2話 追手。やめてくれ、バリア魔法しか使えないんだ
追放されて何が起きるのか心配していたのだが、本当に国の端まで追放されただけだった。
三日かけて国境にある街アルザスまで連れていかれて、一週間以内に身支度を整えて国から出ていくように通達された。
馬車から降りて以降は見張りのような者が付くこともなく、意外とあっさりとしているんだなと思って安心したくらいだ。
最低限の金も貰っている。
といっても、本当に最低限だ。
私物で持ち出せたのは、宮廷魔法師を証明するための金の懐中時計だけ。
他に持ち出せたものはないので、本当にここから人生の再スタートである。
買い出しの時間である。バッグに保存が効きそうな食料を詰め込んでいく。
1週間分は欲しいところだ。
他のものは後回しでいい、というよりお金が足りない。パンツも持ち出させてくれなかったので、安物のパンツを買っておいた。
いかにもゴワゴワしていて、デリケートなところが心配になるつくりだ。
さて、これからどこへ行こう。
北に行くか、東の森を超えるか、南に下るか。
北は獣人の国。南は貿易で栄えた海に面した国。東はドラゴンの森を超えた先に国がある。
西は王都方面に戻ってしまうので、その選択肢は取らせてくれないだろう。
見張りの目がないと言っても、国をウロウロしていたら流石に通報されそうだ。
これでも元宮廷魔法師だ。ちょっとくらいは顔が知られているはずだ。……知られているよね!?
「……南かな」
消去法だ。
他国の内政なんて軍事面で仕入れた情報しかないが、南のミナントが一番栄えていて、出直すにはちょうど良さそうである。
文化や気候に馴染めなかったら、またその時考えよう。
北の獣人の国よりかは馴染めるだろう。
東はドラゴンの森を超えなきゃいけないのがきつい。ドラゴンならバリア魔法でなんとかなりそうだけど、森を超えたことなんて人生で一度もないぞ。
もともと引きこもって魔法の特訓ばかりしていたんだ。
宮廷魔法師になっても城で毎日引きこもっていた。
国を覆う巨大なバリアも城からせっせと一か月もかけて創り上げたものだ。あれは大変だったけど、外出は一切せず創り上げた。
宮廷魔法師にまでなって、文明の頂点を味わい尽くしていたのに、今さら森なんて無理、無理。虫とか出たら無理です。きもい。うんことかどこですればいいの?木の下?無理、無理。きもすぎぃ。
しかし、どのルートを選んでも長い道のりにはなりそうだ。
次の街までどのくらいかかるのか、地理感もつかめていない。
となると、今やることは――。
「腹ごしらえだあああ」
とりあえず、食って考えようと思う。
宿と飯屋を兼業している店に入り、シチューとパン、メインディッシュの肉のステーキを頼んだ。お金が余ったので、サラダも添えておいた。
「はむっ」
んまい!
豪快に口に放り込んだステーキの肉汁が口にあふれた。シチューも濃厚でうまく、パンは焼き立てだ。野菜はただの草だ。あれは草だ。知らんけど。
田舎町の料理がどの程度か気になっていたけど、王都で食べていたものに負けないうまさである。
城での生活しか知らないのは、損だったかもしれない。
世界は俺の知らないことであふれているな。
やはり追放されたのはそう悪いことでもなかったか?
ただし、先ほどから嫌な意識を感じる。追放されてゆっくりスローライフを決め込もうとしていたのに、なんだろう。
トラブルの匂いがする。
俺に用がある?なぜ。
明らかに素人じゃない男が三人、すこし離れたテーブルで意識だけでこちらを捉えるように座っていた。
「バレバレなんだけどなぁ」
これでも宮廷魔法師だったんだぞ。そのくらいあからさまに意識してたら、流石に分かる。
せっかく美味しい食事だが、半分くらいしか存分に味わえなかった。
仕方ない。
なんの用か、誰の差し金か、気になるから早めに済ませておくとしよう。
あちらもそれをご希望だろうし。
飯屋を出て、俺は人気の少ない道を選んで進んでいく。
完全に人が居なくなった袋小路にたどり着いて、まだ姿を現さない3人に呼び掛けた。
「いいよ。そろそろ出てきたら?あたりに人はいないみたいだし」
二人が剣に手をつけ、いつでも戦える態勢で出てくる。一人は物陰に隠れたままだ。
素直なことで。
二人近接で、1人は遠隔の魔法タイプ。
バランスのちーむだこと。
「何の用?」
「……あなたには死んで貰う。恨んでくれるなよ」
「黒幕は吐いてくれなさそうだね」
「当然」
会話は終了らしい。
二人が剣を抜くと同時に迫ってきた。
ものすごいスピードだ。動作にも無駄がない。
これは、素人じゃないのは確実。それに見たことのある構えだ。
