143話 バリア魔法の狂信者
ひじりと特訓を行ったからだろう。
俺の中に熱いものが芽生え始めた。
俺、かつてないくらいに気持ちが高ぶっています。
思い返せば、ここ数年程こんなにメラメラと滾ることはなかった。
人生で思い返しても、数回あるかない程の熱量だ。
バリア魔法を習得するとき、宮廷魔法師として伸し上げる際に潜った修羅場、そして今だろうな。
今まで何度か危機が起きてきたが、その度にバリア魔法でなんとかしてきた。
ぶっちゃけ、バリア魔法が強すぎた。
俺はもっとハラハラドキドキ、ぎりぎりのやり取りで命を賭けた熱い戦いを希望していたんだ。
心の奥底で、どこか退屈なものを感じていた。
なにか大きな壁が立ちはだかって欲しい。
越えなければならないなにか大きなものが!
そんな俺の心の底に眠っていた願望をかなえてくれたかのような存在が、マナリンクスである。
負けたらひどいことになるかもしれない。
しかし、好敵手の出現にワクワクが止まらない。
恐怖と同じくらい、その存在に感謝もしているのだ。
「アザゼル、俺はしばらく修行に出る」
「なんの修行ですか?」
「もちろんマナリンクスとの決戦に備えてだ」
「……あまりシールド様が戦うのは推奨できません。あなたを失えば、ミライエの民は行き場所を失います」
そんなもんだろうか?
俺がいなくなってもアザゼルとフェイの威光さえ残っていれば何とでもなる気がするけど。
実際、俺はほとんど仕事らしい仕事をしていない。
最終的な決定を下したら、絶対にやりたい政策をやっているくらいだ。
細かい大事な部分はアザゼルを始めとする部下たちにぽいっしている。
「それに、俺が負けるとでも思っているのか? アザゼル」
素直に意見を聞いてみた。
しばらく黙り込んで、アザゼルが考える。
おそらく戦いをシミュレーションしているのだろう。
「うーむ。私もこれで一応数々の戦場を生き延びてきました」
「知っている」
歴史書を紐解けば、アザエルの名前は至るところに出てくる。
彼を主人公にした物語まであるみたいだ。
少しオタク気質のある女性読者に大層人気の作品らしい。
そこではアザゼルは大層美男子として描かれており、なんと女性だけでなく、男性をも愛するキャラとして描かれている。
本人が知っているかどうかは知らないが、知っていても涼しい顔で流しちゃいそうなのがアザエルだ。
「経験と、今得ている情報からすると、シールド様が勝てる見込みは0です」
「0か。そこまで言い切るのか」
もう少し可能性があると思っていた。
「しかし、不思議と私はこの結論に納得できていない。心の底で私の本能がこの結論を誤りだと否定してくるのです」
「お前の勘ってやつか。その勘はなんて告げているんだ?」
「シールド様が負けるはずがないと」
なっはははは。
なら、勘が正しい。そうに違いない。
「愉快な回答だ」
「しかし、頭ではシールド様が破れると思ってしまっている。やはり、できれば前線には出て欲しくないものです。あなたがもしもいなくなってしまえば、私は……」
「なんだ? お前ならどこへ行ったって大丈夫だろ?」
「そのですね。どうやら私にも最近、感情を楽しむ余裕があるみたいです。たまに考えるのです。我々魔族は人の何倍も長く生きますからね。そうやって生き延びた先には、シールド様はいない」
そうだな。生物が違うのだから、当然の未来だ。
「その未来に、どこか寂しさを覚えているのですよ。どうやら、私はここが暮らしやすいからいるだけではないみたいです。気づいたら、ここが好きで、あなたの傍で仕事できる今の状態が何よりも楽しいのです」
おいおい。
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。
ならば、俺の返答はこうである。
俺たちの生きる長さは、どうしたって埋まることはない。
それを埋めるのは、一日二日長く生き延びることに非ず。
