125話 バリア魔法の最高のパートナーは醬油かもしれない
わざわざゲートを潜り抜け、ひじりが持ってきたものは醤油だった。
彼女がエルフ島の北の島を使って製作していた調味料だ。潜った先の世界でどんなリスクがあるかも分からないというのに、それでも届けに来てくれたのはありがたいけれど……。
「私も食べたかったんだよねー。あんたがいないと最高のショッギョをくれないって言うからさぁ」
俺のためじゃないらしい。
この女、実利主義である。
俺のおかげで出来上がった彼女の理想とする最高の醤油を、一緒に分かち合いたいのではない。
毎度毎度最高の出来であるショッギョは俺に届けられる。
市場に流せと伝えているのだが、部下たちはどうもそこだけ言うことを聞いてくれない。もっとも育ちが良く、品質のいいショッギョは俺の食卓に並ぶのだ。
最高の醤油が出来上がったので、最高のショッギョをと求めたひじりだったが、うちの部下たちが絶対にダメだと突っぱねたらしい。彼女相手の拒否は命がけだというのに、なんという忠誠心か。俺氏、泣いちゃいそう。
「話は分かった。許可もやる。けれど言っとくが、こんな土地に来られてもショッギョなんてないぞ」
当然だが、ここは占拠した土地だ。
ショッギョどころか、どこに何があるのかすら分からない未知の土地。
ミライエのようにどこからでも物資を取り寄せられるわけじゃない。
「そういうだろうと思って、無理言って用意させてるんだよねー!」
してやったりの笑顔を見せて来やがった。
どこまでも自由気ままなやつだ。
室外で待っていたミライエの料理人が、ひじりの呼びかけに応じて室内に入ってくる。
輸送用の箱にぎっしりと氷を詰めているのが分かった。箱が移動するたび、ジャラジャラと音がする。石か氷の音だ。石を詰めているわけがないので、氷である。……石だったらどうしよう!?
開け放たれた箱からは、ぎっしりと詰められた氷が顔をのぞかせる。すこしホッとする。石なんてぶつける以外に使用方法なんてないからね。
ひじりが興奮した様子で氷に手を突っ込み、目的のものを探る。
素手だとさぞ冷たいだろうに、そんなこと感じていないのか、舌をペロッと出しながら目的のものを掴んだ。
かなり脂の乗っているのが一目でわかる立派なショッギョの尾びれを掴み、ニコッと笑顔を見せてくれた。
「獲ったどー!」
「盗ったどー?」
ひじりは元の世界だと醤油を作る老舗企業の娘さんと聞いているが、本当は盗人か?
泥棒は得てして嘘をつくからな、醬油を作っていたというのも嘘かもしれない。
ついに尻尾を出したか。
「なんか失礼なこと考えてなかった?」
「いや、全然?何言ってんだ。人を疑うとか良くない。どういう教育を受けて来たんだ。帰れ」
「そこまで言う必要なくない?ひどい」
「ごめん。言い過ぎた」
だって図星だったから。むきになっちゃってオーバーキルしちゃったよ。
これはごめん。俺が悪い。でも気を付けろ。追い詰められたネズミは、八重歯でだろうと噛み返すから。俺なら奥歯しかなくても噛みつくレベルのやばいやつ。
「じゃあ喧嘩はここまで。さあ、最高のショッギョ丼を食べるよ!」
「ペロリタイムって訳ですか」
「なにそれ。きもっ」
……ちょっとテンション上がっただけじゃん。
そっちがテンション上げてきたから、乗っただけじゃん。そういうときって、何言っても免除じゃないの?無礼講じゃないの?
きもって……結構ぐさっときたよ。
傷ついた俺のことなど構わず、俺の部屋に調理板や包丁まで持ち込んでショッギョを裁き始めた。
ちょっ、臭いんだけど。魚の臭みが出てますけど!
うおいっ、鱗が如何にも高級そうなデスクの上に飛んだ!
