21話 バリア魔法で仲間にした魔族が……
ようやく、ようやくミライエ領主邸に辿り着くことが出来た。
長閑な旅をイメージしていたのだが、終始食費に追われる旅だった。
フェイが毎食5,6人前は食べるくせに、まだ腹八分じゃなとか言うせいで、路銀を毎度毎度稼ぐ辛い旅だった。
土嚢袋を積み上げる仕事はきつかった。
あれは腰に来る。バリア魔法がなければどうなっていたことか。
その苦労もようやく報われた。
俺たちはミライエの自治領主邸に辿り着いた。
目の前に聳え立つ白亜の城と、仰々しい門、それを守る二人の門兵。
「我は新領主、シールド・レイアレスである」
少し仰々しく言ってみた。領主って多分こんな感じか?
ガブリエルから貰ったルビー魔法石のブレスレットを見せて、自身の身分を証明した。
なくすフラグは立てておいたが、しっかりとなくさない辺り俺有能。
「領主様お待ちしておりました。先日来客がありましたが、身分のわからぬ女だったため、お引き取り願いました」
「それでよい」
怪しい女はもう懲り懲りだ。
旅の疲れを癒すため、領主邸に上がらせて貰った。
侍従に案内されて、風呂に飯と案内してもらったが、少し違和感を覚える。
「あまり歓迎されておらんようじゃな」
やはりそうか。
俺だけが感じていた違和感ではないらしい。
明らかに領主を歓迎する態度ではなかった。
門兵の二人こそ礼儀正しかったものの、屋敷の中では冷たい視線が俺たちを捉え続けていた。
これは誰の差し金か。
ガブリエルか?
それはあり得ない。
俺のバリア魔法の重要さを知っているあいつが、そんなことをするはずはない。
この屋敷内に、指揮者がいるはずだ。
俺の存在を良しとしない人物が。
夕食を食堂で食べている時、俺とフェイよりも遅れてこの場に登場した人物がいた。
領主邸の管理を任され、領主がいない間の領地経営も任されていた男。
白い口髭を蓄えた執事、ヴァンガッホであった。
「ヘレナ国の方、よくぞ到着なさいました。ガブリエル様より委細聞いております」
ヘレナ国の方か。俺の名前を呼びもしないときた。
「先代領主様の代より、領地経営は私に一存されております。聞けば自治領主様は、一平民の出身だとか。旅もお好きと聞いていますので、今まで通り自由に過ごしていただければお互いにとってよろしいかと」
なるほど。こんな正面から喧嘩を売られるとは思っていなかった。
指揮者はこいつか。
ガブリエルに泣きつくまでもない。
実権は俺の手で取り戻す。
「つまり、お前は俺に飾りの領主をしていろ。実験は全て自分が握るから、そう言っているわけだ」
「如何様にも解釈なさって結構」
ヴァンガッホの背後に、屈強な男が二人姿を現す。
実力で黙らせることも厭わないらしい。
屋敷は皆この男の味方、領地も先代からヴァンガッホが管理しているなら領民もこの男の味方だ。これは少しばかり時間がかかりそうだな。
信頼を勝ち取るには時間がかかるからだ。
そう思ったのも一瞬だった。
屋敷の大きい窓が開け放たれて、魔族が複数入ってきた。
「は!?」
何事かと思えば、先日封印を解いたばかりのアザゼルがそこにいた。
彼の後ろに控えるは、複数の魔族たち。
「フェイ様、封印されていた同胞を解き放って参りました。今からシールド・レイアレスの元で100年ほど働くことをお許しください」
「良い」
「100年後、この者が朽ち果てたとき、我々はまたあなた様と共に」
「うむ、分かっておる」
俺とヴァンガッホが睨み合うのを完全に無視して、フェイに片膝をつけてうつむく。アザゼルが誓いを立てていた。なんか主役の座を奪われた気分だ。
胸に手を当てて、誠意を込めて言葉に誓いを立てる。
「何者か!?このヴァンガッホを前に、このような無礼は許されんぞ!」
『腐敗の魔法』
怒号を上げたヴァンガッホだったが、一瞬にしてアザゼルの魔法によって駆逐された。
そこに残るのは、ドロドロになった何か。容赦なさすぎる!
「魔族か!?」
屈強な男たちには、既に戦意はなかったが、魔族にとっては関係ないらしい。
「ベルーガ。領主様に悪意のあるものは、全て殺しなさい」
「はっ」
アザゼルの連れてきた魔族の中で、白い髪の毛の美女が頷く。
ベルーガと呼ばれたその魔族の女性は、手から現れた透き通る水の剣で次々に屋敷の者を斬り捨てて行った。
ちょっと!!何してんの!!
これから権力を巡って、ドロドロの争いをする政敵が、圧倒的暴力によって駆逐されていくんだが!?
