135話 バリア魔法使いは金持ち
交易所に集まる世界中の商人を見ていると、ここが世界の中心になったのではと勘違いしてしまいそうになる。
サマルトリアの街は人が行き交い、世界中を見渡してもこんなに人口密度が高い都市はないのではないかと思われるほど人がごった返している。
交易所の周りなんて人と肩をすりすりすり、パーソナルスペースの概念なんて誰一人として気にしていない程に人が密着している。
それだけこの地には珍しい商品が集まり、商売しやすく、暮らしやすいというわけだ。
今日も交易所では世界中から集まった商品が売買されて、交易所を利用した手数料が俺のもとに入るわけだ。
うっひょひょひょ。
交易所に入るときに汗だくのおっさんと何度熱いボディコンタクトを取り合ったが、それも簡単に許せてしまう。
だって彼らは俺の大事なお客様だから。
売っても手数料。買っても手数料。手数料、全部俺のもの。
しかも、ミライエで生産した特産品も売っており、行商人たちがそれを買い取って世界中に売りに行ってくれる。
毎日大量に売れていくから、きっと世界中で人気なのだろう。
相場が一切下がらず、ずっと緩やかな右肩上がりなのはそういうことだ。
「ブルックス、今日も繁盛しているな」
「これは、これは、シールド様。このようなところまでいらっしゃるとは」
汗を流しながら働くブルックスのお腹を一旦タプタプしておく。一旦ね。
お決まりだから。パワースポットに来たらとりあえずやっておけ的な慣習だから。
「一時期サーギョのせいで凹んでいた売り上げも、時間と共に解消されてきたな」
「はい。やはりシールド様の名前を使って販売するものは徐々に売り上げが伸びていきますね」
俺の名前というよりも、結局はものが良いからだろう。
名前を出せば初動こそ売り上げが伸びるものの、結局はものが良くないと売り続けることはできない。
ただし、いいものを作れば売れるという訳でもない。
ショッギョやエルフ米は日常的に消費できるからだろう。初めて交易所に並べて行こうずっと売り上げが良い。
ウライ国の茶に対抗するために作った緑茶はというと……実は結構こけている。
初めこそ珍しくて売れていた緑茶だったが、すぐにウライ国の茶に盛り返された。
交易所の茶部門の派遣はすぐに奪い返され、世界中でもやはりウライ国茶が評価されたままだ。
あん? なんか一時的に珍しいお茶あったよね。ああ、美味しかったけどやっぱりウライ国でしょ!
てな感じで価格も需要も落ちて行っている。
とはいえ、そこそこ買い手はいるし、熱心なファンもいるので生産量を減らしつつも今も生産している。
こんな感じで、予想通りなものもあれば、予想を下回るものもある。
ということは、予想を上回るものもあるということだ。
サーギョなんかはあんなに売れると思っていなかった。ブルームーン商会の躍進に繋がっている商品だ。今日も交易所の競りでは白熱したやり取りが行われている。
ショッギョやサーギョの売り上げがすさまじい中、行商人たちは魔法使いを雇って氷漬けにして保存する技術を日に日に進化させている。
運ぶケースにも工夫を入れているらしく、そうとう日にちが持つようだ。
交易所の蕎麦でも氷漬けにする専門店が生まれて、そこのサービスを利用している人も多いと聞く。世界中から一級の氷魔法使いが集まっているんだと。
以前は他国の軍の前線で戦っていた氷魔法使いが、戦場に嫌気がさしてサマルトリアにやって来て、店を開いたというのも聞いている。
平和な時代で良かった。その才能は人を凍らすためにあらず。魚を凍らすためにある!
昼の13時を迎えて、交易所には更に人が押し寄せる。
今このサマルトリアで最も価値がるとされているもの。世界中で人気を博している商品だ。
「さあさあ、醤油が入荷しております。エルフ島で作られた大豆を使用した一級品。香り高き調味料で、あらゆる料理に合う。今や世界中どこへ持って行っても売れる商品。ミライエ産印のビンに入った一本一リットル商品。今日は1000本用意ししております」
行商人が集まる。
皆醬油を手に入れようと躍起になっている。
仕入れ値もそうとう高くなっている現状だが、それでも利益が出ると判断して購入者が後を絶たない。
貴族からの買い付けも多いので、値段を気にしない層も多いのだ。
3割は抽選に勝った事前予約組がこちらの付けた値段で買うことができる。残り700本は、当日の競りしだいだ。
高値で大量に勝っていく人もいるが、運がいい日は定価に近い価格で数本手に入ることもある。
天井をバリア魔法で作った交易所は、外の晴れやかな日差しが入り込んで陽気に活気づき続けた。
「醤油は凄いな。ひじりめ、最高の醬油を作ると息巻いていただけはある」
「彼女の知識は素晴らしいですね。またなにか新しいものを考えているようですよ」
それはありがたい。
ひじりはうちの国の役人として雇っている形だ。
彼女の作ったものは、国のものであり、それすなわち俺のものである! がはははは!
