14話 バリア魔法で作る均衡
俺の身柄はミナントへと引き渡されることになりそうになっていたが、俺の人生を他人に決められるのはもう懲り懲りだ。
「ミナントからの話は確かに嬉しい。良い待遇だと思う。けれど、俺はどこにもいかない」
そう、この会議が始まる前から、自分の中ではある程度結論が出ていた。
でも話を聞いてみたいのは人の性ってやつだ。一体どんな条件で、どんな職を用意してくれたのだろうか、聞かないと後々気になりそうだったから。
「悪いが好きに生きさせて貰う。しがらみの少ない高収入な仕事を探すよ。その方が、俺には向いている気がする」
そんなものあるのかと、言った後に自分で疑問に思ったが、あることを願って探そう。
実際、正体がバレる前は、アメリアの家庭教師として高収入を得る予定だったわけだし。あのくらいがちょうどいい。政争にも、変な陰謀にも巻き込まれない立ち位置が。
「難しいと思いますよ?むしろこの話を受けておかないと、あなたはずっと追われる身になるかもしれません。そのバリアは、今や世界中が欲している力ですからね」
ガブリエルの冷静な分析が心に突き刺さる。
実際納得できたので、何も言い返せない。
たしかに、この世界で俺が求めるような楽な立場はもうないのかもしれない。
バリア魔法を鍛え過ぎたかも!
「では、こうしませんか?ミナントの東の地、ミライエの地をお譲りいたします。先代領主が亡くなり、ちょうど後任を探していたところでした。彼の地をお譲りいたします」
いや、先ほど断ったばかりだが?
しかも、それだと当然二国が許さないと思うけど。
「ミライエはシールド殿の自治領にしてください。わが国からの実質的な独立です。そして、その対価として、獣人の国イリアスと、ミナントのドラゴンの森に接する都市にバリアを張ってはいただけませんか?そう、このエーゲインを覆う規模のバリアで良いのです」
なるほど、これはいい話かもしれない。
完全な自治領ってことは、俺が王様みたいなものだ。男なら一国一城の主になれ、なんて子供の頃に言われたが、まさか実現してしまう未来が来るだなんて。バリア魔法を鍛練しておいてよかった。
「あなたの強大すぎる力は、一国に偏るからいけないのです。バランスよく配備すれば、獣人の国イリアスもウライ国も不満はないはず。ドラゴンの森に近い都市は常にドラゴンの脅威にさらされているし、他国との最前線にあたる土地でもあります。そこにバリアがあるだけで、国の防衛力は今より遥かに上がるのです」
この大陸の中央に位置するのがドラゴンの森だ。
そこにバリアがあるのは、確かに効果的なのだろう。
「面白い条件だ。考えてみる価値はある」
メレルも、辺境伯も異論はないらしい。
既にバリアが張られている辺境伯からしたら、少し損な話しとも思えた。
しかし、辺境伯は何も言ってこないので、良いのだろう。
やはりガブリエルが言ったように、力の均衡を保つことが何より重要だと考えているんだろうな。
「イリアスもその条件には賛同だ。乳だけでなく、頭もしっかり働く女のようだ」
「あら、どうも。猫の美人剣士さん」
「ウライ国も賛同する。シールド殿が良ければ、条件を飲まれてはいかがかな?ミライエは我が国と隣接しているのでわかるのですが、豊かな資源に恵まれた土地ですよ。自治もしやすいかと」
ほう、人の良い辺境伯がそこまで勧めるか。
下見をしないで話を進めるのは危険な気もするが、俺を騙したらバリアの件もあるし、そんな馬鹿な真似をしないだろう。
最悪ミナントだけ俺を敵に回してしまいかねない。それはガブリエルの望んだ均衡とはかけ離れたものになってしまう。
「……いい話に聞こえる。受けてみていいかもしれない」
「では、それで話を進めましょう。悪いようには致しませんので」
「おっ、おう」
土地を、それも独立した権力を持つ土地を貰うことが、こんなにもあっさり決まってしまうのには少し戸惑う。
それでも、確かに三国にとっても美味しい話なので、躊躇する必要もないのか。
なんだか、この場で俺だけが政治のやり取りに慣れていないみたいで、堂々と振舞えない。
うーむ、もっとしっかりせねば。この話を正式に受けるなら、これからは自治領を統治する身なのだから。
辺境伯が手を叩くと、部屋の外から祝杯を持った使用人が入ってきた。
祝いのシャンパンだ。
