24話 バリアを他人の為に
俺の執務室も用意された屋敷は、日に日にその輝きを増している気がする。
アザゼルが管理を任されたこの屋敷は、目に見えて綺麗になっているのだ。比喩的な表現ではない、本当に輝いている!
窓があれだけクリアなのを見たことがない。ヘレナ国の王城ですら、ここまで綺麗ではなかった。
フェイに勧められて雇ったアザゼルを始めとする魔族一同は、本当に良く働いてくれる。
彼らが選別した正規軍も日増しに逞しく育っているらしく、その経過を聞くたびに嬉しくなる。
今日は、その中の一人を紹介された。
まだ18歳と、ほとんど俺と同じ年頃の若者だった。
少し気弱そうで、おどおどした青年だ。
アザゼルを見るたびに恐怖の表情を浮かべるのは、選別で何かがあったのだろうということを俺に容易に想像させる。
「りょっ、領主様。アザゼル様に軍をまとめるように申し付けられたオリバーと申します。その、まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いいたします」
少し不安になる気の弱さだな。
ヘレナ国では騎士団長をはじめ、軍の人間は気の強いやつらばかりだった。
オリバーはかなり異質に思える。
俺の心配そうな表情を読み取ったのか、アザゼルが補足してくれた。
「選別を生き残り、カプレーゼを倒した者です」
やっぱり選別って、言葉の意味通りっぽい。
「うち本気出してないからね。本気出してたら、こんなやつ今頃首と胴が引っ付いていないよ」
「俺も、そう思います……」
オリバーはどこまでも弱気だった。
カプレーゼはアザゼルが率いる魔族の剣士。ベルーガも剣を使うが、本職は魔獣使いとのこと。
アザゼルは神々の戦争を生き残った魔族だ。人が倒せずにわざわざ封印するレベルの使い手である。部下たちも似たようなもので、各地に封印されていたのを、アザゼルが解き放ってここに集っている。
そのアザゼルが引き連れる魔族の剣士に勝った?
正直驚きである。
こんなおどおどした男が、勝てる相手には見えない。
カプレーゼは見た目こそお調子者で活気そうな少女だが、それとは裏腹に佇まいからして強者の風化が出ている。
立ち姿の美しさや、時折見せる驚異的な身体能力。
更に、腰に帯びた双剣は体の一部と化しているのではないかと思うくらい、自然に扱っている。
まさしく剣士の中の剣士だ。
「ちょっと、試合をしてみてくれないか?」
俺はカプレーゼとオリバーに命じていた。
カプレーゼは否応なしに剣を抜き放った。やる気満々。戦闘の際には、口元を布で隠した。呼吸を読まれたくないとか、そういうことだろうか?
一方、オリバーはおどおどしっぱなしだ。領主の俺の命令と、弱気の自分の狭間でもがいているみたいだ。
「やっやります……」
「シールド様、殺しちゃってもいいの?」
「ああ、二人ともそのつもりで」
実力を見たいので、手加減されても困る。
カプレーゼとオリバー双方の実力を確認できるいい機会だ。
もちろん二人とも死なせたりしない。
剣が届くより先に、俺のバリア魔法が届くからだ。悪いが俺のバリアは速いぞ?バリア魔法しか磨いていないからな。
恐る恐る、腰もとの剣を抜き放ったオリバーが、剣を構える。
その途端、体に纏わりつくオーラが変わった。
「……なるほど」
魔法とは違うもの。
俺には授けられなかった天性のギフトってやつだ。
ギフト持ちは極まれに存在すると聞いている。
不思議な縁だ。ヘレナ国の騎士団長で、俺を追放したあの男もギフト持ちだったはず。
ギフトは魔法とは全く違うもので、世の理を無視した力とも言われている。
見てみたいものだ。オリバーに授けられたギフトを。
「試合を始めろ」
俺の一声で、二人がともに斬りかかった。
鍔迫り合いは一瞬だけ。その後は、カプレーゼの一方的な攻撃が始まる。
華麗なる双剣使いは、一撃が軽いなんてことはなく、左右に差がない完璧で重たい剣技を繰り出し、あっという間にオリバーを壁際まで追い詰めた。
「ぐっ……」
背中を壁につけ、逃げ場を失ったな。
カプレーゼは手を緩めてはくれそうにない。一度負けているから、プライドもあるのだろう。目がまじである。
あららら、思った以上に力差があったみたいだ。
そろそろバリアを入れてやるか。
死なれても困るので、そうしようとした瞬間だった。
オリバーが目を閉じた。
「は?」
死ぬ気か?と思ったが、その瞬間から動きが変わった。
最初に剣を構えたときに感じた尋常ならざるオーラが確かなものになったような感覚だ。