好きにやらせて、高い給料払っておいて良かったぜ。
あいつが一人いるだけで軍事費が浮くというのに、この働きっぷり。搾取されていると気づかずに。がはははは!
「ところで、シールド様。わざわざ交易所の様子を見に来たわけではないでしょう? もしや、あれですか」
そう。
俺は明確な目的があってここに来た。
醤油がどうのこうの、サーギョがどうのこうのは気にしちゃいない。
嘘だ。
本当はめっちゃ気にしている。
醬油といい、サーギョといい。俺の手が入ってないものが売れると悔しい。ジェラシーがギンギンに燃え滾る。
それが俺の生きると糧となり、また新しいものを作って売りたいという情熱に変わるのだが、当面は醜いジェラシーでしかない!
国王だ、一部では神だと言われている俺も、所詮は醜く汗臭い人間です。
……誰が醜くて汗臭いだ! 言ったやつ出てこい!
「そうだな。ブルックス、お前の予想通りだ」
今日はこの交易所始まって以来の目玉商品が売り出される。
事前に知らせを受けていたので、大仰な舞台を用意してあげているし、貴族たちにも事前に声をかけている。
この商品のために、今日は全てのスケジュールを開けておいた。
「シールド様が宝石に興味があったとは。あまりそういうのは興味ないと思っていましたが」
「実は俺が欲しいわけじゃないんだ。フェイがね」
「フェイ様が……? ああ、何やら事情がおありで?」
「さてね」
あまり深くは聞いていない。けれど、この商品の情報が出回ったとき、フェイのやつもどこかから聞きつけたらしい。
その商品が欲しいと口にした。珍しくフェイが真面目な表情で。
基本ふざけているやつだからな。まじめだと、何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。
もしもただの物欲でごねているだけなら、よそはよそ! うちはうち! 家にまだおもちゃあるでしょうが! と突っぱねていたところだ。
しかし、俺のなんで欲しいんだ? という問いかけにフェイは「なーに、ただの死んだ友の両目じゃ。まさか人間が持っておったとはの。……別に欲しいわけじゃないが、買えるなら買っておいてくれ」
それだけ言って城を出て行ったフェイの後姿は、どこか寂しいものを感じさせるものがあった。
ドラゴンは俺たち人間とは生きる時間が違う。
その友とも一体どれほどの時間を過ごしたのだろうか。
あんまり素直にならないフェイが素直に友の遺品を欲しがっているのだ。
しゃーない。
貯めた金はなんのために使うか。
男ならこういうときに大枚叩いてなんぼだろう。
俺の男気、見せるときが来たな。
世界中の貴族共、かかってきな!
15時ぴったりに、交易所の一番広い会場でその商品が壇上に登る。
ライトアップされた商品は、幻想的な雰囲気に包まれて姿を現した。
ショーケースの中に入ったそれは、赤い真ん丸とした二つの宝石。
ルビーとは違う、更に赤く深い輝きを持っている。
真ん中にはドラゴンの永細い瞳が会場に集まった貴族たちを見つめている。
まだ生きているかのような、生命力が宝石にはあった。
「さあさあ、お集りいただきの皆さま。本日の目玉商品でございます。ヘレナ国の彼の名門一家が代々受け継いできた『アレキサンダー』の瞳。歴史上に記された、最も強く美しいドラゴンの両目。その目は堅く、宝石のごとく輝き、所持するものに数奇な運命を辿らせるという曰く付きのもの」
これがフェイの友の目か。
確かに美しい。人の心を惑わす魅力がある。
「やんごとない身分の貴族も昨今のヘレナ国の不況には勝てなかったみたいで、この度世界最大の交易所となったサマルトリアにて出品されたとのこと。お集り頂いた皆様方なら、この商品の価値がお判りでしょう。では開始価格は――」
ここの取引所は全てミライエの通過、ジールでやり取りされる。
「30億!!」
交易所の職員が値段を言い始める前に、会場にとんでもない声が響いた。
辺りから驚きの声がぞろぞろと続く。
おいおい……。
いきなり予算オーバーなんだが?