149話 バリア魔法の著者現る
俺の伝記を書いたという著者を見つけるきっかけになったのは、思わぬところからだった。
完全に俺のエゴからの捜索だったので、部下には誰にも知らせていない。
けれど、やはり気になるので一人で常にアンテナを張りながら探していた。
そんな折、俺の夜な夜なの怪しい捜索を気にしたのか、助力を申し出た人がいた。
「シールド様、最近書店を回られておりますよね?」
目ざとくそんなことに気づいたのは、侍女のマリーだった。
俺がミライエにやってきた当初から働いてくれている彼女は、今や侍女長となって、100名を超す侍女の管理を任されている。出世したものだ。
今も真面目に働いてくれている功労者である。
「なぜそのことを!」
「私も読書が趣味ですので。シールド様の伝記も全巻持っております。シールド様は身分を隠して自分の本を見ておられましたね。やはり嬉しいのでしょうか? 歴史的な売り上げだそうですし」
なんか違う解釈をされている。
歴史に名を残すのは嬉しいが、身長2メートルの化け物として描かれるのはちょっと違う。
変な形で残りたくない!
「いや、実は著者を探しているんだ。なんか、やたらと俺のことについて詳しいんだよな。誰か気になる」
「ええ、実は私も感じておりました。身近でシールド様と接して数年経ちますが、細かいところとか特徴を捉えているんですよね。お風呂に入るときは、絶対に鼻歌を歌うところとか、なぜ知っているのか気になっていました」
「っ!?」
自分でも知らない癖が!!
「なぜ、そんなことを知っている!?」
「そりゃ数年仕えていますし。シールド様のお風呂は未だに私が全て管理していますので」
まじでか。知らなかった。
「それはありがとうございます」
「いえいえ、シールド様あってのミライエですので。こちらが感謝しきれない程ですよ」
ちょっと待て。少し気になることがある。
「風呂の管理って、俺が入っている間も傍にいるのか?」
「もちろんです。なにかあった時のため、常に傍にて控えております。白いカーテンの向こうにはいつだって私がいます」
やめて!
そういえば大きな浴場の奥には謎のカーテンがあったりする。
オシャレのためだと思っていたが、あの奥に人が!? しかもマリー!?
俺鼻歌だけで止まってたよね!?
熱唱した日とかないよね!?
城の警備は盤石だし、ゆったりとしたお風呂ではいつも油断していた。
人が控えていただなんて、今の今まで本当に知らなかった。
「俺、何かほかに変なことしていたか?」
「いいえ、全く。たまに、踊っているような音が聞こえてきます。ダンスも嗜まれているとは、素敵です」
それぇ!! それ変なことです。
そういうことをやっちゃうのよ! お風呂のテンションは。だって!
まさか人がいるとは!
俺は基本的に自分のことは自分でしたいし、護衛なども嫌うので、国王とは思えないくらい身の回りが質素だ。
だから完全に油断していた。
ぬおおおおおおおお!!
「いや、話が逸れた。俺のリアルな話よりもなぜ著者がそんなことを知っているかだ」
「それですよね。私も初め、もしや部下が書いているのかと思ったのですが、私よりも詳しい部分がいるのはおかしいです。シールド様はただでさえ、一人での行動を好みますし、いろいろ説明がつきません」
「その部下が、侍女ではなかったとしたら?」
「それも考えました」
ほう。
やはり単純にあの本のファンなだけあり、マリーの中で既にいろいろと考察が進んでいるみたいだ。
「アザゼル様とかベルーガ様。もしかしたらそこらへんの近しい人が書いたのでは、そう考えたこともありました。けれど、それではヘレナ国での生活をなぜ知っているのかという話になります」
「となると、単純にヘレナ国の人なのか?」
「ええ、それが一番ありそうです。例えば、宮廷魔法師時代の同僚とか」
「ああっ!?」
そこまで答えが出ていたか。
なるほど。俺にも見えた。
「著者は……アカネか!!」
元宮廷魔法師にして、今現在の俺をも知っている人物。
そりゃ城に住んでいるし、これだけ身近に接していれば俺のことを正確に描写できるのも納得できる。
「いえ、彼女は本を読まないそうです。実はサインを貰おうと先に接触しておりました」
「は? あいつ魔法の天才だろ。何で魔法を学んでいるんだよ」
