17話 バリア魔法で良い出会いを
魔物だったギンガメが、巨大な銀の塊となって目の前に残ってくれた。
これを運ぶのは大変な仕事になりそうだ。
試しに触ってみたが、確かな重みがある。
「何をしたんだ!?ギンガメの首が、急に飛んだけど。本当に何が起きたんだ!?」
何が起きたって、俺の唯一使える魔法を使ったまでだ。
「バリアを張った」
「バリア……そんな初級魔法でギンガメの突進を止めただと?君に反動は来なかったのか?」
「全然」
なにせバリア魔法しか使えないからね。あれしきでいちいち反動を食らってたら、バリア魔法使いとしての名折れである。
驚きっぱなしのアイザスが俺の魔法について詳しく聞いてくるが、何も説明することなんてないんだよな。
バリア魔法を極めただけであって、それ以上でもそれ以下もでもない。
そんなに驚かれるようなことでもない。だって逃げる相手にはどうしようもない魔法だし、冒険者としてはアイザスの方が絶対に優秀だ。
凄いのはお互い様だ。
俺とアイザスが話し込んでいると、フェイが既に息絶えたギンガメの甲羅の上に飛び乗っていた。
何やら観察をしており、振り向いて聞いてくる。
「こやつの甲羅。特殊な魔法がかかっておる。最初から殻に閉じこもられて、守りの魔法を使われてたら、お主たちではどうにもならんかったな」
ごもっともだ。見た目からして守りの強そうな魔物だもん。
フェイがいるから守り一辺倒の心配もしたが、流石はダンジョンの主なだけはある。
力量を調べてから閉じこもるつもりだったのかもしれないが、結果として良い方に出てくれた。
「この甲羅、少し食べさせて貰う。お主のバリア魔法程ではないが、いい防御の手段になり得そうじゃ」
「あっ」
大事な素材の銀だ。それは金になる。
全て売り払いたいところだったけど、静止する前にフェイが魔力のこもった拳で甲羅を叩き割った。
衝撃波が突っ立っているアイザスを吹き飛ばした。
既に絶命しているとはいえ、信じられない固さを誇るであろう甲羅を一発かよ。
あいつ本当に見た目と中身の一致しない生物だな。
叩き割った甲羅の破片をぼりぼりと食べだすし、どんな顎と歯だ。
「うむ、まずくはないのう」
「お腹下しても知らねーぞ。それと、ほどほどに頼む。それは俺たちの路銀になるんだから」
「わかっておる。少し食べればそれでよい」
フェイは対象を食べることで、能力を引き継げるドラゴンらしい。
それで俺のバリア魔法も狙っているらしいから、いずれ俺も食べられちゃうんだろうな。
普通に考えて、フェイって最強だよな?
今でさえあの化け物染みたパワーに、多様な魔法も使うし、生きている長さが人間とは違いすぎる。
俺のバリア魔法まで吸収されるとなると、このドラゴンはどこまで強くなるのか。流石に、最強のドラゴンと呼ばれるだけはある。
俺がこいつと出会ってしまったのは、人類の未来にはよろしくない気がしてきた。今さらどうしようもないけど。
フェイが甲羅を咀嚼し終わり、飲み込む。
背中の翼が仕舞われ、代わりに銀の甲羅が出てきた。
「ほう、不格好じゃが、面白い。魔力を込めれば込めるだけ固くなるぞこれは。非常に面白い甲羅じゃ」
「だっせーからやめといた方がいいぞ」
面白いからいいけど。美少女に甲羅。結構笑える。
「そうか?なら困ったときにだけ出すとしようかのう」
フェイがギンガメの甲羅から飛び降りた。
満足気なので、まあいいだろう。銀は十分残っている。
「ちょっと待った!!シールド、君もおかしいけど、彼女今何をした?甲羅を素手で割ったぞ!その後に食べたぞ!そして背中に甲羅が出たけど!!すんごい衝撃波が来たけど!!」
「そうだよ」
俺も見ていたから当然知っている。何を今さら。
ああ、こいつはフェイの正体を知らないのか。
「フェイはそういうやつだ。あまり気にするな」
「いーや気にするね。ギンガメを一撃で葬る男。それを食べる仲間。君たちはなんなんだ!?」
「うーん」
どこから説明したものか。
とりあえず、ダンジョンは空気が美味しくないので地上に上がることにした。
甲羅の破片と、ギンガメの一部を持って帰ることで討伐証明とする。
討伐が1日で終わったことを、冒険者ギルドの受付は凄く驚いた様子で対応していた。
「アイザスさんが嘘をつくとは思えませんが、それにしても早すぎます」
「……僕にもまだいろいろと理解できていないんだが、この二人が全てやってくれたんだ」
「お二人が?」
仕事をこなしたという証明はアイザスがしてくれた。
ちゃんと詳細に説明するあたり、誠実な人だ。
「本当にギンガメを倒せるお方だったのです。ですが、ルールでランクは1段階ずつしかあがらないようになっているのです。今回の討伐でランクDまで上げることは可能ですが、それ以上は私どものほうでは……」
少し困った顔をされた。
「それでいい」
俺たちは路銀さえ手に入ればいいので、今回はそれで大丈夫だと伝えた。
むしろ肝心なのはこれからだ。
報酬は山分け。つまり3分の2を俺たちが貰うという交渉を始めなくてはならない!金で揉めるのはトラブルのもとだが、風はこちらの味方だ!
