122話 バリア魔法と最強たち
フェイの怒りを鎮められたのは本当に大きい。
実質勝ちと言ってもいい程の収穫だ。
街へと逃げて行ったガンザズ伯爵をどうやって釣りだそうか。
あれだけの軍隊を所持しておきながら、フェイの圧倒的パワーを見た瞬間に逃げ出していった。
どこまで小物なのか。
言っておくが、聳える壁をぶっ壊す魔法を俺は……持っていないぞ。
そのまま引き込まれると非常に困る!
俺自身の怒りと、フェイに託された仕事でもある。
なんとか完遂せねばならないのに、なんてことを!
……悪い予感は当たってしまった。
ガンザズ伯爵が街に引きこもってしまって、出てこない。
異変が起きた街は、門を完全に閉ざして沈黙してしまっている。
そうして半日が過ぎてしまった。
「シールド様、集落から食料を取って参りました」
しばらく姿を消していたミュートはフェイに付き添って集落まで行っていたみたいだ。
集落では、オレンを連れ帰ったフェイが英雄扱いされており、祭りが開かれているらしい。
ガンザズ伯爵の軍を追い返したこともあり、竜人族たちはすっかりフェイを神格化してしまっている。
救いの神だと声をあげる者もいたとか。
まあいいか。
手柄はあいつくれてやろう。
俺はミライエに帰ってから、バリア教に投資するので、焦ることはない。
「こんばんは焼きトウモロコシに致しましょう。私、得意なんですよ」
そう自信満々に言ったミュートだが、焼きとうもろこしに得意不得意などあるのだろうか?
そう思ってしまったが、野暮なことなので言わない。
炭火の上に敷いた鉄の網の上でぱちぱちと焼けていくトウモロコシが良い香りを放ち始めた。
空腹も手伝って、涎が口の中に出てくる。
ほとんどむらなく表面がきつね色に焼かれたものが俺に差し出される。
「はい、お熱いですから気を付けてくださいね」
「さんきゅ。うまそっ。あつっあつっ」
受け取ったともろこしはかなり熱かったが、それ以上に見た目が良くてすぐさま噛り付いた。
焼きとうもろこしが得意だと言ってたけど、嘘じゃなかった。
本当に得意じゃん!
俺なら片面を激しく焦がしてしまいそうだ。
ミュートの分も焼き上がり、二人ではむはむ言いながら食べていく。
「おいしいですね」
「最高だ。食べ終わったらもう一本焼いてくれ」
「はい、任せて下さい」
良い部下を得てしまった。
ミライエに戻ったらミュートには焼きとうもろこし大臣の座をあげようと思っている。
それも終身名誉焼きとうもろこし大臣である。ミュートよりうまく焼きとうもろこしを作れる人なんているはずがない!
「シールド様、よく噛んで食べてくださいね」
母ちゃんみたいなことまで言い出した。
「フェイ様が言っていましたが、トウモロコシって種の部分を食べるじゃないですか」
「お、おう」
「噛まずに体内に入ると、一定の確率で、体内でトウモロコシが育っちゃうらしいですよ」
……おい、フェイ。
なんてひどい冗談を教えてたんだ。
ミュートは意外と素直な子みたいで、すっかりと信じて丁寧に咀嚼しているぞ。もぐもぐと動く口元が小動物みたいでかわいらしい。
黒い服装で闇に溶け込む恐ろしい人として知られているミュートだが、顔は間違いなく美人で、性格はまさかの天然でした。
なんだかかわいいし、面白いのでフェイの嘘を訂正することはしない。なにより咀嚼は大事なことだ。
「とうもろこしってリスクたけーな」
「はい、美味しさの裏にとんでもない真実がありましたね」
「ミライエではエルフ米ってのは最近食べ始めたんだけど」
「なんだかおいしそうな響きですね」
「小麦と違って潰してないから、とうもろこしと同じようにしっかりと噛まないと体内で米が育っちゃうんだ」
「へえ!!それは驚きです。ありがたいです。フェイ様もシールド様もとてもお優しくて、嬉しいです」
……なにこれ。
罪悪感の数百倍面白いんだけど。
フェイもきっと途中から面白くなって、とうもろこし体内育成理論をでっち上げたに違いない。
米の話を後で共有しておいてやろうっと。
爆笑するフェイの顔が容易に想像できてしまう。
「あっ。シールド様、トウモロコシの二本目はまたあとになります」
ミュートが短剣を構える。
流石アサシンだ。気配探知が半端ない。
ミュートが視線をやった方向を見ると、街の門が開かれた。
