13話 side バリアの崩壊したヘレナ国
「なぜバリアが壊れた!?シールドはどこだ?すぐに呼び寄せろ」
ヘレナ国国王レイモンドの声が響いた。
王座に座る国王は、明らかに不機嫌だった。
永続的にあるはずの、国を覆うバリアが突如として崩れ去り、綺麗さっぱりと消え失せた。
なぜ今に至るまでに、この事態を想定しなかったのかと、自分の危機感の欠如を激しく罵る。
なぜ慢心していた。
いつからバリアがあることが当然だと思い始めていた。
ヘレナ現国王レイモンドは焦燥感を抑えきれないまま、シールド・レイアレスの到着を待った。
事態を想定していなかったのは愚かだが、しかしシールドが聖なるバリアを張りなおせば済む話。
今後はバリアの仕様を詳細に把握し、計画を建てればいい。
それをやってこなかったのは、やはり慢心故だろうか……。
国王からの呼び出しであるにも関わらず、半日が経ってもシールド・レイアレスが姿を現すことはなかった。
レイモンドのフラストレーションは高まるばかり。
「陛下!報告いたします。宮廷魔法師シールド・レイアレス様の自宅には既に人がおらず、宮廷にもここ3週間ほど姿を見せていないそうです」
「……!?」
言葉が出てこなかった。
国王であるにもかかわらず、宮廷魔法師が一人欠けたことにすら気が付けていなかった。
レイモンドはまたしても、平和ボケした自らを罵る。
思えば、2年前から碌に執務を行わなくなった。
国が思うままに動き、外交も笑うほど他国が条件を譲歩してあらゆる面で優遇されてきた。
大陸の覇権を握った気でいたのは、なぜか。
いつから自分は、この国は奢っていた?
やはりあのバリアが張られたときからだろうと、今更に気づく。
その恩恵の大きさにも、影響力の大きさにも、なくなってようやく気が付いていた。
「シールドを探せ!騎士団を総動員しても良い!探し出して、再びバリアを張らせよ!何としてでも見つけ出せ!」
国王の怒号が響き渡る。
その更なる逆鱗に触れまいと、人々はなるべく国王から離れるように、忙しく動き回った。
そんな中、謁見の前に待機する者の中で、1人だけ玉座の前に歩み出る者がいた。
「陛下、騎士団長カラサリス・ヴァイエン参上致しました」
「おおっ、カラサリス。よくぞ参った。見ての通り、バリアが壊れた。理由はわからぬが、そなたの騎士団を総動員して、シールド・レイアレスを我が目の前に連れてこい」
「はっ。シールド・レイアレスの捜索の件、騎士団だけでなく全権を私に移譲して欲しいのですが、いかがでしょう。その方が国王の負担も減り、捜索もしやすくなると思われます」
「良い。……そなたくらいじゃ、この有事に名乗りをあげるのは」
国王は頭を抱えて、国が直面した大きな問題から目を背けたがる。
全権を欲しがっている騎士団の言動は、今の混乱する自分の心にはとても救いに思えたのだ。
「全てお任せください。シールド・レイアレスの件は、全て私を通して陛下に報告させていただきます」
「頼んだぞ。しかし、エレインはなぜこのことを余に黙っておった。縁談を取り持ったというのに、夫となる人物がいなくなってなぜ平然としておる」
「その件も調べておきます。全てお任せください」
「ああ、頼んだ。余はもう休みたい気分だ。皆下がれ」
「はっ」
国王の命令で、謁見の間にいた全員が退いた。
数年執務をさぼってきたつけがまわってきた。
国の危機に、国王自らが心を乱され、配下の者に仕事を丸投げする有様である。
全ての権限が騎士団長に渡ったことを見て、謁見の間の隅で様子を伺っていた女性が、いよいよ重要な決断を下した。彼女の人生を左右する大きな決断を。
騎士団長が下がり、心労で疲弊した国王の前に姿を現したのは、珍しいことに宮廷魔法師の女性だった。
それも珍客中の珍客。滅多に人前に現れない人物だ。
「なぜそなたがここに?謁見を許した覚えはないぞ。全員下がれと言ったはずだ」
国王の前に現れたのは、10人の宮廷魔法師、現最高位にして、史上最高の魔法師と称えられるオリヴィエ・アルカナその人であった。
淡い緑色の髪の女性で、長く伸びた髪をツインテールにして結んでいる。前髪も長く、髪で隠れたその大きな瞳で国王を見定めるように凝視していた。
しずかな立ち振る舞いと、清楚な顔立ちから密かに男性人気の高い彼女だが、いつも何を考えているかわからない不気味さがある。
無口なのも手伝って、より一層近づき難いオーラが彼女にはあった。少しつり目なのも、彼女の印象をより一層怖いものにする。本性とは全く違うが、彼女の本性を知る者は少ない。
国王も彼女のことを少し苦手に思っていた。
オリヴィエが政治に口出ししないのもあり、大きなイベントごとでしか面会することはなかった。
