144話 バリア魔法使いの修行
数日分貯め込んだ無精ひげを撫でまわしながら、魔物からの攻撃をバリア魔法で防ぎ、それを反射した。
積みあがる大量の魔物の上に居座り、成果を振り返る。
ミライエで最難関と呼ばれるダンジョンに一人で籠り、最深部まで生き延びた。
単純な戦闘力で俺のバリア魔法を突破できる魔物はいないが、ダンジョンでの経験はかなり役になった。
奇襲、トラップ、毒、なんでもあれのダンジョンでは油断すると即命を落としかねない。
常に体を纏うバリア魔法がない状態を想定して戦っていたので、危機感の中に身を置けた。
かつてない程、戦いの勘が戻ってきている。
「いい感じだ」
滾る生気と、腹の底から湧いてくる魔力。
魔法使いとしての全盛期がいつかと聞かれれば、今だと答えるくらいには仕上がっている。
マナリンクスの強さが俺の想像の上を行くものだったとしても、今の俺ならただではやられない自信がある。
積みあがった魔物が少し崩れた。
地面の揺れにあわせて、瓦解する魔物たち。
飲み込まれないように、そこから飛び降りて、地面から出てくるダンジョンボスを迎える。
ダンジョンボスを倒すとダンジョンが閉じられてしまうが、どのみちこのダンジョンは冒険者たちも滅多に挑まないし、ショッギョや鉱石のような旨みのあるものも生み出さない。閉じてしまっても問題ないだろう。
地面から出てきたダンジョンボスは7つの頭を持つ大ムカデだった。
体はダイヤモンドで作られているのかというくらい頑健な甲羅でおおわれており、一つ一つの頭に強烈なかぎ爪を持つ。
ムカデオロチとでも名付けようか。
「グギュギギギギギギギ」
警戒音か、それとも威嚇音か、不気味な鳴き声が俺の耳に届く。
音の大きさと、その物々しい雰囲気に、並みの魔法使いなら飲み込まれる恐れがある迫力だった。
「はじめよう」
知能の高い魔物は人の言葉を理解するというが、まるでその通りみたいだ。
俺の言葉とほぼ同時に、7つの頭が同時に襲い掛かる。
全て違う方向からタイミングは完全に揃っている。
反射神経を高めるため、7枚のバリア魔法を丁寧にぶつけた。
ダイヤモンドの硬さを誇る甲羅を持っていても、岩をも砕く顎でも、俺のバリア魔法はやはり突破できない。
強烈にぶつかって、何か体の破片がそこらに飛んでいた。
「グシャアアアアアア」
怒りの声か、それとも気合を入れなおしたのかは知らないが、一切ひるんだ様子はない。
流石はダンジョンボスだ。
今の衝突で一つの頭がその牙を折って、緑色の血を流している。
その液体が自身の体を溶かす。
「おいおい、なんて血液だよ……」
ドン引きだ。
あんなに硬そうな体でも解けるなら、生身で受けたらグロイ結果になりそうだ。
ムカデオロチは攻撃の手を休めず、3つの頭が俺へと突っ込んでくる。
その後方に4つ首が待機し、先ほど見せた消化力のある緑色の液体を口の周りに貯め込む。
突進の頭をバリア魔法で防ぎ、タイミングをずらして飛ばしてきた消化液もバリア魔法で防ぐ。
バリア魔法にねっちょりと纏わりつく消化液でもバリア魔法を溶かすことは叶わない。
「バリア魔法――魔法反射」
消化液を跳ね返し、ダンジョンボスの体を溶かす。
けたたましい叫び声がダンジョン内に響く。
手足を激しく動かしたムカデオロチが地面に戻っていった。
「あっ」
相変わらず困る。
逃げる相手はいつだって苦手だ。
「ったく」
折れたかぎ爪を一本手に取り、穴へと潜った。
くらい穴の中、逃げていくムカデオロチの足音が聞こえる。
先に進むと暗くなり、少し不安な気分になる。
天井が揺れ、土が降ってくる。
「おいおい、崩れないよな?」
逃げられてしまいそうなので、少しの懸念事項くらいは我慢するほかない。
ムカデオロチが掘った大きな穴を通って、必死に走る。
「待たんかい!」