そこから、担がれた台座に乗ったガンザズ伯爵が出てくる。
その後ろを軍隊がわらわらと続く。
その数、最初の3倍はいた。
更に個性的な格好をした傭兵たちも出てくる。
ミュートのように、金で雇われた大陸中の猛者だろう。
「ミュート、トウモロコシを焼いていてくれ」
「え?」
「俺が一人で倒してくる」
「しかし、あれだけの数!」
「大丈夫だ。世の中には2種類の人がいる」
「ん?」
「バリア魔法を使える人間と、使える人間だ」
そして俺はバリア魔法を使える側の人間。つまり勝ち組ってことだ。
心配するミュートを置いて、俺は軍隊の前に進み出る。
「ブヒブヒブヒッ、あのバカげた力を持つ少女はいないみたいねー」
「フェイは帰らせた」
ようやく間近でガンザズ伯爵の顔を見ることができた。
肥え太った卑しい顔がこちらを見下す。
軍が俺を囲うように辺りに展開した。
逃げ場を失ったが、これだけ囲んでくれればガンザス伯爵にも逃げ場はなさそうだ。
「いいのか?俺を前にこんなに近づいても」
「ブヒブヒブヒッ、やばいのはあの小娘ね。それにこの数に勝てると思ってるの?ケイはやられたれど、これだけいれば大丈夫。囲っている剣客も全員連れて来たねー。やっておしまい」
軍隊の間を縫って、わらわらとそれっぽいのが出てくる。
体格も武器もさまざまで、大陸中から集まってきた猛者だっていうのも頷ける雰囲気だ。
「おやおや、こんな坊ちゃんが強いって本当か?」
「ガンザズ伯爵、こいつと金髪の少女を殺したら金貨100枚って本当かよ?」
集まってきた連中が俺に歩み寄り、肩を組んでくるやつまでいた。
攻撃されていないので、撥ね返しようもない。
バリア魔法で遮ってやれば良かったけど、まさかこんなに距離感近いとは……。
ガシリと胸倉まで掴まれてしまった。
「ガンザズ伯爵に警戒されるほど強いらしいな。けど、俺様を前に小手先の魔法は通用しない。死ぬ気で戦って、俺様を楽しませろ」
死ぬ気で戦って、俺のバリア魔法に撥ね返されていろ。
そう言ってやろうとしたとき、傍で空間が歪んだ。
なんだこれ?と思った次の瞬間、そこから見知った顔が飛び出してくる。
「おっ。アザゼル!」
「シールド……絡まれているのですか?」
「うーん、そんな感じ」
絡まれているのか?まあそうかもしれない。
次にそこからまた馴染みの顔が。
「ベルーガまで!」
「シールド様!お会いしたかったです!」
俺の胸倉をつかんでいた男を殴り飛ばし、ベルーガが抱き着いてきた。
「おわっ」
抱きしめるために少し踏ん張った。
良い香りがしてくる。洗練されたミライエでの生活が伺えた。
思ったよりもエネルギー源が早く作られたらしい。
まだ半月しか経っていないのに、アザゼルとベルーガがここにいるというのはそういうことだ。
そして半月しか経っていないのに、妙に懐かしい。ミライエに戻りたいと思ってしまった。
「あれ?まさかシールド様絡まれていました?」
「うーん、そんな感じ」
同じ質問だったので、同じ返答をしておいた。
「え?シールド様が?こんな雑魚どもに?え?なぜ?」
なんかベルーガの脳内がショートを起こしていた。
俺が絡まれていたという事実が理解できないらしい。
「子ネズミがなぜ獅子に絡むのですか?え?私変なこと言っています?」
「相手が馬鹿なネズミだというだけだ」
アザゼルが解説しておいてくれた。
そういうことだ。
バリア魔法の強さを知らないド素人どもに、世界の真実を教えてやってくれ。
空間のゆがみがどんどん大きくなり、そこから俺の愛すべき部下たちが次々と出てくる。
多くの軍勢に囲まれていた俺だが、気づけば囲いの中に部下の魔族たちが大量に表れていた。
「ブヒブヒブヒッ、なに?ちみたち知り合いなの?ちょうどいい機会だし、せん滅しておいてやろうか。……あの白い髪の女は好みだねー。生きて捕らえよ。褒美を与えるねー」
下種な発言を繰り返すガンザズ伯爵は、自身の立場が今どれほどの危機に陥っているか理解していないみたいだ。
「これら全部死刑でよろしいのでしょう?」
手を横に振り払うと、その手の中に水の剣を握ったベルーガの視線が鋭くなった。
「ベルーガ、早まるな。シールド様、ご命令を」
そうだな。ガンザズ伯爵、お前は超えてはならないラインを超えた。
宣告しよう。
「アザゼル、ベルーガ。派手にやれ!」
「「はっ」」