146話 バリア魔法、うっそだろー……
赤い霧が聖なるバリアを覆い尽くす。
全ての魔法を消し去ると言われるそのギフト。
いよいよ、俺の時代を築き上げてくれたバリア魔法に魔の手が伸びる。
全ては想定していた通りだ。
このまま聖なるバリア魔法が消されても、その後の作戦はいくつも考えている。
さあ、来い。
バリア魔法が消え……ない!!
あれ?
霧が聖なるバリアを覆うものの、一向に聖なるバリアが消えない。
ちょっ、待って。
予定と全然違う!
なんで消えないの?
次の瞬間。俺の目は更に非現実的な光景を目にする。
まるで覆いかぶさった霧がうざいから思いっきりはねのける用に、聖なるバリアが自動で赤い霧たちを離散させる。
強い風か、爆発でも起きたように、パンッ! と勢いよく霧が飛んでいった。
「あ、あれぇ……」
なんか思ってたんと違う。
いろいろ作戦を立て、俺自身のコンディションも整えたというのに。
なんか違う!
思ってたんと違う!
目の前の光景が信じられない。
ギフトとは……。最強のギフトとはなんだったのか……。
「……消えませんね」
ほら。
隣でマナリンクスの恐ろしい力に備えていたアザゼルもドン引きである。
みんな棒立ちだ。
あまりにも格差がある。
ギフトが及ばないんじゃ、相手はこのゲートの街に入ってこられはしない。永遠に。
「シールド様、やはり秘策があったのでしょうか?」
ベルーガに尋ねられるが、俺が持ってきた秘策は、バリア魔法が消えた後に使う予定だった秘策だ。
バリア魔法が消えない秘策は持ってきていない。
「んー。……なにこれ?」
俺もわからない。
もしやギフトじゃない可能性が出て来た。
あれはただのまやかしの霧で、相手の軍にいる誰かの魔法かもしれない。
報告通りすぎてギフトだと勘違いしたが、そうじゃないというのが、今のところ一番納得できる理由である。
とりあえず、偵察部隊を放つ。今は情報が欲しい。
聖なるバリアが壊れないので、午前中の戦いはいつも通りバリア魔法内からの遠距離攻撃で一方的だ。
相手は補給を絶たれたことで焦りもあって、既に瓦解しかかっている。
こんな状態で、マナリンクスのギフトを惜しむ理由などないはずなのだが……。
昼前には、アイラークが戻ってきた。
そして、恐れていた報告を持ち帰る。アイラークの情報だ。間違いがあるはずがない。
「午前中に現れた赤い霧ですが、間違いなくマナリンクスのギフトでした。そして、その後霧を凝縮させてバリア魔法にぶつけたり、直接触れたりしていろいろ試行錯誤しておりましたが、とうとう聖なるバリアは破れず。マナリンクスの軍は崩壊へと向かっています」
……一緒!
みんなやること一緒!
広範囲がダメだと分かり次第、局所的に攻めたり、あの手この手で工夫したりするの、一緒!
そして破れないんかい!
どうしてだ!?
どうしてバリア魔法はこうも負けないんだ?
「シールド様の魔法って……魔法ではないのですか?」
そんなことを聞かれても。
ベルーガまで少しドン引きな表情で聞いてくる。
俺のことを全肯定してくれるベルーガが引いているだと!?
「いや、魔法だけど」
毎日コツコツ習得した、ただのバリア魔法だけど。
「前から怪しいと思ってたんですけど、今日で確信しました。……シールド様は神様かもしれません!」
ベルーガの目の色が変わった。
いつもの全肯定ベルーガを超えて、狂信的な目に変わっている。
気持ち、息も少し荒い。はあ、はあ、言ってる!
怖い!
「神からの贈り物と言われるギフトが神そのものに勝てる道理がないのです。それはそう。一瞬でもシールド様の力を疑った自分が恥ずかしいです!」
俺は一瞬どころじゃない。
ここ一ヶ月くらいずっと負けることを考えていた。
しかし、なんてことだ。
自分で、自分の魔法の説明がつかない。
なぜ魔法を消し去るギフトで俺のバリア魔法が消えないんだ?