グラスに注がれるお酒が、綺麗にパチパチと弾けてとても美味しそうだ。
「今日の決定を祝して」
乾杯が行われた。
バリア魔法の会議と銘打たれたこの会議は、後日正式な書類にまとめられた。
契約通り、まずは北のイリアスに向かい、ドラゴンの森に面する都市にバリアを張った。
正確にやりたかったので、一日かけてじっくり作り上げた。
本当は一日もいらないが、正式な契約のもとのバリアなので、1時間で終わらせるのはなんか感じが悪いかなと……。
「シールド・レイアレス、そなたが自治領主となっても関係はない。私の夫になって貰う話は済んでいないからな」
「あいよー」
獣人の国イリアスにバリアを張り終わり、メレルと別れる際にまた結婚の話をされた。
悪い話じゃないが、どうもグイグイこられると逃げたくなってしまう。彼女は美しい人だが、まあ一旦先に伸ばしておこう。
そういえば、エーゲインの街を出るときもアメリアにしがみつかれて大変だった。
辺境伯がなだめてくれなかったら、出発がもう一日遅れていたことだろう。泣かれていたら大変だったが、それはなくてなんとかなった。
最後にミナント最北の都市にバリアを張る契約だ。
立ち合いにはもちろんガブリエルがいた。
空間魔法を使う彼女には、移動の感覚が俺らとは違うのだろう。
イリアスにバリアを張るときも影から覗いていたことを俺は知っている。
こちらも一日かけて丁寧にバリアを張っておいた。
1時間は心象的によろしくないので、丁寧にやりましたよ感を演出するためだ。
「ありがとうございます。これにて、仕事は終了です。ミライエ自治領は契約通り、シールド・レイアレス様のものとなります。領地まで送らせますね」
手厚い警護をつけてくれるという話だったが、それは断った。
仰々しいのは苦手だ。
「ミナントの国は、自由に動き回っても良いのか?自治領につくまでに、ゆっくりとこの国を見て回りたい。豊かな国だと聞いている。少しの間でも、その文化に触れられれば幸いだ」
「関所を通る通行許可証をお渡しておきます。それと自治領主様の証明となる、ルビー魔法石で作ったブレスレットも」
先代領主の使っていた屋敷の使用人には既に話が通っているみたいで、ブレスレットを見せればその証明となる。屋敷には問題なく入れるとのことだ。
領民もある程度事情を知っているので、追々俺を認知させて行くことが大事だろう。
焦らなくても自治領主として、そのうちみんなに認めさせるさ。
俺にはバリア魔法があるんだから。バリア魔法は最強なので、きっと俺を支え続けてくれることだろう。
「ブレスレットはなくさないでくださいよ?いろいろと面倒ですからね」
「おう。任せときな」
「ほんとうになくさないでくださいよ?ほんとうに、ほんとうですよ?」
「お、おう……」
フラグを立てるのやめて!
念のために、もう一度道順を聞いておいた。安全な旅のためにも、確認は大事だ。
「ここから歩いて行くとなると、1か月くらいかかりますかね。ゆっくり我が国を見ていくといいでしょう」
最後まで良くしてくれたガブリエルに礼を言う。
こんな形になったのも、ガブリエルのアイデアから始まった。
一番の恩人と言ってもいいかもしれない人だ。
「ありがとう。ミライエで望んだ生活が出来たら、その時はまた別の形で礼をさせて貰う」
「それならば、私を嫁に貰って下さいな。エーゲインの小娘よりも、北の獣人女よりも、私はずっといい女ですよ?」
「……考えておく」
相変わらず強い押しに弱い俺は、ガブリエルから逃げるように去って行った。
美しい顔と大きな胸は魅力的だが、今は自由が何より欲しい!
「さあ、行くぞフェイ!路銀はたんまりとある」
「それはいいことじゃ」
俺とフェイは自治領までの道中を楽しむことにした。
金はある。いい旅になりそうだ。
――。
エーゲインの街、1人の美しい女性が街の人間を捕まえて尋ね回っていた。
「すみません、シールド・レイアレスがこの地に来ているはずだけど……」
「ああ、例のシールド様か。たしか北の獣人国に行ったと聞いたぞ」
「そうか。旅だったか。では、後を追うとしよう。私の将来の夫を求めて。きゃっ、言っちゃった……」
元宮廷魔術師オリヴィエ・アルカナは、ヘレナ国を発って、エーゲインの街にいた。
二人はすれ違う。
目的のシールドには、まだ会えていない。