「アザゼル、お前がこの先何年生きようとも、俺のことを忘れられないくらいでかい記憶を残してやる。かつてバリア魔法を使う変なやつがいたと魔族に永遠と語り継ぐほどの存在にな」
「……それは面白そうです」
「だろ? 魔法を制御するギフト? おもしろい。俺がド派手にぶったおしてやる。後世、面白おかしく語って貰うためにもな」
「納得いたしました。やはりあなたにはその姿がお似合いですね。変に逃げ腰な意見を申し上げたこと、お詫び致します」
「なっはははは! 分かって来たじゃないかアザゼル。じゃあ俺はしばらくダンジョンに潜ってボコボコにやってくる。んじゃ! あとは任せた」
「こちらは全てお任せください」
アザゼルが任せろというなら、全て任せて大丈夫だ。
――。
「アザゼル様、シールド様の件でお話が」
どうやらダンジョンに修行に向かわれたシールド様の話を聞きつけたようだ。
ベルーガが心配そうに私の執務室にやってきた。
「耳に入ったようだな」
「もちろんです。一度意見を交わしてみたいと思いまして」
「ふむ。申してみよ」
ベルーガは意見を交わしたいというよりも、強く主張したいような雰囲気だったので、先を促した。
「今回の敵であるマナリンクスですが、やはり危険かと。オリバーとカプレーゼの話を聞く限り、あまりに対応策がないと思われます。シールド様のバリア魔法が凄いのは我々が誰よりも知っています。しかし、それが使えないとなると……」
力強い言葉に、熱が籠りすぎて少し早口になるベルーガ。
彼女が熱くなるのは、いつだってシールド様関連の話だ。
「ふむ、言いたいことはわかる」
「言いたいことはわかる? まさか、アザゼル様は違う考えがあるとでも?」
「そういうことだ」
どこから話したものか。実際、午前中までは自分もベルーガと同じ考えだった。
今回の相手はあまりにも危険すぎる。
異質すぎて対応策なんてないと思わせる程に。
「ベルーガ、今まで戦った中で最強の相手は誰だ?」
「異世界勇者でしょうね」
「そうだな。同意だ。では、最強だった軍は?」
「……狂信者ガンバロの軍ですかね」
「ふっ、やはり同じ戦場を駆けて来ただけはある。まったく同じ気持ちだ」
話が反れたからだろう。ベルーガの顔に不機嫌さを感じ取った。
「特殊な訓練も受けず、天才的な魔法使いも、英傑たる剣士もいなかったあの軍がどうして最強だったのか、考えたことがある」
「私も何度かありますよ。ただ、今は」
「まあ聞け。彼らは狂信的にあるものを信じていた。その信念が人をあれだけの強者に返事させたのだ。狂信的なのは恐ろしいことだが、反面、ああいった力をも発揮する」
つまり、私が言いたいのは、次のことである。
窓を開けて、ベルーガにも外が見えるようにしてやった。
「シールド様の聖なるバリアを見よ」
「……毎日見ております」
「私もあのバリア魔法の狂信的な信者なのかもしれない。理論的に考えるとシールド様が勝てるはずがないのに、どうしてか心の奥底ではシールド様が負けるはずがないと思ってしまっている」
ベルーガを今一度窓辺に呼び寄せた。
毎日見ているようで、私たちはシールド様の偉大なバリア魔法が当たり前になっている。
偉大なものが日常になる。これはありがたいようで、恐ろしいことだ。
その偉大さを忘れてしまいかねない。
「……なるほど。なんだか、アザゼル様の言いたいことが分かってきました。不思議ですね。私もなんだかシールド様が負ける気がしない、そんな気持ちになってきました」
「我々はあの方の狂信者だ。そしてあの方は我々を狂信させるほどの魅力を持っていらっしゃる。黙って信じて待つとしよう。シールド様が、俺がやると言ってくださったのだから」
「……やはりアザゼル様はいつも私の先を行っていますね。今回はお騒がせして申し訳ございませんでした」
「良い。そなたの貢献に私もシールド様もとても感謝している」
忘れかけていた大事な気持ちを思い出すことのできた一日だった。