136話 バリア魔法使いはモテる
歴史書に空飛ぶ宝石と記されたそのドラゴンの名は、アレキサンダー。赤い瞳だけではなく、全身が輝くように美しく、燦然と時代を照らし続けた。
アレキサンダーが死んだのは500年以上も前とされる。
その体は全て失われて、土に還ったと思われていたが、こうして綺麗な形で残っているとは。
大事に保管されていたのがわかる。
私利私欲のためか、それとも単純にその美しさを残したかったのかはわからない。
わかるのは、こうして今現在、アレキサンダーの目が俺たちの前で競売に賭けられているという事実だ。
フェイとアレキサンダーの関係性も知らない。
気になるし、聞いてみたい気もする。
根がのんでりである俺だが、モテ男を演じたい近頃の俺はそんなことは聞かない。
アレキサンダーとフェイが実は……ぐふふふ。なんてことは考えない。
乙女の秘密は暴かないのがモテ男の鉄則だ。
……でも本当はどんな関係だったんだろう!?
モテ男になりきれいない俺はどうにも気になってしまう!
ていうか、そんなことを考えている場合じゃない。
物寂しげな表情をしていたフェイのため、かっこよくアレキサンダーの目を買ってやろうと思っていたのに。
普通に予算不足で買えそうにないんだが。
世界中の金持ちがこの交易所に集まってくるし、今日は特にアレキサンダーがらみで大物がずらりと揃っている。
代理の者を寄こしている高貴な方も多く、今日の顛末を見守っている。
最初の一声が「30億」だと誰が予想しただろうか。
庶民なら人生10周できる金額だ。俺なら20週はできる。いや、ぎり25週行けるか?
「32億!」
続けざまに高値更新の声が響いた。
ヘレナ国の伯爵同士が競い合っているようだ。
そもそもヘレナ国の公爵家が抱えていた財宝だ。没落気味で金が必要だという情報を事前に知っていたのだろう。ヘレナ国の伯爵家が事前に価格を予想して予算を組んでいたらしい。
しかし、時代の風は平民に吹いている。
今や金を持っているのは貴族ばかりではない。自由商売で金を蓄えた連中は多い。北のイリアスの貴族も詰め掛けてきているここでは、そんな金額じゃすまない気がしてきた。
波乱の幕開けだ。
俺の不安は的中し、細かいコールを挟みつつ、アレキサンダーの目は50億ジールまで価格が上がった。
大台のコールで会場にどよめきが巻き起こる。
俺もおおっと声を出してしまった。
うーん、たけー。
俺が気軽に使える国の個人的予算を超えてしまっている。
俺個人に適当に割り当てられた予算がある。
国王が金で困ることがないようにとアザゼルが配慮していつも組んでくれている。
これまで使っていなかったが、それが50億ジールくらいあったはずだ。
既にそれを超えてしまったか。30億くらいで買えるやろ! って軽い気持ちでやってきたのが間違いだった。
かくなる上は、ポケットマネーを……!
俺の個人資産なんて当分見てないが、数十億くらい貯えていた気がする。
「ごっ……51億」
「おおっ!! ここで大本命、ミライエ国王シールド・レイアレス様から51億のコールを頂きました!」
きっ刻んでしまった!
自信のなさが声色にも出てしまった!
これだけ大物を招いて、目玉商品の落札の舞台に俺本人が登場したというのに!
大陸でもっとも勢いがある国ミライエ。その国王であり、時代の寵児と呼ばれているこの俺が!
刻んでしまった!
ぐあああああ。
あまりの大金に日和ってしまったあああああ。
普段から高い買い物をしないから、感覚が追い付いてこないんだ。
書類上のやりとりで凄い金額は動かしてきたが、こうして自分が買い物するのはまた違う感覚なのだなと知る。
学んでいる場合か。俺が日和れば、それはすなわちミライエの威信にかかわる問題だ。
このまま落札して欲しい気持ちと、次こそはかっこよくコールしたいから競り合ってくれという気持ちがある。
え? さっきのは日和ったんじゃなくて、大台の後にみんながコールしづらいだろうから俺が気を配っただけですけど? 的な感じにしたい!
そんな俺の願いが届いたのか、大台を突破しても価格は上がり続ける。
これはこれで面倒だな。そろそろやめようか。お前ら、もう帰れ。
手数料が交易所に入るから値段が吊り上がるのは嬉しいのだが、今回は俺が買い取りたいのでそろそろやめにしよう。
お前ら全員もう帰れ。
70億のコールが聞こえて来たとき、俺はここが勝負どころだと感じた。
俺の出しきれるものを全て出す。
そして、驚かせるためにも、名誉挽回のためにも刻むのをやめる。
「80億!!」
今度は自信満々に言い切った。
これが俺の全てだあああああ。どやっ!!
いきなり10億釣り上げることで他の追随を許さず、心を折る作戦。
辺りから今日一の歓声が響き渡る。
これはもはやただの買い物ではない。
一つのショーとなったがごとく、会場に詰め掛けた人々は熱気を持ち、次々と巻き起こるコールに熱を上げていた。
しかし、悪いな。
この戦争を終わらせに来た。
まだやり足りていないやつはいるか? いるなら俺の80億が相手する!!
