23話 バリア魔法vs光魔法の行方
領内の大きな街を巡り終わって、俺は領主としてのあいさつを終えることが出来た。
一度見せしめがあったからだろう。その後はとんとん拍子に話が進んだなー。
ちょっとかわいそうだった気もするが、あの見せしめがあったからこそ間違いなく話がスムーズに進んだのはあった。
見せしめ後に、ベルーガからどちらでもいいですよと言われていた人間も二人ほどいた。
どちらでもいいですよ、というのは「少し反抗的ですが調教は可能です」という意味だと聞いている。
恐ろしい。魔族の情の籠っていない決断がなんとも合理的だが、恐ろしいことこの上ない。
それに釣られてか、俺まで「無能だったら斬りすてるか」みたいな恐ろしいことを言い出すし。
「そうですね。それまで楽しみはとっておきましょう」って楽しんでたんかい!
見せしめがなければ、この二人は明らかに反抗的だっただろうからな。
領内では俺が反抗的だった人物を斬り捨て、屋敷まで焼き払った噂は広まっているみたい。
その代わり、不思議な魔法で治水工事を行う領主の話も広まっている。
世間では俺が良い領主なのか、それとも悪直領主なのか、評価は二分されている。たぶん悪い方が正しい。
「大丈夫です。直ぐに名領主であるというデマを流します」
「お、おう」
魔族たちの手を打つ速さ!
しかもデマって!一応事実ってことにしといて。仕事はしているし。
魔族たちが動き回って、領内は良くなっていく。
その度に人の首が飛ぶ!クビってのは仕事をクビっていう訳じゃなく、本当に首が飛んでいる。スパッと。
やはり自分は世界を滅ぼす使者じゃないかと不安になりつつ、領内を巡る旅を2週間かけて終えた。
治水工事を終えて、俺たちは取りあえずの信用は得られたことだろう。
「領主様、屋敷に来客が来ております。どうしても会うと言って聞かず……」
屋敷に戻ると、門兵が困った表情で問題を告げてきた。
誰だろう?
俺に用事?
ガブリエルか?それなら無理矢理入る必要もない。
自身の身分を明かせば、難なく入ることは可能だろう。
誰かと気になったが、考えるより早く帰りたい。あの惨劇を生き残ったコックの料理が食べたい。あれはうまいんだ。いい腕してるよほんと。給料を倍増して正解だった。
「適当に相手をしよう。仕事ご苦労」
門兵の肩をぽんと叩いて労っておいた。
死の領主とか呼ばれたくないので、こういうところで小さなポイント稼ぎだ。
屋敷に戻った俺は、アザゼルがまだ戻っていないことを侍女から確認して、早速食事を摂ることにした。
俺自身もお腹が空いていたいが、フェイのやつが何よりも空腹でご立腹である。はやく何か食べさせねば。
食堂に入り、料理を待とうとしたが、そこに先客がいた。
テーブル上に足を乗せたボウズ頭の男。
ニヤリと笑うその口元から金の歯が顔を覗かせる。
手には無数の指輪をはめて、身に着ける衣服は黒光りした黒い革製のセットアップだった。
如何にも成金然としているこの男を、俺は知っている。
知っているどころか、忘れることが出来ないだろう。
「ゲーマグ」
「シールド」
大国ヘレナの宮廷魔法師、序列第5位の男。
成金のゲーマグ。……俺が勝手にそう呼んでるだけだけど。
「なぜ、お前がここに?」
「大体察しは付いているんじゃないか?」
質問を質問で返された。
もともと嫌いな奴だが、更に嫌いになりそうだ。
宮廷魔法時代、俺をもっとも見下していた人物がゲーマグだ。
事あるごとに、お前は宮廷魔術師に相応しくないと言われ続けた。
そしていつか実力で証明してやると豪語していた人物でもある。
良い予感はしない。何となく事情を察してはいるものの、それでもまずはゆっくり食事を摂りたい気分だ。
「政治上手の騎士団長様がお冠だ。お前を国に連れて帰るように仕事を頼まれた。ここまで来るのに、随分と苦労したんだぜ?」
やはりそうか。刺客は一度撃退しているが、ヘレナ国を覆うバリアが割れた以上、更なる刺客が来てもおかしくはなかったか。
「俺のバリアがいらないから追放したんじゃなかったのか?」
「さあな。壊れないと思ったんじゃねーかな」
やっぱりそうだったか。
あれ、壊れるんですよね。ごめんなさい、バリアにも期限があってですね……。
「俺様としちゃ、ヘレナ国にあんなもんがなくても問題ない。宮廷魔法師と大陸最強の騎士団がいればなんともないと思っちまうんだが、上はそう思っていないらしい」
ほう、少し興味深い話だ。
となれば、俺を追放したことに国王は関わっていない?