「雰囲気」
「はい?」
「雰囲気だそうです。雰囲気でなんとなく魔法を学ぶそうです」
一周回って馬鹿だろ。
あいつ天才を超えて馬鹿だよ。
雰囲気で魔法を学ぶやつ初めて聞いたぞ。
「アカネじゃないだと!? 誰だ、誰なんだ」
頭を抱え込む。謎が深まる著者探し。
「実は一人心当たりがあって、その方の名前とペンネームが一致するのです」
「誰だ?」
「一緒に来てくださいませんか? 私のお気に入りのカフェで毎日うんうんと唸っている方がいるのです」
「アイデアをひねり出しているのか」
「だと思います」
そこまで詰めていたのか。
ならば一緒に行かせて貰おう。
次の日、明るいうちにマリーとこっそりそのカフェを訪れた。
唸っている怪しい人がいるらしいので、著者かどうか見てみる感じだ。ガチの怪しい人だったら拘束しなければならないので、どのみち来て損はないだろう。
二人で店外から店内の様子を伺う。
ちょっと恥ずかしいけれど、この方が良く観察できる。
「あっ」
「どうしました? シールド様」
一目でわかった。
今までどこへ行っていたのかと不思議に思っていた彼女が、うんうんとうなり声を上げて原稿を仕上げている。
店内に入り、彼女の向かいの席に座る。
懐かしい感じだ。
ずっと会っていなかったが、近くで見るとより一層彼女だと実感できる。
「オリヴィエ。久々だな。どうしてたんだ? 」
「ちょっと今忙しいから……あれ、シールド?」
「そうだけど。顔を忘れたか? 」
久しぶりだもんな。
ずっとどこに行ってたのやら。何も言わないでいなくなるんだから。
前にエルフを救ってくれた恩を、まだ返せていない。
宮廷魔法師時代はいろいろあったが、こうして久々に再開すると嬉しいものだ。
既に関係は改善していると思っている。
旧友との再会はこう、不思議と気分を明るくさせる。
「え? どうしてここに?」
「いや、ここミライエのサマルトリアだから。しかも城から近いし」
「ここ……ミライエなの?」
何を言っているんだ? こいつは。
俺が疑問に思っていると、彼女の目がウルウルと潤んできた。
「ううっ……ずっとずっとここを目指してたのに、海賊船に乗ったり、雪山にいったり、ドラゴンと共生したり、違う大陸まで行ったのに。あきらめた途端、なんでか辿り付けた」
なんか知らんけど、大冒険をしていたみたいだ。
本を書くような人なので、もしかしたら作り話なのかもしれない。
彼女なりのギャグで、場を和ませようとした可能性もある。
普通、そんなことにはならないからな。
「元気そうで何よりだ。オリヴィエ、一つ質問良いか?」
俺は例の伝記を取り出し、彼女に突き付ける。
「これは、お前の作品か?」
「ぎくっ」
ぎくって言った。なかなかリアルで聞けない犯人側のリアクション。
「やはりな。随分と売れているらしい」
「……ミライエに帰ってこれないから、そろそろお金を稼がなきゃと思って。それで本を書いてみたら出版させてくれるって……。お金が必要だったのよ」
「それでやたらと俺のことについて詳しかったわけだ。この著者は」
なるほど。
犯人はオリヴィエだったか。それならミライエでの俺について詳しく描かれていてもおかしくはない。
ミライエにいながら、ここがミライエのサマルトリアだったと知らなかったとは。
天才の名を欲しいままにしていた彼女が、天才的な地理の音痴だったとは。
ちょっと最初の大冒険に信ぴょう性が出て来たぞ。
「ところで、なんで俺の身長が2メートルもあるんだ?」
大事なところを聞いておく必要がある。
「……違うの?」
「全然違うだろ!」
何処をどう見たんだ。作品内の俺は腰の位置が一般女性の肩の位置にあったぞ。
どうなんだ。その主人公どうなんだ!?
「……実は次巻でマナリンクスとの死闘前に修行を行ったシールドが……身長が3メートルになります」
「どうなんだ、それ!?」
俺の戸惑いに、オリヴィエが笑う。
どこまでも笑った。
凄く満足しているのがわかるくらい、彼女は楽しそうに笑う。
まあ、いいか。誰かが幸せなら、それで。
「オリヴィエ、これからミライエにいるのか?」
「もちろん」
「ゆっくりしていけ。ここはずっと静かで安全な場所にしてやる。俺の身長が10メートルになるくらいになっても、ずっとずっと」
そういう国にしてやる。