……まあガンザズ伯爵が買ったものなので俺の懐は痛んでいないデスクだ。あとで拭けばいいか。
「くぅー。これこれ。本マグロにも引けを取らないどころか、それ以上の身の新鮮さと脂。店が店なら寿司にしたら一貫一万とか取られそうね」
訳の分からないことをぶつぶつと呟き始めた。
メンヘラちゃんはこういうことがあると聞いたことがある。如何にもって感じだもんなー。あんまり深く考えず、黙って頷いておこう。
さっと包丁の切っ先が俺の鼻の前まで迫ってきた。
凄く手入れの行き届いた包丁だ。砥石を使って、職人が仕上げたのだろう。
「今失礼なこと考えてなかった?」
「いや全然?何言ってんだ。人を疑うとか良くない。親の顔を見てみたいものだ。てか帰れ」
「そこまで言う必要なくない?ひどい」
「ごめん。言い過ぎた」
だってまたまた図星だったから。しかも包丁まで。むきになっちゃって死体撃ちまでしちゃったよ。
「いいから調理に集中してくれ。単純にお前の作るものに興味があるから、早く作ってくれ」
「もっと優しく言って。モテないよ?」
さっきまで修羅場だった俺を忘れたのか?
お前もその一人にカウントされてるからね、これ。
男は優しさ、器用さ、お金、名誉、権力?そんなものはモテ要素の枝葉でしかない。根幹はバリア魔法を使えるかどうか。モテる男とモテない男の差は、ただこれだけだ。ライフハックなので覚えておこう。
「身をしっかりと切り分けたでしょ?ちょっと下手なのは勘弁してね。後で料理長のローソンにレシピを教えとくから」
ほんとそれな。切実に頼む。
美女の料理はありがたくはあるが、やはり普通にローソンの料理が食べたい。だってそっちの方がうまいから!
料理は愛情って言うけど、でも圧倒的技術の前には苦しいよね!
「ふふっ、ちょっとつまんじゃおう」
それは……許す。
「あっ!ありがとう、いいタイミングでエルフ米が来たよー」
「いえ、シールド様を待たせる訳にはいきませんので」
炊きあがったエルフ米を持ってきてくれた部下はどこまでも真面目に俺を最優先してくれる。
後で給料上げちゃおう。
「あんた本当に人望あるわよね。なんでだろう」
「バリア神って呼ぶ人もいるぞ」
俺はとうとう神にまで上り詰めた。
「まあいいや。このごはんで酢飯を作ります。ちなみにお酢も手作りという素晴らしさ」
「うまいならなんでもいい……」
あっ、今のは包丁案件だったかも。
「流石だな!」
「えっへん!」
偉い、俺。段々と学んで来た。
「酢飯を丼にたっぷりと入れて、この上に贅沢にショッギョの切り身を乗せていく―!エルフ島の海で回収した海苔をパラパラと乗せて、隅っこにワサビを添えてえええーーーー!!おあがりよ!」
「……はい」
なんかテンション高いから、俺もペロリテンションで行こうかと思ったが、先ほどきもって言われたので今回は抑えておいた。
「お飲み物はー、エルフ島になぜか沢山有った緑色のやつ!」
緑茶ね。
俺がウライ国の紅茶に対抗すべく作らせているものだ。そろそろ交易所で名物になりそうな予感がする。
「シンプルな料理なんだな。ここに醤油をかければいいのか?」
「うん、ドバっとかけたら味が濃いから少しずつ調整してみてね」
そう言われても加減がわからないので、量はひじりに合わせてみた。
綺麗に盛りつけられた丼に、黒い醤油で色を加えていく。
芳醇な豆の薫りが漂ってくる醤油は、それまでで既に完成していた丼をより一層引き立たせる。
いや、これはもはや別の食べ物へと昇華されている!
雪の国で育った色白金髪碧眼美少女がイカ墨付きの触手に無茶苦茶されるやつ!!
知らんけど、たぶんそんな感じ。
「いただきます」
ショッギョとひじりに感謝をして。
そっとスプーンを丼内に挿入。スプーンだと味気ないとか言われたが、知らん。
米の上にショッギョの身とバランスよく乗りワサビも乗せていく。均等に醤油もかかっている。
それを俺の口に運び入れた。
「……あ」
パーン!!どぅーん!!ズキューン!!
久々に来た。脳内で何かが弾ける程のうまさ。初めてショッギョを食べたときにも感じた強烈な旨みが、脳内にやばい物質を作り上げている。
その上で、第二波がやって来て、最後に上から吸われる天に上るような快感まで味わえた。
これは美味いが、危険だ。危うく死にかけた。
「どう?美味しい?」
「おかわり」
「くくっ、まだ食べ終わってないじゃん」
「それでもおかわり」
おかわり予約が入るほどの代物。それがショッギョ丼だった。
醤油か……これは食べるよりも交易所粋だな。ぐふふふ、ブルックスとの話し合いがまた増えてしまったぞ。