16話 バリア魔法は応用が利く
「準備はいらないのか?」
アイザスが心配そうな顔して聞いてくれるが、俺は何もいらない。振り返ってフェイに聞くが、飯があれば良いそうだ。
かなりの額を奢ってもらったのに、涼しい顔しているアイザスはきっと金持ちに違いない。俺も遠慮せずデザートとか注文しておけばよかった。
「俺たちは何もいらない。アイザスがいいなら、出発しよう」
泊まりの仕事になるかもしれないと言われたが、それでも問題ない。
俺は自分のことは何とかなる。
フェイはもともと人の家に泊るようなやつじゃないし、やはり問題はない。
「なにも準備していないじゃないか……。素人すぎるぞ。まあ、一度痛い目にあえば嫌でも学ぶか」
イケメンアイザスとは、飯を奢られた関係で仲良くなっているが、まだこうしてたまにチクチク言葉が出てきたりする。ふわふわ言葉を心がけろよ、イケメン!
段取りが済み、ダンジョンの場所まで馬車での送迎があった。
これは冒険者ギルドの手配なので、費用は掛からないらしい。
金のない俺たちにはなんともありがたいシステムだ。
「シールドとフェイは前衛と後衛どっちを担当するんだ?」
どっちと言われても。
特にないけど。
「俺はどっちでもいいかな。フェイは?」
「我もどちらでも良い。というか、戦う気はない」
アイザスが頭を抱えた。
そんなにまずいことでも言っただろうか?
「ここまで素人だとは。君たちに冒険者たるものがどういうものか教えてやる必要がありそうだ」
俺は自治領主なので、そんな必要は一切ないのだが、教えてくれるというなら教わろう。実際、俺は弱小魔物を狩れないわけだし。
「冒険者というのは基本的にパーティーを組んで、それぞれの役割を決める。役割を決めた方が、戦闘の幅が広がってあらゆる魔物に対処できるからね」
「でもアイザスはソロだ」
「ああ、僕みたいに器用なタイプは一人でもなんとかなったりする。魔法剣士で、回復魔法の心得もあるからね。でもいつかはパーティメンバーを探さないといけないと思っている」
なるほど。
ちょっと待て、今解説の中に自慢が入ってなかったか?一回目だし、許すか。
冒険者には役割が大事なのか。ならば、さぼらず、弱小魔物を狩ってくれる器用なやつが欲しい。うちのパーティーに欠けている人材だ。
……あれ?アイザスじゃないか!
ぴったりだ。一人で何役もこなしてくれるし、愛想も良くて人気があって、話を上手にまとめてくれる。
なんだか、俺に足りていないものを補ってくれる人材を見つけてしまったかもしれない。
「今の話を聞いて、自分にはどこが相応しいか想像ついたかい?」
「うーん、たぶん前衛だな。前は俺に任せろ」
「なるほど。魔法剣士の僕も基本的に前衛になる。上手に連携をとれればいいけど、今日は自分の身を守っていれば、それでいいから」
「おう、わかった」
アイザスは本当に良いやつだな。
いずれうちの自治領に来たら、いい仕事を斡旋してあげよう。
ダンジョンは森の中にあった。
地下へと潜る洞窟内がダンジョンとなっている。
ギンガメが巨大化しすぎてしまい、洞窟内の生態系が崩れてきているらしい。その余波が森にも出てきて、森の魔物が活発化しているため、今回の依頼がギルドから要請された。
街一番の冒険者であるアイザスは大変だな。今回は格上の魔物だというのに、二言三言交わしただけで仕事を受けちゃうんだから。緊急の仕事っぽいし、断れない立場なのもあるんだろうな。尊い存在だ。
守りたい、このイケメン。
「よし、行こう。僕が通ったところを歩くように。足場が悪いから気をつけて」
アイザスの言う通り、薄暗い洞窟内は、地面が湿っており滑りやすい。
といっても、滑り安いのがわかるだけで、俺が滑ることはない。
体に沿うように張ったバリアは常時発動型で、身を守ってくれる以外に、フィールド効果を無効かしてくれたりする。
つまりトラップを踏もうが、地面が滑りやすかろうが、多少のことは無効化してくれる。もちろん限度はあるが、この程度のダンジョンなら余裕だろう。
慎重に苦労して降りていくアイザスを後目に、俺は軽快なステップで駆け下りていった。
フェイもドラゴンだ。
背中の翼でスイーと滑らかにこの岩場を飛び降りていく。
「なっ!?」
かなり後ろに置いてきたアイザスが驚きの声を発していた。
どうせなら背負ってきてあげればよかったか。飯を奢って貰ったし。まあ、今更思っても遅い。
下に降りて、二人でのんびりアイザスの到着を待った。何個かキノコを収集して、フェイに食べさせた。うまいらしい。こいつよくなんでも食べられるな。
「驚いたな。二人とも凄い特技があったものだ。冒険者ギルドで無茶を言うだけのことはあったのか」
「滑る地面に強いだけさ。さあ、先を急ごう」
