121話 バリア魔法と魔王
まさかオブまさか。
軽い気持ちで雑魚をひねりつぶしに来たら、なんかラスボスとの対戦になってしまった。
フェイとは一度戦ったことがある。
あの時はフェイ側に戦う大きな動機もなく、俺の勝ちということで収まったが……。
今目の前のフェイはブチギレてしまっている。
冷静な思考などできるはずもない。
俺の口から出る言葉では、その怒りを鎮める説得力を持たない。
震える大地を言葉で止めるのが不可能なのと同じように、今のフェイを言葉で止めるのも無理だ。無駄な努力はすべきではないが、心の準備もあるので最後の説得に入る。
「フェイ、お前とやるんだ。手加減はできないぞ」
「どけ。もう一度だけ忠告しておいてやる」
「豚の頭だけなら差し出す。それだけだ。譲歩は――!?」
ガンザズ伯爵(豚の頭)は差し出すという俺なりの配慮だったが、当然却下される。
返答はフェイの拳によって伝えられた。
バリア魔法に叩きつけられたフェイの拳は、ただの打撃と表現するにはおかしな点が沢山あった。
バリア魔法に与えられた威力は、あの天才エルフイデアの最大魔法と同じレベルの衝撃が来た。
衝撃波で地面は抉れ、フェイと俺がいる地点を中心に大地が波打って荒れている。
未知の巨大生物が空からいたずら書きをしたみたいになっていることだろう。
おまけに、それは二つに割れ、割れた地点はまさにバリア魔法とフェイの拳がぶつかり合った地点である。
たったの一撃で空も大地もこの有様だ。
俺たち人間は、目覚めさせてはならないものを目覚めさせたのだ。
これから世界に未曾有の被害が出たら、人類は皆ガンザズ伯爵を恨むように。
決して俺を恨むことなかれ。
「フェイ、ガンザズの豚野郎が逃げていくぞ」
少し振り返り、ガンザス伯爵の軍勢が逃げていく姿を見た。
その逃げ様はかなり無様だ。
俺たちがやってきたときの天から見下したような余裕は消えてしまっている。
大慌てでご飯を食べに行ったわけではないだろう。どう考えても、迫りくる大災害を予期して逃げ出す哀れでちっぽけな人間でしかない。
「どうせこの地を更地にするんじゃ。豚が一匹逃げ出そうが問題ないわ」
やっぱ豚だよね、あいつ。
そこだけは意見があっちゃったか。
「この地を更地にした先でお前は満足するのか?」
「さて、やってみなければわからぬ」
そんな軽い気持ちで俺たち人間が踏み握られてたまるか。
踏みつぶされる蟻んこにだって家族がいるように、お前が更地にする街の人たちにも人生があり、家族がいるんだ。
……バチン!!
蚊がいたので叩き潰しておいた。蟻んこにも家族はいるが、蚊は殺しても良い。俺が許す。
「死んでも知らぬぞ」
「ん?」
気づくと、俺の視線とフェイの視線が同じになっていた。
しゃがんだ覚えはないし、フェイがもとの姿に戻ったということでもなかった。
脚に違和感を覚える。
「マジか……」
俺はようやく気付く。
こいつの規模の違う戦い方に。
先ほどパンチの衝撃波でほぐした大地に大量の水魔法を注いだらしい。
先ほどまで整備された土地だった辺り一帯が猛烈に状態変化を起こし、ここら一体沼地になりつつあった。
まさか……地形を変えてくるとは。
流石に規格外すぎて予想すらしていなかった。
しかし、街一つを簡単に壊すこいつからしたらこの程度の規模の戦闘は当然かもしれないな。
一度頭のスイッチを切り替えるか。
相手はフェイだ。あり得ないことはない。そう思っておいた方がいい。
「そのまま沈んでくれると助かるんじゃが」
「悪いな。バリア魔法を足場にすればいいだけだ」
「ふん、簡単にはいかぬか」
それは俺のセリフでもある。
