124話 バリア魔法の内部で揉める
「なんですかこの女?毛穴開いてないですか?」
「白髪女、目が見えないようだな」
「白髪ですって!? シールド様、今すぐ命じてください。このビッチを叩きだします」
「シールド様、老眼女を叩きだす命令を出してください。阿婆擦れに相応しい場所に送ってやります」
ばっちばっちである。
ベルーガとミュート。白と黒。光と影。凄く対照的な二人は性格まであわないらしい。
額をぐりぐりと押し付けあってにらみ合う様は、酒場のやからと変わらないかもしれない。
二人のビジュアルをかなり汚くして、おっさんに変化させてみよう。ほーら、一気に酒が悪さして揉めているおっさんたちになったでしょう?世界から平和な要素が減ってしまいそうなので、そんな魔法があっても俺は使わない。
酒で揉めているのであれば店主にでも処理を頼めばいいのだが、あいにくとそうはいかない。
彼女らは俺の部下で、どちらも俺に全幅の忠誠を誓っているどころか、それ以上の気持ちを抱いているからに他ならない。
強い忠誠はありがたいし重宝するが、それ以上の気持ちとなると俺はどうにも持て余してしまう……。ごめんちゃい。
「シールド様、傍に置く女は私だけですよね?」
「シールド様、一人選ぶなら絶対に私ですよね?」
一人なんて制度はないんだが?
「えーと……」
答えを出せない自分が不甲斐ない!
ベルーガにもミュートにも傍にいて欲しい。二人はどちらも貴重な人材で、信頼できる部下だ。ベルーガはこれまで長い期間尽くしてくれた。ミュートは期間こそ短いが、危機を二度も逃げずに共に対処してくれた。
ちなみに二度の危機というのは、カジノで全財産をすりかけた件と、フェイがブチギレた件である!
ガンザズ伯爵と戦った件?なにそれ。危機じゃないけど!俺にとっては昼下がりに出てくるチーズケーキと紅茶を嗜む極上の時間と大差ない程優雅に処理できたけど?なにか?
「表に出なさいビッチ。今すぐに実力でわからせてやるわ。ちょっと顔が可愛いから勘違いしてるんじゃない?シールド様に仕えたいなら実力が必須よ」
「表?戦うのに場所を選ぶの?あら、随分と上品なのね。上品なのは見た目だけにしたらいいと思うわよ。そういう人はたいてい口先だけだから」
な、なぜかお互いに褒めあいながら貶しあってる!
何この空間。
帰って来て、アザゼル!
そそくさと仕事に戻っていったアザゼルが今だけは恨めしい。あとでアザゼルと一緒に昼飯を食べようと思う。おかずを一つ奪って制裁とする。
「シールド様、すみませんがこの場でこの女を叩ききります。室内を汚すことをお許しください」
「シールド様、今から無能な部下を一人消します。誰があなたの隣にいるべきか見届けてくださいね」
いよいよ収拾がつかなくなってきたな。
俺がいるところでは当然戦わせない、争わせない、持ち込ませない。
三原則が出来上がっちゃったけど、問題は俺がいない場所だ。二人のこの熱の入りようは、本当によそで争ってしまいそうだ。
きつく言うのもなぁ。
二人とも俺のことを思ってのことなので、叱責するのも気が引ける。
そんな優柔不断男を地で行く男、シールド・レイアレスとは俺のことである!いえい。
どうしようかと思っていたら、俺の部屋の扉が開かれた。
ノックもなしに入ってくるのは、限られたやつらしかいない。
フェイかコンブかセカイだ。あの無礼ドラゴンスリーしかあり得ない!
そう思っていたら、意外な人だった。
「あら、修羅場。……ふーん、二人の女ね。私とは遊びだったんだ」
「おいやめろ!」
姿を現したのは異世界勇者のひじりだった。
そういえばミライエにいて俺に礼を尽くさないメンバーには、こいつもいたな。失念していた。
そして現れるや早々事態を悪くしてきやがった。最悪の方向に。修羅場から泥沼でのレスリングくらいカオスな事態になってきた。
泥沼って踏ん張れないからすんごい面白い試合になりそう!
今度ギガに頼んでやって貰おう。あいつ戦闘狂だからやってくるでしょ。
「シールド様、本当でしょうか?ひじり様とそういう関係だったのですか?……信じられません」
「何よ、泥棒猫の登場?敵は一人じゃないってわけね。しかも見るからに強敵……髪の毛ツヤツヤね」
「知らんけど」
否定したはずだった。
けれど二人は視線を合わせ、次いで手を差し出した。いよいよ開戦かと思われたが、なんと握手を交わした。
なんで!?