今となってはどうでもよいが、少し気になる話ではあった。
「バリアが必要なんだとさ。だから、連れて帰るぜ。いい機会じゃねーか。お前に宮廷魔法師の本当の力ってやつを見せてやるよ」
ゲーマグの体が光を帯びる。
成金ゲーマグ、またの呼び名を光速の魔法使い。
やりづらい相手だ。
「お主ら、外でやれい!我は腹が減っておる。食堂を汚す者は一人たりとも許さん」
空腹の女王様がご立腹だった。
「だってさぁ、あいつが」
「うるさい!」
なんか俺がフェイに怒られてしまった。
腹の減っているときのこいつはいつも不機嫌だ。
一緒に旅をしていた間も、空腹の際には終始八つ当たりをされていた。
「揉めているところ悪いが、始めるぜぇ!シールド、俺をがっかりさせるなよ。お前も宮廷魔法師の端くれだろ?」
ゲーマグが体に収束させていた光の魔力を使い、強烈な光を発した。
視界が真っ白になり、何も見えない。
あまりの眩しさに目を開けていられない。
これをバリアで反射するのは不可能だ。
ただ単に光を纏って輝いている相手に、俺の魔法は通用しない。攻撃されているわけではないからだ。
視界を奪われた。想定してはいたが、やはりやりづらい相手だ。
耳を澄ませば足音が聞こえるが、間合いが分からない。
光速の攻撃に反応できるはずもないので、安牌に球体状にバリアを張っておくとしよう。
受け身となるが、それが俺のスタイルなので問題はない!
ゲーマグの動きを待っていると、壁が割られて何かが突き破ったかのような音が聞こえた。
「ん???」
何が起きたのかわからない。
しかし、眩しさが徐々に緩和されて、俺の視界が開けてきた。
目を開けると、食堂の壁に大きな穴が開いていた。
そこからゆっくりと歩いて、フェイが自分の席に戻る巣あたが見える。
「飯!早う!」
壁の穴から外を覗くと、屋敷を囲う壁に衝突して伸びているゲーマグがいた。
口から血を噴出して、ぴくぴくと痙攣している。
「あっ」
なんかやれてる。
俺はあいつの魔法を食らっていない。だから反射もしていない。
もしかして……。
「フェイ、お前がやったのか?」
「外でやれと言うたじゃろ!」
「あっはい……」
やっぱりフェイの逆鱗に触れて殴り飛ばされたみたいだった。
哀れ、最強ドラゴンバハムートの拳をその身に受けるとは、一体どれほどの衝撃か。まだ生きているのが凄まじく思える。あいつ本当に強かったんだなと今回のことで思い知った。
「眩しくはなかったのか?俺なんて目を開けていられなかったぞ」
「嗅覚で何とでもなる。対策してないあいつは阿呆の類か?あんなの、神々の戦争の時代じゃ真っ先に死んでおるタイプだぞ」
……言葉もない。
やりづらい相手とか思ってしまった自分が恥ずかしい。
フェイからしたらただの雑魚だったなんて。かっこいい。融通の利く力ってこんなにもかっこいいのか。
光魔法の本領を発揮して貰いたかった気持ちもあるが、まあフェイに一撃でやられているようじゃ、この程度の相手と思っていいか。
俺とフェイは穴の開いた食堂で、忠誠心たっぷりのコックの料理を食べた。
「今日も美味しいな。お前の料理は最高だ」
「最高じゃ」
二人から褒められ、嬉しそうにコックが下がっていく。
隙あらば、良い領主としてのポイント稼ぎをしておく。
盛大に楽しんでいる食事中に戻ってきたアザゼルが、食堂の穴を見て状況の確認に入っていた。
「賊ですか?」
「そんなものだ」
「屋敷の修理はお任せください。正規軍の方も順調です」
やはりそっちはそっちでうまくやってくれていたのか。
軍事力は領主の権威にもなるし、他国への牽制にもなる。
そこが安定するのは非常に好ましい。
「7割ほど使えない人材でしたのでクビにしております」
クビってのはどちらの意味か気になったが、深くは聞かないでおいた。
「して、外の賊はどのように?」
「任せる」
クビにするならクビにしてくれ。
勝手に襲ってきて、勝手に負けたんだ。どうなったって、自己責任だよな?ゲーマグ。
「はっ。ではお任せください」
一礼して、アザゼルが魔族を引き連れてゲーマグの処理に入った。
穴から見えた様子だと、どこかへ連れて行っているようだった。
――。
「だから!シールドはここにいるんでしょ!」
「答えられぬ」
待つように助言を受けたオリヴィエは、我慢できずにヴィラロドラの街まで来ていた。
シールドに街の管理を任されたガリウスと面会しているが、何も情報を開示してくれない。
「自治領主様の居所を、訳もわからぬ女に教えられるはずもなかろう」
「だーかーら!知り合いだって!昔からの知り合いなの!」
「証明できぬ以上、答えられぬ」
かたくなに口を割らないガリウスに、オリヴィエは打つ手なしだった。
けれど、溜まりに溜まったフラストレーションがあるので、食らいつく。
「近くにいるのは知ってるから。教えるまでここを離れません」
「結構」
「ぐぬぬぬ……!帰る!」
「早いな」
「頑固じじい。ばーか、ばーか。はーげ!」
ヘレナ国宮廷魔法師、序列第一位。万能オリヴィエの面影は、そこにはなかった。
オリヴィエは未だにシールドに会えない。