なんか阻害されている気分だ。
お前のは魔法ではない。まがい物だ! 失格の烙印を押されたがごとく。
けれど、ごたごたと考えている時間はない。
部下たちはぬくぬくとバリア魔法内とはいえ、決死の覚悟で戦ってくれているのだ。
検証はいずれでいい。今は目先の戦いに集中せねば。
ただし、こちらもすぐに終わってしまった。
我が軍、強すぎんだろ。
たった一日で相手が崩壊、野営地に籠ってしまった。
マナリンクスまだ捕らえられていないみたいだ。
暴れ熊のように強いらしく、何よりギフトがあるので、誰も近づけない。
近づくと、魔力を放出させられ、そもそも戦いにすらならないらしい。
「じゃあ俺がやってくる」
というか、俺以外やれる相手がいない。
「お供します」
「私も」
皆傍で今一度見たいのだろう。
実は俺も同じだ。
本当にギフトが通用しないのか、再確認したい。
グリフィンに跨り、華麗な鎧を見に纏って聖なるバリアの外に打って出る。
増やしたロードホースに跨る部下たちも増え、我が軍は機動力も増している。
瓦解した相手の軍は既に戦う気力が失せており、実力差もあってあっという間に本陣までたどり着いた。
酷い有様だが、マナリンクスを捕らえるその瞬間まで油断はできない。
負けを悟り逃げ出す敵をかき分けて、大将同士が向かい合った。
「マナリンクス……」
「シールド・レイアレスか」
げっそりとしたマナリンクスがいた。
威厳に満ちた雰囲気は消え去り、冬眠から目覚めたばかりみたいなボロボロの熊さんに見える。
本来なら、俺がああなっていた可能性もある。
ごめんな。バリア魔法が強すぎたんだ。
「一体何なのだ。お前のバリア魔法は」
説明してやりたい。
野望を打ち砕かれ、無念の中にいるマナリンクスにはせめて納得のいく説明をしてやりたい。
けれど、全然わからなーい。
バリア魔法、ただの最強でした!
「滅茶苦茶鍛えたからな。たぶん、それがよかった」
「そんな根性論で説明がつくものなのか? ワシの頭では理解のできない力だったのだが」
すまん。俺も理解できていない。だから根性論で語ってしまった。
「……浅いな、マナリンクス。良かったら俺の下で学んでいくか? バリア魔法を」
「それも面白そうだが、最後まであがかせて貰う」
マナリンクスが翳した手から赤い霧が噴き出してくる。
余裕で反応できるスピードだ。
「バリア」
ただのバリア魔法。
湾曲させたバリアが赤い霧を受け流す。
「うっ」
後ろの部下たちのことを考えていなかった!
みんなギフトにやられて力が抜けてしまっている。一瞬でこの威力か。
凄まじい。
マナリンクスまで迫り、終わりを告げる。
「お前の野望はここで打ち砕かれる。じゃあな、マナリンクス」
バッキバキに仕上げてた俺の拳がマナリンクスを殴り飛ばした。
この戦い、またしても我々の価値だ。
バリア魔法に勝てると思ったの、なぁぜなぁぜ? と少しイキっておく。
またも大きな戦いに勝ったので、このくらいのイキリは許されることだろう。
「勝鬨を上げろ」
部下に命じてこの戦いが終わったことを知らせる。
こうして、俺の人生初のピンチらしいピンチになるはずだった戦いは、あっさりと終ってしまった。
なんだこのバリア魔法。強すぎんだろ!
ベンカー大陸に戦いの顛末がすぐさま知れ渡り、俺の名と共にバリア魔法の恐ろしさも広まった。
後日、大量にお偉いさん方が頭を下げに来たのだが、適当にさばいておいた。
とにかく今は、他に気になっていることがある。
俺のバリア魔法、一体なんなんだ!?