ほとんど知らない宮廷魔法師がこんな緊急事態に姿を見せた。
「なぜ黙っておる。ここにいる理由を申せ」
宮廷魔法師といえども、無許可でこの場にいることは許されない。
少し苛立ちを隠せないように、国王が急かした。
「なぜシールド・レイアレスがいなくなった理由を調査しようとせず、強引に見つけ出そうとするのでしょうか?」
「見つければ理由もわかろう」
「調査する気はないと?」
「ああ、そう言っている!余はもう疲れた、下がれ」
しかし、オリヴィエは動かなかった。
「この国で魔法師として最高の評価をされている私からしても、シールド・レイアレスは異質な才能でした」
「何の話だ?」
「当の本人が何も言い出さなかったので、この三年、私も口を挟みませんでした。しかし、彼の行った仕事に対する評価は不当なものだったと思います」
「余を責めているのか?」
「そう聞こえたなら、そうなのでしょう」
国王が今にも怒りだしそうな表情をしていたが、オリヴィエは意に介さず話し続けた。
実際責め立てたい気持ちもあったからだ。
「私はもう自分の気持ちに嘘はつきたくありません。エレインとシールドの婚約が決まったとき、自分の気持ちを隠して泣いた夜を繰り返すようなことはしたくないのです。シールドがこの国を去ったのは、天が私に与えたチャンスだと捉えることにしました」
「先ほどから何を言っているのだ」
「泥船と一緒に沈む気はないと言っているのです。今日で宮廷魔法師の座から降りさせてもらいます。私はシールドに会いにいく」
「やつがどこにいるのか知っているのか?」
「私でも調べれば、すぐに真相にたどり着けました。国王も良く目を見開いて、あなたの配下がやらかした愚行を知ってみては?」
――ではさようなら。
最後にそう告げ、オリヴィエが魔法を行使した。
そこにいたはずのオリヴィエが、霧となって一瞬にして姿を消えた。
この国で最高の魔法師だ。何が起きたのか、国王にもわからない。誰も知らない魔法の可能性もある。
「真相?一体何が……」
オリヴィエの残した言葉が重くのしかかる。
真相を知りたいような、しかし蓋を開けてそれを見てしまったら、とんでもない事実を知ってしまいそうな恐怖もあった。
一度オリヴィエの言葉を忘れて、国王は寝室に入った。
全てから逃げるように、目を閉じて、眠りについた。
――。
国王から全権を貰った騎士団長は、目先の難から逃れたことを実感していた。
シールドの元婚約者エレインから話を持ち込まれたのは、およそ3か月前だった。
国にバリアを張ったシールド・レイアレスを追放したいと相談されたのが全ての始まり。
エレインは王太子に恋い焦がれていた。それなのにある日突如、シールドとの婚約を国王の一声で決められてしまった。
エレインにはどうすることもなく、一旦はシールドとの婚約を了承したかに見えた。
しかし、エレインは王妃になる道を諦めきれず、騎士団長カラサリスにシールド・レイアレス追放計画を持ち掛けた。
自分が王妃になった際には、騎士団長を生涯宰相の役職につけることを約束して。
欲にかられた二人は実行してしまった。計画はうまくいき、無事に追放し、暗殺の手まで回しておいた。
計画は全てうまく行っていたはずだったのだ。
それが先日、突如としてバリアが崩壊した。
二人はこんな事態を想定していなかった。想像すらしていなかった。
たかだか、宮廷魔法師の1人を追放するだけだと思い込んでいたのだ。
空を覆うバリアは未来永劫この国を支えるものと思い込み、壊れず、ずっと自分たちの身を守ってくれるだろうと。この繁栄の原因を知りもせず、愚かな行動に出た。
3年前まで他国との問題が山積みだったことも忘れて、二人は平和ボケしていた。
バリアを作った本人の価値を忘れ、バリアを知りもせず無謀な行動に出たつけが回ってきてしまった。
バレれば、二人の極刑は想像に難くない。
どんな惨い目に遭うか、想像するだけで背筋が凍る思いだ。
「なぜこんな愚かな計画を持ち掛けた!」
「今さらでしょ!だれがあの絶対的なバリアが崩壊するなんて思うのよ!」
協力者だったはずの二人は、今は互いにいがみ合っていた。ドロドロの修羅場だが、運命共同体なのには変わりない。このままでは二人して地獄に堕ちる。
「なんとしても真実を隠すぞ。婚約破棄を見ていた者たちは、金で黙らせておけ」
「……わかったわ」
「シールド・レイアレスの捜索は俺に一任されている。捕まえ次第、拷問してでもバリアを張らせるさ。バリアさえ戻れば、どうとでもなる。この件は俺からしか国王に報告が上がらないようになっているからな」
「そっちは任せたわ」
「ああ」
二人は更なる黒い企てを試みる。
もう後には引けなくなっていた。
オリヴィエの髪色を緑に変更。2月2日。