133話 バリア魔法が齎す技術革新
論文の内容は結構興味深いものが多かった。
俺のバリア魔法を壊すいいアイデアにベンカー大陸行きのチケットを渡す約束をしたのだが、これが想定していた以上に学生たちの熱を呼び覚まし、分厚い論文が数多く届いた。
ちゃんと読むと約束したからね。こればかりはサボらずに読まないといけない。
どれもバリア魔法は壊れないという認識の上でのアイデアだった。もっとチャレンジしてみてくれても良かったのに。
それでも楽しく読まさせていただいた。
何個か面白いアイデアもあった。
心理的に俺を追い込み、バリア魔法を使えなくさせるという状況を作るアイデアがあった。
俺の大事な人を捉え、人質にしてバリア魔法を使えなくさせるんだと。
たしかに、そんな状況になったら俺はバリア魔法を使えないだろう。使えないというのなら、突破したも同然か?
ただし、現実的な側面か見ると、俺の大事な部下たちは一人として人質になりそうなやつがいない。
万が一人質になって俺の脚をひっぱるくらいなら自らって感じの覚悟の決まったやつらばかりだ。目つきが違うぜ。
他にも面白いものはあった。
どれもやはり俺がバリア魔法を使えない状況に追い込むというものだった。
その中で、結局最優秀賞に選んだグループのアイデアはこれだった。
「なるほどね。エネルギー不足か……」
エネルギー不足を引き起こしてバリア魔法を使えなくさせるというものだった。
おもしろい。
何かしらの状況を作り上げ、俺が魔法を使えなくさせるというのはいろいろあった。その中で、このグループは具体的に兵糧攻めを仕掛けてきた。
毒を盛ることで人間不信に追い込み、食事を拒否した俺が空腹により魔力を生み出せなくなる。
魔力を失った俺は相手の奇襲にバリア魔法を使えないんだと。
無事突破らしい。
うーむ、いかにも俺の奥の手を知らないアイデアだが、公表していない以上しかたない。実はこれを突破する仕掛けも用意しているんだよな。でも教えるつもりは無いので、そもそも無いものとしよう。
そして、一番現実的なアイデアだと思ったので、このグループを勝者とし、異大陸ベンカーへの招待状を送った。
ふむふむ、おもしろい企画だった。
俺のバリア魔法の弱点が少しだけ見えて来たかも。
皆バリア魔法自体はどうしようもないと考えている。バリア魔法を使わせたが最後、どうにかするなら俺自身の方だと。
なるほどね。いい学びとなった。
金持ちから金を搾り取り、平民の指示を得て、学生の将来の糧にする異大陸旅行もそうそうに手はずを整えて送り出してやった。
良いことしたので気分が良い。
まとまった金が入ったし、また新しいことをやりたいものだ。
そんな折、ダイゴから知らせが入った。
直接城までやってきたダイゴから、エネルギーの新しい使い道を示唆される。
「シールド様、バリア魔法と聖剣が生み出すエネルギーを使って実用化できそうなものをいくつか作りました。是非、工場まで来て見ていただきたいです」
「ほう。ゲートの方に割かなくて大丈夫なのか?」
「あちらで使いきれなくてエネルギーが飽和しかけている状態です。垂れ流すのは勿体ないので、流用する予定ですが、大丈夫でしたか? 僕、もしかしてかなり勝手なことしています?」
……かなり勝手なこと?
「最高だぜ!」
俺そういうのすっきやねん!
新しいもの、新しい技術、新しい知識、全部好きです。
わくわくします。
生きてる実感というか、生きている目的そのものだ。
新しいもの大好き!