オリバーの剣筋が変わる。
美しく、そして力強い一振りでカプレーゼを一撃で元の位置まで下がらせた。
そこからは、逆に一方的な試合が始まる。
オリバーの芸術的な美しい剣技で、カプレーゼが防戦一方になった。
剣を一本落とし、もう一本も叩き落された。
オリバーの剣が容赦なくカプレーゼの首に迫ったところで、俺の遠隔バリアが間に入った。
剣とバリアがぶつかり、凄まじい音がする。
この威力は、以前獣人の国の剣聖、メレルから受けた一撃にも劣らない。力では明らかに獣人の方が上なので、単純に技術だけでこれを成していることになる。
カプレーゼが額に汗を浮かべ、悔しそうにしていた。
俺は気づくと、パチパチと拍手を送っていた。
戦いが終わったことに気づき、オリバーが目を開ける。
あの凄まじいオーラが離散し、おどおどした気の弱い青年が戻ってきた。
「君、今日から騎士のトップに立って貰うね。軍を率いて貰うからよろしく」
肩にポンと手を当てて、任命しておいた。
「あっ、えっと、いいんですか……?」
「恐ろしい剣の使い手だ。申し分ない」
しかし、俺にはなんのギフトだかわからなかった。
目をつむった瞬間にスイッチが入ったから、それが関係しているのはわかるが、詳しくは見えてこない。
「憑依のギフトです。体の力を抜き、精神をリラックスさせた瞬間、何者かがこの男の体に入るみたいです。選別のときは炎の剣を使いこなし、今とも戦い方が違いました」
憑依のギフト。
……幽霊がいるってコト!?
ま、まあ、それはいいか。俺には見えないし……。
ひっ、後ろからなんか見られた気がする!
「違う剣士の魂が入ったってことか?」
「おそらく。検証の必要はありそうですが、彼も昔から無自覚のうちに変なことが起きることは分かっていたみたいで、話聞く限り1000人以上の剣豪を憑依させることができるみたいです」
1000人か。ずいぶんと数が多い。
「はずれとかあるのかな?」
「さて」
俺とアザゼルがオリバーを見つめた。
「……結構います」
「いるのかよ!」
任命したことを少し後悔し始めてきた。
いざって時にその人が来たりしないよな?なんかフラグを立ててしまった感じがして少し怖いな。
しかし、言ってしまった手前撤回はできない。
「いつかはギフトに頼らないような剣士になります……。任命して下さった領主様の役に立ちたいです」
「……おう」
気概はあるみたい。いいな。
この時に騎士の称号を作っておいた。
軍のトップに立てる人間がいたら、次々に任命したい。
一応魔族からも一人、カプレーゼを騎士に任命している。負けはしたが、華麗なる剣さばきは美しいだけでなく強い。成長力にも期待しての任命だ。
当分、軍はこの二人に任せよう。
「次はうちが勝つ。後でもう一戦ね。オリバー」
「ひっ、ひえー」
幸い二人は仲が良さそうだ。肩を組んでもう遊びに行っている。
楽しそうで何より。楽しいに違いない。俺が決めたからそうだ。
「軍は何とかなりそうだな」
「はい、税金について見直しましたので、次はその話し合いを」
「そうだな」
アザゼルが用意してくれた税金の書類を見た。少し自分の目を疑った。
――。
オリヴィエは迷子になっていた。
自分の感覚を信じて歩いた結果、森に迷い込んだ。
間違いなくミライエの土地ではあるが、迷ったことを認めるのが恥ずかしくてサーチの魔法を使えない。
一万を超す魔法を使いこなすオリヴィエからしたら、迷子から脱することなど造作もないことだ。
しかし、プライドが許さない。
一本道で迷った自分の方向音痴を認められないでいた。
そんな中、魔物の雰囲気を感じた。
背後から迫る2本の角を生やした熊の魔物だ。
「……死ね」
オリヴィエの手から出た見えない円形の刃がクマの首を刎ねる。魔物からしたら、何が起きたかもわからないだろう。
それを近くで見ていた人がいた。
近くの村に住む、老人だった。感嘆のため息を漏らし、オリヴィエに駆け寄る。
その腕にしがみついた。
「おおっ、長年村の悩みの種だったあの魔物を!あなた様はまるで女神だ!いいや、この地の救世主様だ!どうか、一日だけでも村に泊って行ってはくださらないか!」
「……そのために来たのよ」
「おおっ、やはりそうでしたか」
迷子を認めたくないオリヴィエは、とうとう自分をも騙して、そういうことにしておいた。しばらく村に泊ることにする。
オリヴィエはまだシールドに会えない。むしろ離れて行ってるまである。
カプレーゼの一人称を変更。オリバーの能力を調整