「――騎士団の連中か」
「……」
当然返答はない。動揺したみたいだけど、動きは鈍らない。
けれど、剣が俺に届くことはない。
『バリア――武器破壊』
俺の前に現れた半透明の壁が二人の剣を防ぎ、剣を真っ二つに割った。甲高い音が鳴り響き、折れた剣の破片がくるくると回って地面に突き刺ささる。
「悪いな。これでもバリア魔法のスペシャリストだ。そのくらいの攻撃じゃやられないね」
「……このくらいは想定内」
ほう、まだ作戦があるみたいだ。
「物理攻撃も、攻撃魔法も効かないと情報を得ている。しかし、デバフ魔法はどうかな?」
物陰に隠れていた一人がようやく姿を現した。
「すでに魔法は発動している」
俺の足元に、魔法の呪文で描かれた円が浮かびあがった。
これは、重力魔法の詠唱紋だ。なるほど、動けなくすれば大丈夫だと踏んだわけだ。
しかし、ごめん。
『バリア――魔法反射』
俺の足元の魔法が彼らに跳ね返って、重力魔法で地面へと縛り付けた。
三人が重さに耐えられず、うつぶせに倒れる。
俺が今重力で感じている重さの数倍の重さを感じていることだろう。
「……ここまでとは。バリアしか使えないはずだが!?」
「悪いな。俺は守りのバリアしか使えないんだが、もちろんいろんなバリアがある。わざわざ攻撃してくれるから、撥ね返しておいた」
「なっ。ただのバリア魔法使いと聞いていたのに……」
宮廷魔法師にバリア魔法だけでのし上がった男だぞ。
攻撃魔法は防げて、デバフ魔法は防げない?それじゃああまりに芸がないだろ。
魔法ならなんだって撥ね返しますよ。
「ほい、じゃあ雇い主を言って。大方、予想はついているけど」
「言えない」
「魔法を反射した時点で、この魔法は俺のだよ。俺が解除しない限り、ずっとこのままだけどいいの?」
「……くっ」
「まあいいか。どうせ騎士団長でしょ?じゃあさ、あんたたちみたいな連中はまだいるの?それだけでいいから教えて」
騎士団長が黒幕だというのは当たりだったみたいだ。
その名前を出した瞬間、3人の表情が一瞬変わった。
「ほら、辛いでしょ?楽になっちゃいなよ」
「我らが失敗した以上、また追手はくる。あの方はあなたが復権しないように殺しておきたいらしい」
「ふーん、了解」
情報は得た。
魔法を解除してあげる。
もう彼らに用はない。
「……良いのか?このまま俺たちを解放して」
「まあね。俺はバリア魔法使いだ。攻めはダメダメだけど、守りは得意だ。あんたたちくらいならいつでも相手になるよ。どうせ一生経っても俺に攻撃通りそうにないし」
「完敗だ。これが宮廷魔法師の力か」
そう、これが宮廷魔法師の実力。
そして何度も言うが、俺はこれ一本で食って来たんだ。
俺の魔法を突破した人物は一人もいない。これまで何度も実戦を踏んできたが、突破されたことは未だにない。
悪いが、守りに関して俺は最強だ。
だから国からバリアを張る仕事を受けたし、最強のバリアで国を守った。絶対にこの国に俺は必要だと思うんだけど、追放しちゃっていいの?
まあいいか。
「じゃあな」
「城に戻れば我らもどうなるかわからない。拾った命だ、このまま姿を消す。シールド様、今さらだがすまなかったな」
騎士団にもいろいろあるんだな。
好きにしてくれ。
どこに行ってくれても一向に構わない。走って退散して行く彼らの背中を見送った。
「さて」
歩き出した俺は、今後の行動計画を修正する必要が出てきた。
国にこっそり残る道は完全になくなった。
国内にいる限りずっと騎士団長の追手と戦うことになる。俺のバリア魔法を突破できる人間がいるとは思えないが、追われるのは鬱陶しい。
四六時中命を狙われるのは、メンタル面でとても疲弊しそうだ。
毒を盛られようが、呪いをかけられようが対処できるが、メンタル面は心配だ。最悪メンタル面も対策はあるが、あれはしたくないし。
南の国、ミナントに行くのもなしだな。
ここからスタートするなら、もっとも想定しやすい道筋だ。
騎士団長からの追手も、南方面が一番多い気がする。
北のイリアスも大差ないだろう。
となると、あれしか……。
俺の視線は大森林へと目を向けていた。
大木が生い茂る森、通称ドラゴンの森へと。
「あっちしかないよなー」
くっそ、一番ないと思っていた道を行かなくちゃいけないのか。
覚えてやがれ、騎士団長め。
虫が肩に乗りでもしたら、いつかあいつをぶっ殺してやるから。
バリアで圧死させる。俺の唯一できる攻撃魔法だ。
「虫、出てくれるなよ……」
俺は意気消沈しながらも、他に選択肢がないので仕方なくドラゴンの森へと足を踏み入れたのだった。




