がないのだ。
――。
「おおっ!!皆の者、オリヴィエ様がまたもや魔物を駆除して下さった。やはり女神様の生まれ変わりだ!」
オリヴィエはミライエ辺境の村で、救世主のごとく祀り上げられていた。
目の周りにを真っ黒にさせられる特殊なメイクを塗られ、玉座に座らされていた。
静かにじっと焚火を見つめる。
(私、何をしてんだ……)
空を見上げれば、聖なるバリアが完成していた。
シールドは間違いなくいる。自分は一か月辺境の魔物を駆除し続け、この辺り一帯の村々から神のごとく扱われ始めている。
魔物はあらかた片付け終わったのを感じる。
聖なるバリアで魔物の侵入も防がれるだろう。ここにいる理由はほとんどなくなった。
「私は神の国に戻る」
今更ただの一般人とは言い出せないので、そういうことにしておいた。
目の前の焚火に飛び込むようにして、移動魔法で人々の前から消え去る。
(今度こそシールドに会いに行く)
領内に突如現れた聖なるバリアと、辺境の女神の話は、今領内で最もホットな話題となっていた。