「81億!!」
いた!
普通に出た!
刻まれて上値を更新されてしまった。
ぴえん。
戦争は終わらず、戦いは続く。
物欲からか、名誉の為に戦っているのか、それともただの余興か。
値段は吊り上がるばかりだ。
あきらめ半分に会場の熱の中で一人冷めていると、ブルックスがやってきた。
仕切り役は部下に任せているので、俺のもとで一緒に楽しもうという魂胆だろう。
うっきうき顔で来たところ悪いが、腹をタプタプさせて貰うだけだ。
「悪いなブルックス。祭りはもうおしまいだ」
「おや、どうしたのですか?」
「単純な話、これ以上金がない」
「しかし、シールド様がわざわざこんなところまで足を運んで下さったのです。私の個人資産の30億ほどお貸ししましょう」
……結構貯えてんな。
贅沢な肉の出どころはその資産だったか。
「いや、やめておこう。返すあてもないし、そんな金があればいろいろ開発に使いたい」
「なにをおっしゃいますか。返済などいつでも。なんなら交易所の金を回しましょう」
「それこそ申し訳ない」
なにやら俺の金が足りないという話が辺りにまで聞こえて始めてしまった。
ブルックスの部下が慌てだす。
今から八百長に切り替えますか? という声まで聞こえ始めた。
やめてくれ! なんかすんごい俺を立てる感じになってるけど、ただ買い物しに来ただけだから。
交易所の名誉のためにも変なことはしないでくれ。
「本当に変な配慮とかいらないから」
「しかし……」
部下たちが走り回り大ごとにし始めたが、そんなの大丈夫です。
ただの買い物がとんでもないことのようになってきてしまった。
その間にもアレキサンダーの目は値段が吊り上がり、いよいよ100億の大台に乗ってしまった。
ミナントの大物商人が名乗りを上げたらしい。
たしか商会のシンボルとして使うために来たとか言っていたな。
はあ、譲ろう。
交易所の手数料を考えると、ありがたい落札金額だ。
落札できた彼も嬉しい、売ったヘレナ国の貴族も嬉しい、手数料が入った俺も嬉しい。
みんなハッピーだ。
丸く収まったじゃないか。
そう思っていた瞬間、会場に駆け込んできた美しい女性が大声でコールする。
「ミライエ国王シールド・レイアレスの代理で入札する。200億!!」
ベルーガだった。
ひと際美しい容姿を持った美女は、その見た目と発した言葉の重みで会場の注目を一身に集める。
「おおっと! これはこれは! ここにきていきなりの200億。流石はミライエ国王シールド・レイアレス。資金の底が見えないぞおおおおおお!!」
会場の熱が爆発的に上がり、限界などないのかと思わせるほど熱量がより一層盛り上がる。
盛り上がりは最高潮に達した。これ以上追随できる者はいなかった。
ベルーガの一声で勝負がつく。
「落札!」
ハンマーが叩かれ、アレキサンダーの目は正式に俺のものとなる。
嬉しいような、なんか怖いような。
そんな大金使っちゃっていいの?
ただの買い物に!?
「シールド様、おめでとうございます」
祝われても、なんか自力で勝ち取った気がしないのでなんとも…。
当の落札者であるベルーガも傍まで来て、俺を祝ってくれる。
「おいおい、ベルーガ。あんな金額良かったのか?」
「ええ、シールド様が買いたいものがあると城で聞きました。すぐさま予算を作って、この場に駆けつけて来ました」
「そんな。予算だなんて。200億も……」
「アザゼル様には無限に使って良いと言われております。安い買い物ですね」
眩しく笑うベルーガの顔を、正面から見ることができなかった。
200億ジールは俺には眩しすぎる。
……無限ってなんだ!? 金ありすぎだろ、ミライエ。
「国の威信も守れましたし、シールド様の欲しているものも買えて何よりです」
パチパチと手を叩くベルーガは俺よりも嬉しそうだ。
「俺が欲しいわけじゃないんだけどな。ただのプレゼントだ」
「なっ!?」
ベルーガから殺気が漏れたのを感じた。
なんで?
「誰にプレゼントですか? 200億もしたんですよ。ええ!? 早くおっしゃって下さい。早く!」
喋る猶予を与えられてないのだが?
「フェイにだよ。詳しい事情は知らないが、友人の目なんだとさ」
「……なるほど。キュンと来ました。良いです。シールド様、その買い方素敵です」
なんだこいつ。勝手に怒って、勝手にときめき始めたぞ。
「まあ、あいつが喜ぶかは知らないけどな」
欲しいとは言っていたが、喜ぶかどうかはまた別だ。
また後日渡してみよう。
今日はとりあえず、スタンディングオベーションの会場でちやほやして貰うんだ。200億も払ったんだ。これくらいいいよね。
厳密には手数料の20億は結局戻ってくるし、落札者は今後ミライエで買い物するに違いないから、実質的な負担は半分の100億ってところか? うむ、悪くない!