129話 side 残酷な世界
私はオレン。青龍様の血を引いた特別な一族の一人。
いろいろと不幸な運命を辿って来た私たちだけれど、ようやく安息の地を得ることができたのです。
違う大陸へと一瞬で移動できる凄いゲートをくぐり、私たちはミライエの地に降り立ちました。
サマルトリアの街は信じられないくらい発展しており、何より驚くべきは人と魔族とエルフが当たり前のように共に住んでいるのです。
同じ道を歩き、同じものを食べ、同じ言語で話しています。
街で立ち止まって楽しそうに会話している三人が、それぞれ違う種族で同じテーマについて熱く語っている光景は衝撃的でした。
青龍の血を引いた私たちを見ても、誰も驚きません。
「……ここは」
本当に、ここは理想郷なのかもしれません。
人々の気性は明るく、活気に満ちています。
健康状態も良く、体つきもいい人が多いです。
公的な図書館もあり、そこでは大量の本が無料で読めるらしいです。ミライエの税金で賄われている施設で、ミライエの国民であれば誰でも立ち入ることができます。
本という貴重なものを無料で誰でも借りることができ、しかもそれを家に持ち帰ることも可能だそうです。
正直、信じられません。
しかも、禁書という類のものもありません。
全ての知識を学ぶことが許され、思想も許されているのです。
危険な思想も、危ない知識も全て個人の自由です。
これで平和が維持できているのですから、なんという奇跡的なバランスで成り立っている土地なのでしょうか。
私は今一度空を見上げる。
この国を覆う聖なるバリアの偉大さ、そしてそれを造り上げたシールド様に頭が上がりません。
この奇跡の塊のようなサマルトリアは、シールド様が何もなかった更地に造りあげたそうです。
一から作り上げたからこそ、なんのしがらみもない素晴らしい街を作り上げられたのかもしれません。
高い理想が成し遂げたものだと思います。
シールド様はやはり素晴らしい方です。
あの方は、私の不幸な運命をも笑って許してくださいました。
王太子を殺しかけた私のことも笑って見逃してくださいました。
部下の方達は殺気を向けていたので、本当に命拾いした気分です。
もう失敗はできません。
それどころか、シールド様には大きな恩義があります。
私、きっちり取り返してみせます!
そう、私には偉大な青龍様から受け継いだ才能、錬成魔法があります。一族の中でも、私よりこの魔法を上手に使う方はいません。
あらゆるものを高め、人の役に立つものに変えてしまう魔法です。
私はこの力で……今までは結果的に悪くなりましたが、今度こそシールド様のお役に立ってみせるのです。
竜人族は一つの部署に集められました。
製作部署というざっくりとした括りで、私たちものづくりが好きな竜人族のためにシールド様が用意してくれた部署です。
予算も多く貰って、みんなウキウキしています。
部署にはミライエの専門家たちが毎日来て、我々と意見を交わしています。
少年に見えるダイゴという魔族の方は知識豊富で、さっそく我々竜人族と馴染んでしまいました。
クイ兄さんと、リル姉さんと毎日のように話し込んでいます。
なんでも聖剣とバリア魔法を使って生み出したエネルギーで、新しいインフラと交通手段を構築するらしいです。物流が盛んになれば、ミライエはもっと栄える。そしてその可能性が目の前にあるらしいのです。
シールド様に命じられたわけでもないのに、そういうことを進んでやる姿勢はとても素晴らしいです。
作り上げた成果が形になったときに、シールド様に報告して喜んで貰うことに遣り甲斐を見出しているみたいです。
なんと気高き精神なのでしょう。私も彼らのように忠実な部下になりたいです。
そうと決まれば、ひっそりと計画を遂行します。
シールド様が交易所に熱くなっていることを知っているのは私の強みです。
絶対に他の方には負けません。
シールド様は御用商人のブルックスさんと今日も交易所での取引に熱心になっておられます。
ゲート地方から持ち込んだとうもろこしで一儲けすると楽しそうに話し込んでいます。
儲けたお金で、また図書館のような施設を作ってくださるのでしょうか?
どこまでも崇高な精神を持ったお方です。
やはりここは私の一手で、更なる利益を届けなくてはなりません。
ミライエの情報を集め、私が出来そうなことを探しました。
そして、見つけた!