地面の中は敵の本拠地だが、それくらいがちょうどいい修行になる。
逃げていくムカデオロチの足音が消えた。
聞こえない範囲まで逃げられたか、もしくは……。
地面から突如7つ首が渦上に俺の体の周りに飛び出た。
ぐるっと取り囲み、グイっと絞って俺の体に巻き付いてきた。
バリア魔法で反応し、体の周りを球体状のバリア魔法で覆った。
「グギギギギギギギギギ」
巻き付いても砕けないバリア魔法に悔しそうな声が漏れてくる。
「バリア――物理反射」
魔法が発動した瞬間、ムカデオロチの体が爆ぜた。
首のうち5つがもげて、残った2つもボロボロだ。
地面の中に空いた大穴で、俺とムカデオロチが向かい合った。
持ってきたかぎ爪で迫り、首根っこに差し込みとどめを刺した。
悶絶し、最後にひと際大きな鳴き声を発して、ダンジョンボスは霧と化して消えた。
バリア魔法にばかり頼っていられないからな。最後は自分の実力でとどめをさしておいた。
「うっし!」
完璧だ。
今ならフェイと組手をしてもやれそうな気がする。
やれそうな気がするだけで、実際にやったらひどいことにはなるだろうけど。
けれど、そのくらい気持ちは仕上がっている。
待っていろ、マナリンクス。
俺の実力を見せるときが来た。
ダンジョンボスが死んだので、ダンジョンの崩壊が始まる。
そういえば、ダンジョンの崩壊に立ち会うのはこれが初めてだ。
天井が崩れ、代わりに地面がせりあがる。
何度か落ちてくるガレキをかわしながら、崩壊を乗り切った。
「うおっ」
ダンジョンが完全に閉じられて、明るい地上に出た。
少し眩しい。
目をすぼめていると、誰かがいるのがわかる。それも大勢。
目が慣れてきた頃、外で待っていたのがアザゼルたちだと分かった。
精鋭たちが揃っている。
ベルーガがコートを持ってきて、俺に着せる。
「修行お疲れさまでした」
「派手な出迎えだ」
出迎えなんて頼んでいないのに、随分と大仰だ。
「マナリンクスが進行方向をゲート地方に向けました。最大の決戦を終わらせたいみたいですね。こちらも我が国の最高戦力を集めております。いつでも出発可能です」
「おもしろい。では、さっそく向かうとしよう」
向こうも随分とやる気みたいだ。
仕上がりは最高の出来だ。
厳しい戦いになるに違いにないが、俺は倒れるその瞬間まで戦い抜くつもりだ。
「行くぞ。過去最大の戦いがこれより始まる」
――。
酒場で情報集兼食事をしながら、オリヴィエは興味深い話を聞く。
やたらと店員たちが騒がしい。その理由が、近々大きな戦いが行われるとのことだった。
シールドのバリア魔法が展開されたらしき都市に来てみれば、なんてことはない。これはただの偽物だった。
なぜかシールドの聖なるバリア魔法がパクられている。
まがい物はすぐに壊れ、オリヴィエはまたもシールドと出会うための道しるべを失ってしまった。
「最強マナリンクスの軍と、突如現れた大物魔法使いの軍勢がぶつかるらしいわね。怖い時代になったわねー」
マナリンクスの名前は最近よく聞こえてくる。
ただの一領主だった男が次々と国を落として、その国を支配下に置いているらしい。
一体、どれほどの強い魔法使いなのかと思っていると、ギフト持ちだという。
魔法を消し去るギフトらしい。
「そんなギフトどうしろって言うのよ」
全く対策が思い当たらない。
けれど、それほど興味もない。
どうやら自分はとんでもなく遠い場所に来たらしい。
文化が変わるほどの、遥か遠くに。
「シールドもいないし、私には関係ないや」
どっちが勝とうが興味なし。危なそうな人だし、近づかないように戦場となるゲート地方から離れることにした。
ゲート地方とは反対方向に旅立ったはずのオリヴィエは、実はゲート地方に向かっていることに、彼女はまだ気づいていない。
オリヴィエはそろそろシールドに出会えそうだ。