「よかったです!」
ほっとした表情のダイゴに言ってやる。
「そういうのはな、俺に相談せず全部やれ。全部だ」
「シールド様ならそう言って下さると思って、勝手に進めてしまいました」
それが正解です。進行具合なんて聞かされても困る。
滅茶苦茶興味あるものだったら、眠れない日々が続くだけだ。
おいダイゴ。あれどうなったんだ? って急かすうざいおじさんに化けちゃうよ。
ダイゴの案内で、工場へと移動した。
バリア魔法と聖剣魔法が生み出すエネルギーは膨大なので、今や厳重な警備体制を作り上げ、工場の設備も常に最新のものを使用し、建物も非常に綺麗で整然としている。
心地の良い場所となっていた。
「ここ港並みに空気がいいな」
「新鮮な空気を外部から取り込む装置を活用しています。竜人族との合作ですね。空気を取り込む先では、植物を育てているので森のような空気が流れてきます」
「ちょっ。それ俺の部屋にも用意して!」
「もちろんです。警護面からアザゼル様に何か言われるかもしれないので、すぐにとは行きませんが」
「いいの、いいの」
俺の警護よりも新鮮な空気のほうが遥かに大事だから。
空気が通る道を通ってくるような賊は、それもう防げないよ。たぶん。
「まず紹介するのは、こちらの照明です。あの膨大なエネルギーを使って生み出した光源ですね」
今までの生活で光源といえば火に頼っていた。
炎魔法や、ろうそく、松明。火はとにかく便利だが、万能ではない。火事の危険性もあるし、やはり暗闇での補助でしかない。
しかし、目の前の光魔石の明かりは全く違う。
危険性もなさそうに見えるし、触れても問題ない。何より持続する明かりが段違いだ。
「これは……」
「暗闇、特に夜での活動を劇的に補助してくれるアイテムになるでしょう。室内での使用を想定していますが、まずは街灯という形でサマルトリアの街に並べてみます」
「いいね!」
これだけでも滅茶苦茶凄いのに、ダイゴは更に嬉しそうに大きな装置を抱えて来た。
時代が進歩しているのを感じる。
真ん中に軸の通った鉄と魔石の混合された装置。
目の前のそれはかなり時間をかけて精巧に作られたことが見て取れた。
「オレンのアイデアで作ったものです。馬車の車軸を回すんですよ、こいつが」
もっと詳しく聞いてみた。
「馬が引くことで今までは車輪が回っていたのですが、これからはエネルギーを利用して車軸を回すことで、馬を必要としなくなるのです。馬車そのものが動き出すのです!」
おいおい……。
「それって馬が必要なくなるってことか?」
「馬の存在は否定しませんが、馬車を利用する時代はなくなる可能性が出てきます!」
目をキラキラさせて言っているダイゴには申し訳ないが、それはちょっと許せない!
異大陸からロードホースを連れてきたばかりだけど!
量産し始めたばかりだけど!
困る!
いきなりの技術進歩困る!
ったく、オレンのやつめ。覚えてろ。はた迷惑なアイデアを思いつきやがって。
新しいものは好きだが、新しすぎるものって俺みたいな古いのが老害になっちゃうから困るんだよね! 老害はたいてい権力持ってるから気を付けろ!
「あんたが、シールド・レイアレスか……?」
俺とダイゴが工場内を歩き回りながら技術革新について話し合っている間、後ろからぼそぼそとした声が聞こえて来た。
振り返ると、ぼさぼさ頭の男が手にナイフを持ち、乾いた唇をかみしめながらこちらを睨め付けている。
そうとうの間風呂に入っていないな。顔もまともに洗っていない。引きこもって何を考えていたのかも大体わかる。
健全なメンタルじゃないよな、この状況だし。
「ダイゴ、ここの警備はどうなっている。やばいのが入ってきているぞ」
「ごっごめんなさい! 工場入口にはセンサーがあって、僕が登録した方じゃないとすぐに警備の者が捕らえるはずなのに! ど、どうして」
「あ、あれは鑑定魔法のついている魔石を利用しているんだろ? センサーは人本体じゃなく、魔力で判別している。こ、ここの職員の魔力を事前に封じ込めておいた魔石を所持すれば突破できると思っていた」
うおっ。なんかメンタルやられている割に、頭はキレッキレなやつだった。
「なるほど。そんな落とし穴が! この人凄いかもです」
感心してる場合じゃないが。目の前にいるのは完全にメンタルのやられたテロリストなんだが。
「お、お前を今日ここで殺す。僕を馬鹿にした罪だ!」
単純にナイフで飛び掛かってくるのかと思ったら、また新しい魔石を取り出す。
ダイゴと同じタイプか。
魔石を改造し、魔法のように使う魔道具師ってとこか?
魔石の効果が発動し、俺の体から魔力が吸い取られる感覚がする。
良くできているな。手作りなら凄いものだ。
「魔力を吸いきればお前はバリア魔法を使えない! そうだろ、シールド・レイアレス」
どこかで出した課題の実習みたいだ。
「あっ」
そこで気づいた。
「お前まさか、シールド魔法大学校の生徒か?」
「……関係ない」
「図星か」
なるほどね。それでこんなものを。
「もう何も関係ない。お前の魔力がどんどんと吸い寄せられてくる。これでおしまいだ。全ては僕をないがしろにした罪だ」
おめでたいやつだな。
若いからいろいろ教えてやろうか。
「おしまじゃないが? 全然余裕だが?」
講義の時間だ。お前のアイデアは悪くない。何がダメだったか、その身に教えてやろう。