ショッギョの改良。
これが私にできることなんじゃないかと思いました。
ショッギョはダンジョンから獲れる魚で、今やミライエでもっとも流通している海産物となっております。
交易所では毎日のように高値が付き、他国へも輸出されます。
ショッギョの可能性は無限大。
まずは私の給料と、製作部署で用意された経費を使って大量にショッギョを買い集める。
次にショッギョが生み出されているようなダンジョンを探す。
こちらは難航したけど、真水が広がる比較的安全なダンジョンを見つけることができました。
ショッギョの生息地は海水に近い水質なので、少し理想とは違います。
しかし、今ある環境を利用するのが私のやり方でもあります。
真水に放したショッギョたちを観察し、真水に適応したショッギョだけを交配させ、私の錬成魔法を合わせて、彼らを日々改良していく。
強く、身の美味しい個体だけを選別し、選び抜かれた個体に私の錬成魔法を更にかける。
単純で地味だが、きつい仕事が数か月続いた。
そして出来上がる。
「これだ!」
ピンク色の身を持ったその魚は、ショッギョと非常に顔つき、体つきは似ている。しかし、身を切ってみると、そこからは色鮮やかなオレンジ色の身が出てくる。
ショッギョにも負けない脂身もあり、何より身がプリプリとしており、甘みが強い。
ショッギョは口に入れた時に溶けるような感覚で、甘みも脂の甘みだ。
新しく作り上げた品種は、身がもう少し噛み応えがあり、脂身以外の部分からも甘みを感じられる。
新鮮な身は生でも食べられるし、似ても焼いても美味しく、素晴らしい品種に仕上がった。
『サーギョ』と名付けて、私はこの品種改良を完成させた。
シールド様のために数か月無我夢中で成し遂げた成果だった。
きっと褒めて貰える。
けれど、私は焦らない。
まずは商会を作り、商会名を使って交易所にサーギョを流通させてみた。
自由市場のミライエでは、私のような一市民でも交易所にものを流通させることができます。
少し話題性が出て売れることが確認出来たら、シールド様に報告しよう。
きっと売れるに違いない。そしたらシールド様が褒めてくれる。
わくわくしながら、日にちが経つのを待った。
交易所から連絡が来た。
サーギョの売れ行きはすさまじく、入荷した分はすぐにさばけたらしい。
次は値段を倍にしてもいいから、とにかく数を用意してくれないかと言われた。
値段を倍に……。
それだとショッギョの上位クラスと並ぶほどの値段になってしまう。
品質の良いショッギョとやれるのか、試してみたくなった。
儲けたお金で人を雇い、今度は数を多く用意し、サーギョを交易所に届けた。値段はもちろん前回の倍。
一瞬で、売れてしまった。
そして交易所からまた連絡が来る。
最高級ショッギョと同じ値段でも売れるだろうから、もっと数が欲しいと。他国の行商人からの問い合わせも凄まじいことになっているらしい。
信じられない金額が、一晩で私のもとに集まってきた。
更に規模を拡大させ、ダンジョンも銀行からお金を借りて買いとることにした。
ダンジョンはミライエ国に所有権があり、真水しかなかったあのダンジョンは格安料金で借りることができており、買う際にも大したお金を必要としなかった。ローンを組ませてくれたので、なんどか交易所にサーギョを流しているうちに支払えそうだ。
ショッギョと肩を並べるどころか、10回商品を卸す頃にはショッギョの人気を超えてしまった。サーギョは特に女性と子供に人気が高いらしい。私もサーギョのほうが好きです。
凄まじい成果を得てしまった。
いよいよこの成果を報告できる。
こんな素晴らしい機会と喜びを与えてくださった、シールド様に!
城に駆け込んだ。
アポなしで驚かそうと思った。
シールド様にアポなしで会うなんて普通じゃあり得ないけれど、竜人族は特別に許されている。私たちの作る新しいものを適時知っておきたいとのことだ。
いよいよシールド様の執務室が見えて来た。
扉越しにシールド様とブルックスさんの声が聞こえる。ちょうどいい!
「サーギョうんま! これやばいな」
「ええ、すごいものです」
まさか、まさか。二人はサーギョの話をしていました。扉の前で立ち止まり、少し聞き耳を立てる。
「くっそー、どこのどいつだ? ブルームーン商会ってのは。次から次へと、交易所には有力な商会が生まれてくるな」
「それだけ国のシステムが素晴らしいということです」
「でもよー。今回のはきついな」
「回りまわって、利益が帰ってくるのですから、良しとしましょう」
え? なんで二人は喜んでいないの?
どうして落ち込んでいるの?
「ショッギョは国が扱う商品で利益を独占してたのに、サーギョの登場で値段は落ちるは、売れないはで、最悪だよ。サーギョか。どこのどいつだよ、こんな旨いもん作り上げたの」
「天然ではないですし、人工的に品種改良したのでしょうね。一本取られました」
「ゲートから持ってきたトウモロコシもサーギョに話題を持ってかれて売れないし。ブルームーン商会許せねー!!」
「まあまあ。また新しいものを見つけましょう。新興商会が潤うのは経済にも良い影響を与えます」
「でもよぉー! 俺悔しいよ! 全部持ってかれちまったよ。くっそー。苦労したのによー。ブルームーン商会か。その名前、絶対に忘れないからな!」
……私は。
どうして私は。
やることなすこと、こうなってしまうのでしょう。
血の気が引いて、体が重くなります。
サーギョは今や、多くの人を巻き込んだ事業になってしまいました。
今更やめる訳にはいきません。
「ははっ」
渇いたお金だけが、私のもとに貯まっていきます。
そんなつもりじゃ。そんなつもりじゃなかったのに……。ただ褒めて欲しかっただけなのに。
言い出せません、サーギョは私が作りましたなんて。
ショッギョとトウモロコシに大打撃を与えたのは私ですと白状するようなものだ。
「ははっ……はははは」
世界はあまりにも残酷です。