142話 バリア魔法が劣勢か!?
オリバーが泣きながら戻ってきたのは、俺が交易所にいるときだった。
腹を斬って詫びますと泣きながら脚にしがみついてきたときには、大変驚いたものだ。
知らせは受けていた。
敗走したらしいな。
「すびばぜーん!! シールド様の軍を率いて負けるなど、一生の恥。騎士の称号をはく奪の上、自分で腹を斬ります!!」
「あっはははは」
オリバーの必死な形相が面白かったので笑ってしまった。
「まあまあ、お前もカプレーゼも生きて戻ってくれて嬉しいよ」
「しかし、しかし!」
鼻水まで垂れ流し始めたので、もう面白くて、面白くて。
でも実際軍には被害が出ており、ミライエが経験する初めての敗北でもある。
処分なしじゃオリバーが納得いきそうにないので、一応減給処分にしておいた。
「軍はこれでより一層気が引き締まりそうだし、実戦経験も積めてよかったんじゃないか?」
俺が今までバリア魔法で過保護すぎたせいで実戦経験が少なかった軍だ。
このくらい修羅場をくぐった方がちょうどいいかもしれない。
「シールドさまあ。ううううっ。絶対に絶対に取り戻して見せます。この恩は絶対に忘れません」
男な気が続くが、謝罪よりもカプレーゼの報告の方が気になる。
カプレーゼの方は結構淡々としているので、こちらから何が起きたのか聞いた。
マナリンクスのギフトは思ったよりも強力なものだった。
なるほど、魔法の根源から操る力か。
ギフトというか、ほとんど神の力に近いものがある。
おいおい、流石に俺も年貢の納め時かもしれない。
マナリンクス強すぎんだろ。
ハルア国の隣国の要所をも攻め落として、その勢いは留まるところを知らないらしい。
「アザゼル、何かいい案はないか?」
困ったときのアザエルだ。
「怖ろしい力ですね。……暗殺しかないのでは?」
「しかし、聞いたところ実力もかなり凄いらしぞ」
「ふむ。本当にまずい相手かもしれませんね」
アザゼルが解決策をくれないだと!?
これは詰みです。
念のため、城に戻り食堂にいたフェイにも聞いてみる。
マナリンクスのギフトを説明し、こいつならなんとかしてくれるんじゃないかと期待して。
「無理じゃな。アレキサンダーがお主ら人間に教えた魔法体系は、そもそもドラゴンから来ているんじゃぞ。普通に考えて我の魔法も封じられ、魔力垂れ流し状態じゃわ」
「おいおい、そこをお前のゴリラパワーで何とか」
「魔力が枯渇すれば我も力が入らん。悪いが、無理じゃ」
くぅ、終わった。
これ、終わりました。
「なっはははは。お主でもそんなに落ち込むのか。それもそうか。お主の覇権がおわりそうじゃしな」
滅茶苦茶嬉しそうに笑いやがって。
どうせ他人事だと思ってんだろ。
「おい、負けたら今みたいな快適な環境が失われるかもしれないぞ。相手は太古の時代に戻そうって変人なんだからな」
「馬鹿め。なにもこのミライエが落ちるとは言ってないわ」
「お?」
なんだ?
やはりフェイ、お前には隠している手があったんだな。
「ゲートを閉じろ。それで詰みの一手。マナリンクスとはもう一生会うことはないじゃろう」
あっ……。
「フェイ、お前天才か?」
「当たり前じゃ。何も戦いに勝ち続けるだけが戦いではないわ。これでも数百年人間と戦争を繰り広げて来たんじゃぞ」
「だが、断る!」
「なんでじゃ」
そりゃだって。
俺が勝ち取った土地だぞ。
なんで明け渡さなきゃいけないんだよ。
やだやだやだ!
あれもう僕のだもん!