「何を言っている?報酬は全部君たちのものだ」
まさかの返答だった。
何を言っている、と言われた瞬間はどきりとしたものだった。揉める覚悟はあったけど、本当に揉めのか!?って感じだった。
「僕は何もしてないからね。むしろギンガメの脅威を舐めていたくらいだ。一人だったら生きて帰れたかわからない程の相手だったと思っている」
「おっおう。じゃあさ、飯でも食ってく?」
「是非一緒に。後学のためにも話を聞いておきたい」
イケメンアイザスは、心までイケメンだったので飯を奢ってやることにした。
流石に総取りは俺も悪いと思った。人の心が残っている自分に安心だ。
ダンジョンに入る前にご馳走された飯屋がうまかったので、そこでもう一食食べた。
前回フェイが恥ずかしいくらい食べたので、アイザスにも好きなだけ食べて欲しかったけど、このイケメン、少食だった。
「で、あの魔法はなんなんだ?」
「バリア魔法しか使えなかったから、バリア魔法だけを訓練してたんだ。これでもバリア魔法だけで宮廷魔術師の地位まで上り詰めたんだぞ」
俺の過去と、最近あったことを話した。
信じて貰えるか心配だったけど、ギンガメの件があったからだろう、すんなりと受け入れてくれた。消化には苦労してそうだけど、飲み込んでくれただけありがたい。
「うわさに聞いていたヘレナ国が手放した伝説の男は君だったのか。まさかミナントに来ていたとは。しかも、自治領主になったとはね。僕たち庶民には知らされていない情報ばかりで驚いているよ」
「そうか。良かったら一緒にミライエに行かないか?アイザスがいるといろいろ便利そうだ」
いかにも器用貧乏……違う、違う。万能なアイザスは旅に必要な人材だ。俺とフェイは共に不器用なので、こういう人材がいるととても助かる。
「いずれ行ってみたいが、今はやめておく。僕はこの街一番の冒険者だからね。後任が見つかるまでは、ここは離れないさ」
「そうか、街にバリアでも張ろうか?そしたらアイザスも自由に動けるだろう」
「聖なるバリアのことをそんなに気軽に口にしないでくれ。感覚がおかしくなりそうだ。それに聞いた限り、あのバリアは政治面に大きな影響を与える。やめておいた方が賢明だぞ」
それもそうだった。
この発言は、フェイにも怒られてしまった。
また面倒事に巻き込むつもりかと言われたが、すまない。
なんども同じミスをしてしまうのは、俺の認識と世間の認識に差があるからだ。
このバリア魔法が凄いものだと、もっと自覚を持たなくては。
ギンガメの回収作業と、換金作業にしばらく時間を要したので、この街には2週間ほど滞在した。
その間の面倒はアイザスが見てくれた。
家にも泊めてくれたし、思っていたより数段良いやつだった。
恩が出来てしまったので、こっそりとその体を覆う透明なバリア魔法を張っておいた。
アイザスは冒険者だ。常に危険と隣り合わせ。
このくらいのバリアは世間に影響もないし、ちょうどいいくらいのお節介だろう。