まだ惨劇が続く中、アザゼルが、今度は俺の前に跪いて首を垂れた。
「先ほど申しましたように、あなたが死ぬまで魔族一同付き従う予定です。使っていただけると、我々一同新たな寝床を探さなくて済みます」
「従うにしてはやり方が随分と強引だな。屋敷から惨劇の悲鳴が聞こえるぞ」
「あれらはダメです。魔族は人の悪意に敏感です。シールド様に敵意のあるものは全てこの世からさらば願います。自らの立場をわきまえぬ者に、居場所はありませぬ故」
全くその通りだな。
結局、魔族たちに任せてみた。
実際居心地は悪かったし、どう変化するか見ものだ。
「やつは役に立つぞ。直ぐに分かる」
フェイの太鼓判もある。信じて待つとするか。
一時間もしないうちに、俺たちの前に連れてこられた5人。
門兵が2人に、コックが1人、新人の侍女が1人と、謎の少女が1人。
「この5名だけです。シールド様に悪意のない者は」
白い髪の女、ベルーガがそう告げた。
確かにこの5人からは嫌な感じがしない。
魔族が悪意に敏感だというのは確からしい。
「今まで通り働けば給料は倍に増やす。ただし、今日のことは口外無用で頼む」
羽振りの良いところ見せたら、全員が了承してくれた。
1人を除いて。
使用人ではない少女だった。
やせ細った体をしており、怯えた目をしている。この世のすべてに絶望したような顔色だ。
「先代領主の隠し子みたいですね。ヴァンガッホと名乗っていた男に幽閉されていたようです」
かわいそうに。
あの口髭おやじめ、とんでもないことをしやがる。
「世話をしてやれ。教育もな」
こうして俺の前から、屋敷の者を立ち退かせた。
「素晴らしい采配かと」
アザゼルが褒めてくれた。
自分の領地だ。丁寧に運営していかないとな。
人心を掌握出来なくて痛い目にあってこんな場所にいるわけだし、今度こそ気をつけねばなるまい。
「ところでアザゼル、俺は何をしたらいい?」
全くの素人なので、さっそく頼ってみた。
「しばしお待ちください。領内の情報を整理いたしますので」
それぞれの仕事が既に割り振られているのか、魔族たちが散っていく。
アザゼルもヴァンガッホの執務室へと向かったみたいだ。
「のう?あやつは使えるやつじゃ」
フェイの言う通りだった。アザゼルがいなければ、俺はまだヴァンガッホの嫌味な視線に耐える時間を過ごしていたに違いない。かなり遠回りしていただろうな。それはそれで面白そうだったけれど、こうしてスッキリした今の方が良いのは間違いない。
それにしても、びっくりだよな。
いきなり腐敗の魔法で殺すんだもの。人の感覚とは少し違うものを感じる。
味方になったのは心強いが、斬れすぎる剣には要注意である。
魔族たちの最高のもてなしにより、旅を始めて以来最高の眠りを得ることが出来た。
領主の部屋にて、大きなベッドの上で朝日と共に目覚めるのは、最高に気持ちよかった。
朝食、美味しい料理が提供されたので、昨日惨劇を生き残ったコックは逃げ出さずにまだ働いてくれているようだ。改めて食すと、うむ、大した腕前だ。
フェイがたらふく食べられるように量もしっかりと準備されている。
さて、食後は何をするかな。
自分の領地だ。発展させたいし、フェイだけでなく、みんなにたらふく食べさせてやりたい。
そのためにはどうするべきか。
アザゼルが答えをくれた。
「昨晩の手腕は大変お見事でした。屋敷に残った人間どもは皆真面目に働いております」
そりゃ、アザゼルの魔族一行に睨まれてたら、さぼりはしないだろうなと思う。
ただし、この料理の味からすると給料倍増も彼らのモチベーションをあげたみたいだ。
大変よろしい。
「領地にいる領民相手にも、やはり心を掴むのが先かと」
「何か具体的な案がありそうだな」
「答えはシールド様が旅の途中で見つけておられます。先代領主の置き土産を活かしましょう」
なるほど。俺にも答えが分かった。
――。
イケメン冒険者アイザスは今日も街の人から愛されていた。
行き交う人に声を掛けられ、彼も爽やかに軽く返答して皆と親交を躱す。
そんな中、目の前にご機嫌斜めな女性がいた。
服装が街の人とは違い、旅の者だとわかる。
溜まったフラストレーションは何ゆえか。
「そなたがアイザスか?」
「そうだが……怒っているのか?」
「怒ってなどいない!」
滅茶苦茶怒っていたので、場の空気がとても悪くなった。
しかし、そこは性格までイケメンのアイザスである。なんとか空気を和らげ、女性の名前まで聞き出すことに成功した。
「オリヴィエさんですか。なぜこのような田舎街に?」
「シールド・レイアレスを探しによ!どうせ、もういないんでしょ!」
「すまない。彼なら既に旅だったよ。目的地はミライエの領主邸だと聞いている。行ってみたらどうだい?」
「もう行ったわよ!」
散々八つ当たりされて、オリヴィエのご機嫌を取るためにご飯まで奢るアイザスだった。
オリヴィエはまだシールドに出会えていない。