驚きの展開である。俺の話聞いてる?
「一旦休戦よ。あいては手強いわ。シールド様を手に入れるためには一時的に手を組んであげる。もちろん一時的にね」
「悔しいけど、同意ね。あの圧倒的な魔力量と髪の艶。どうなっているのかしら。ケア方法を聞き出すまで協力してあげる」
なんか知らんけど、変な友情が芽生えとる!
修羅場から泥沼レスリングに事態を変化させたひじりだが、まさかまさか、泥沼レスリングを通して友情が芽生えてしまった。
今度揉めている部下がいたら、泥沼レスリングをさせようと思う。
人の上に立つ者として、常にそういう解決策は何個か持っておくべきだろう。
これが歴史に残る泥沼レスリングの誕生だとは……とか歴史書に書かせておこう。
「ひじり様、ここに来たのは仕事でしょうか?私用でしょうか?」
「うーん、仕事かな。国王様に会いに来たわけだから」
「でしたら引き下がりましょう。仕事の邪魔はできません。大事な話なのでしょう?」
「うん。結構大事かも」
それだけ聞くと、ベルーガは頭を下げて室内を後にした。
何という仕事人。
仕事の要件とわかった途端急に引き下がれるのか!偉すぎる!
何かその姿に美しさを感じたのか、ミュートまで大人しくベルーガについていく。
二人で紅茶を飲みに行くらしい。女子会始まろうとしている。
室内に今度はひじりと取り残された。
こいつのおかげで事態は結果丸く収まったが、用件はあれだろうな。切り出される前に、俺から謝罪しておいた。
「すまん。見ての通り、ここはお前の故郷じゃない。笑っちゃうよな。ここは異世界どころか、お隣の大陸なんだぜ」
「そうなんだ。びっくり。でもなんで謝るの?」
なぜって、そりゃここがトウキョウという土地じゃないからだ。
「お前に情報を与え、期待させてしまっただろう?俺は結構簡単にトウキョウという土地に行けると思っていたんだが、そうじゃなかった。中途半端な期待は一番残酷だ。傷つけたことを謝罪する」
「ああ、それね」
……それね。ってあれ?
なんか真剣な雰囲気なの俺だけで、ひじりはケロッとしてない?
完全に空気感が違うんだが。
「ごめん、話を聞いた後すぐに忘れてたの!あちゃー、頑張っててくれてたのに、こっちこそごめんね」
謝罪の返却を要求する。利息を付けていくらか多めに。
「じゃあいいのか?トウキョウに帰れなくても」
「いやー、そりゃ帰りたいけどさ。でもミライエも結構いいとこじゃん?」
「まあな」
俺と魔族と、ミライエの人たちが作り上げた理想郷だ。ユートピアミライエ。そこではハチミツを水の代わりに飲み、ご飯の代わりにチョコレートを食べる糖尿患者の天国……そんな場所ではないので、今度ちゃんと宣伝して観光客でも呼び込もうか。サマルカンドの街は世界的にも美しい都市だ。他国の民共に自慢してやろうと思う。
「だから急がないことにしたの。友達もできたし、くよくよはやめたの。こっちの生活を満喫する!」
その言葉には、ひじりの決意もあったのかもしれない。
こうやって強くいないと辛くなったときに立ち上がれないのかもな。
「へー、お前結構強いんだな」
その顔をみつめて、素直に称賛の言葉が出て来た。
「なによ、口説いてるの?何人に手を出してんのよ。修羅場は勘弁よ」
「違うから!」
「女性関係にだらしない男に待ち受けるのは身の破滅よ」
「だから違うから!」
その話はもういい。
話を切り替えるためにも、彼女がここに来た理由を聞いた方が良さそうだった。
「お前、トウキョウの件じゃなかったからなにしに来たんだよ」
「ああ、ゲートをくぐってみたかったのと、それとこれよ。ふふっ」
手にしていた袋から、彼女が取り出したのはガラス製の瓶だった。
蓋がしっかりと締められ、中には濃い目の液体が入っている。
「なんだ、それ。毒か?」
「馬鹿言わないで。毒殺なんてせずとも聖剣魔法で殺せばいいだけだから」
なるほど!納得である。
「醤油よ、醤油」
「ショウユ?」
「しょゆこと。あーはははっ。ちょっとボケちゃった。おもしろー。私おもしろー」
……くそおもんないから!帰れ!