「それ以外で何かないか? 撤退の天才フェイ様」
「知らん! ゲートを閉じないというのなら、マナリンクスとぶつかってくたばってこい」
「冷たっ。お前って最後の最後で冷たいよな」
「うるさいわっ。去れ。飯が冷える」
しっしっと追い払われてしまった。
頼りのアザゼルとフェイに相談して解決しないとは驚きだ。
マナリンクス最強すぎるな。
現状勝てる方法はなさそうだな。
ショッギョで買収できる相手でもなさそうだし、これは困った。
しかし、負ける訳にはいかないんだよな。
ミライエもゲート地方も、俺のお気に入りの土地だ。
「うしっ」
というわけで、動きやすい服に着替えて、久々にエルフ島にやってきた。
呼び寄せたのは、ひじりとヌーメノンの二人だ。
異世界勇者として名高いひじりと、エルフの老害として名高いヌーメノン。
ここに三人の伝説が集う。
伝説の異世界勇者と、伝説の老害、そして生きる伝説と国民たちが言う俺である。
二人には頼みがある。
今の俺にはこの二人が必要だ。
「ちょっと訓練に付き合って欲しくてな」
「なんで私なのよ」
「お前くらい強くないと訓練にならない」
相手はマナリンクスだ。
強敵が待っているなら、やることは一つ。
訓練しかあるまいよ。
「まさか、今話題のマナリンクスって人と戦うため?」
「そうだ」
「あんた本当に馬鹿よね」
むむっ。
未だに面と向かって俺のことを馬鹿だなんていうのはこいつとフェイくらいだ。
「一国のトップがなんでそんなやばそうな連中と戦うのよ。普通はね、そういうのは部下に任せるの」
「お前の国ではそうだったかもしれないが、ここはミライエだ。ミライエにはミライエのやり方があーる!」
「あんたのやり方でしょ」
そうとも言う。
「まあ協力してあげる。あんたのそういう馬鹿なとこ、嫌いじゃないし」
「おっ!? 告白か? 悪いな、お断りだ」
「ぶっ殺す」
いいぞ。いい感じの殺意が伝わる。
そのくらい本気の方が助かる。
やるのは組手だ。
ヌーメノンには組手の指導をしてもらう。
後進育成に定評のあるヌーメノンだ。俺の動きに悪いところがあれば逐一報告するように言っている。
今日は秘策を引っ提げてきている。
素の力で異世界勇者の加護を受けたひじりに勝てる訳はないので、俺の体にはバリア魔法を纏わせている。
先手必勝と言わんばかりに真っ直ぐひじりが突進してくる。
一歩の踏み込みで、その後は地面に足をつけずにこちらに一直線だ。
とんでもない新体制のしてやがる。
躱すこともできたが、正面から受け止める。
身体に纏わせたバリア魔法がひじりの衝撃を吸収してくれた。
「うん、反応できる」
「なに? わざと受けたみたいな言いぐさね」
その通り。
超人染みたひじりの動きだが、こちらもあいにくと叩き上げなんだ。
修羅場は子供のころからなんども乗り越えて来た。
そこらの坊ちゃん国王と一緒にしてくれるな。
空気が震えるほどのひじりの連撃が続く。
大地がえぐれ、野生動物たちが何かの天変地異かと見まがう威力だ。
一方的な攻撃は続くが、わずかなスキを見て、俺の回し蹴りがひじりの体に入った。
今日初めてのカウンター成功だ。
ひじりには対してダメージが入っていないようだが、かなりいい当たりだった。
「やるじゃない。もっと本気出してもいいの?」
「もちろん。ぶっ倒れるまでやろう」
俺の言葉にひじりが嬉しそうに頷く。
ヌーメノンが止めに入るまで、俺たちはとことん殴り合った。
結果、二人して夕日が沈む時間帯まで殴り合ったのだった。
「有効打、ひじりが82発。シールドが54発。いくらバリア魔法で守られているとはいえ、大したもんじゃ」
「ふう。サンキュー。たすかったよ、ヌーメノン」
「老害とは呼ばないのか?」
「うっ」
裏でそう呼んでいることがバレている!
けれど、出来は上々だ。
今日試したかったのは、特殊なバリア魔法を纏った状態で俺がどれだけ戦えるかだ。
これもマナリンクス対策。
実は今日、体に1000枚もの極薄バリア魔法を纏ってきた。
マナリンクスのギフトが俺のバリア魔法を打ち消したとして、1000枚あればなんとか時間稼ぎできんじゃね? 作戦である!
10時間考えて浮かんが素敵なアイデアだ。
もしもこれが有効だった場合、マナリンクスとは肉弾戦になる。
1000枚もバリア魔法を纏って、少しだけ体に違和感を覚えていたが、どうやらひじり相手でもこれだけやれることが分かった。
マナリンクス相手にも、もしかしたら通用するかもしれない。
収穫の多い日となったのだった。