雨が降ったらここは水浸しになるらしい。
そうなったら俺のバリア魔法での対処方法も限られてくる。危ないのは嫌なので、早いとこ仕事を終わらせて帰りたいものだ。
「待て!ここはB級魔物がいるダンジョンだぞ。そこら辺に危険な罠があるかもしれない」
俺は既に踏んでしまった罠をアイザスに見せた。
このくらいじゃ、一万個踏んだって俺の体を守るバリアを割ることはできない。
「俺の後を歩くといい。俺には罠が効かないから。こういうのが役割分担だろ?」
先ほどアイザスが言ってくれたことをそのまま返した。
「……ああ、そうだけど君は一体」
「なに、ただのE級冒険者だ。行くぞ」
ガコン、ガコンと罠を踏み荒らしていき、俺たちはダンジョンの奥へと急いだ。おっ、重い……。
「ちょっと待て。おかしい。異常事態かもしれない」
道中、アイザスが物騒なことを言い出すから、少し警戒した。
立ち止まって、言葉の真意を聞いた。
「魔物が一切出てこないのだ。なぜこれほどのダンジョンで魔物が出現しない!?何かとんでもない異変が起きているかもしれない」
ああ、それはあれだ。
魔物が逃げているからだ。
フェイの発する強者の空気が、魔物を遠ざけてしまう。
こいつのせいで、魔物が碌に寄って来やしない。
だから俺はいつも弱小魔物の狩りに成功できないのだ。
フェイがドラゴンだと言い出したら、また長く質問されそうなので、アイザスの疑念は晴らさないでおいた。
すまないな。しばらく不安な気持ちでいてくれ。別に何も起こらないから、ギンガメを倒すまでは我慢しておくれ。
トラップを無効化し、フェイが魔物を遠ざけ、俺たちは無事にどころか、ただ歩くだけでダンジョンのボスであるギンガメの元まで辿りついてしまった。
「想定していた時間の半分もかかっていない。武器や体力の消耗もない以上、成功の確率が跳ね上がったと言っていいだろう。しかし、油断するな。冒険者は無事帰るまでが仕事だ」
「わかった。じゃあ、やるとしようか」
目の前に居座るのは、体調10メートル、高さ4メートルはあろうかという、銀でできた巨大な亀だった。本当に表面上は銀だ。中身もぎっしり銀でできているとなると……。ぐふふふ、夢が広がる。
体中苔や土が被っているが、水で流して磨けば光り出しそうなほどの純粋な銀の塊である。
見ているだけで面白い魔物だな。
俺たちが近づいたのを感じて、ギンガメは4本脚を動かして突進の構えをとる。
フェイのやつがいても、流石にボス級は逃げ出さないらしい。
こういう魔物を待っていたんだ。こういう相手を任せてくれるなら、俺だって路銀に困りはしなかった。
「ギンガメのタックルが来るぞ!しなやかに動く手足に騙されるな!あれは間違いな銀だ。鋼鉄の塊にぶつかられるのと同じだと思え」
任せておけ。
そういう相手は、俺のお得意様だ。
バリア魔法を張ろうとして構えていたら、後ろから肩をグイっと引っ張られた。
力強く岩陰へと引っ張られる。
「おわっ!?」
「馬鹿野郎!いきなり死ぬ気か。あいつはな、熱で溶かしながら長期戦を見据えて戦うんだ。俺がいくから、ここで見ていろ。飛び出して死んだりしないように!」
魔法剣士と言っていた通り、剣に炎を纏わせてアイザスがギンガメに横から斬りかかった。
狙うのは手足と首、頭らしい。
甲羅からはみ出している部分か。甲羅は同じ銀と言っても、堅そうだもんな。
素晴らしい動きだが、なんていうか……。地味なやり取りだ。
ギンガメの体が少しずつ削られているが、アイザスの剣の方が、消耗が激しい。
まだまだお互いに手の内を隠しているようだが、ぎりぎりの戦いすぎて見ていられない。
アイザスにはメシを奢られた恩がある。飯の恩はでかいんだ。そろそろ助けてやるか。
俺は指笛を鳴らしてギンガメの注意をこちらに向けた。
視線の真ん前に飛び出して、こっちに突進してくるように誘導する。
「馬鹿な!?隠れていろと言ったはず!」
ギンガメがターゲットをアイザスからこちらに切り替えた。
亀とは思えないスピードで突進してくる。
銀でできた顔の先端にある口元は、鋭い銀の牙が無数に生えている。
だが、関係ない。
「バリア――物理反射」
突っ込んできたギンガメが俺の展開したバリアとぶつかり合う。
凄まじい勢いの突進は、そのままギンガメに返される。威力を全てお返しする!
頭からぶつかってきたギンガメはバリアを突破できない。衝撃で首が上に仰け反り、銀の耐久力を超えた瞬間、ギンガメの首がガキンと鋭い金属音を鳴らして折れた。耳に障る鋭い音だった。
クルクルと回転しながら銀の首が洞窟内に吹き飛ぶ。
大事な銀だ。後から拾いに行こうと思う。
「なっ……!?」
アイザスは開いた口が塞がらない様子だ。飯の恩くらいは返せただろう。