簡単にバリア魔法で撥ね返せばいい。普通の相手ならそれで済む。
しかし、バリア魔法とぶつかり合った拳はかなり痛むはずなのに、フェイはそのそぶりを一切見せない。
これがこいつの本気モードのようだ。
「闇魔法 ブラックホール」
今度は空間に穴を開けたかと思うと、強力な引力を発する魔法を展開した。
めちゃくちゃだ。
アカネと戦っているときもびっくりな魔法が頻繁に飛び出るが、それと似た感覚がある。
「バリア――魔法反射」
バリア魔法で吸い込みに対処しようがないが、魔法で生み出したものである以上、この対処の仕方が一番いい。
「おい、なんで吸われないんだ?」
魔法は確かに反射したはず。
その圧倒的引力はフェイに向かうはずだった。
「踏ん張っておるからじゃ」
パワーで解決されていた。
そんな理屈が通用するなんて、それはズルだよ。
「ああ゛! 相変わらず、お主の相手は気だるい!」
背中に魔力で黄金の翼を作り上げたフェイは、沼地と化したこの大地から浮かび上がる。
空からこちらを見下ろして、次に街の方を見た。
「全て壊してくれよう。破壊魔法 氷河時代の訪れ」
空模様が変わる。
空まで怒りに満ちたのか、赤い雲が集まり、雷を落とし始めた。
その雲に穴を開けて何かが落ちてくる。
一発、二発、数えることができるのは、最初のそれだけだった。
無数の隕石が、炎を纏いながら地上へと迫ってくる。
こんなのが衝突した日には、時代が終わるぞ。
文明が失われ、地形が変わり、まさに氷河期でもやってきそうなほどの大変革だ。
巨大なバリアを展開して、降り注ぐ隕石に対処する。
大丈夫だ。
広範囲魔法だから、こちらも適当なバリア魔法でいい。
とにかく広く、大きいバリアが必要となる。
そうして空に集中していたとき、胸元に熱を感じた。
一瞬、何が起きたのか状況を把握できなかったが、それでも俺の癖が勝った。
何か変なことが起きたらバリア魔法を張るという俺の癖がその攻撃を防いだ。
何かがバリア魔法にぶつかる。
恐ろしい威力だった。
「おいおい、それってまさか……」
フェイが握っていたのは、驚くことに聖剣魔法だった。
異世界勇者が使うあの聖剣をなぜフェイが。
「聖剣魔法を食べたら、我も使えるようになったわ」
「ったく、腹下しても知らねーぞ」
それにしても、空にあんな規格外の魔法を使っておいて、本命は聖剣で俺の腹を貫くつもりだったか。
……戦い慣れてやがる。
俺が空の隕石を全力で防ぐことを呼んでの攻撃だ。
汚いけど、上手い。
反射でバリア魔法を使っていなければ体に届いていた。
まあ体にも常時バリア魔法を張っているのでどうってことはないが。
「この聖剣魔法、あほみたいに魔力を吸いよる。使えはするが、実質異世界勇者専用魔法じゃな」
「お前でも消費が激しいとか、そんなレベルなのか?」
「相性の問題じゃ。まあバリア魔法しか使えんお主には一緒分からぬ感覚じゃ」
「なっ!?」
ちょっこいつ!
馬鹿にされました! 今馬鹿にされました!
本当に魔力を大量に吸い取られるのだろう。聖剣魔法を消したフェイが、空を見上げる。
「しばらく振り続けるぞ。魔力を大量に注いだ魔法じゃからな」
どこか声は大人しい。先ほどまでの怒気のこもった感じとは違う。
「それを全部防いだら、今回のことはチャラにしてやる」
「いいのか?」
「聖剣魔法と破壊魔法でほとんど魔力が残っとらん。腹も減っておる。それに、まだやることもあるしな」
振り返って、オレンに歩み寄るフェイは、回復魔法でオレンの体を包み込んだ。
新しい傷も、古い傷も瞬く間に治っていく。
大陸中の聖女様や修道院が見たら、奇跡だ! と叫び出しそうな光景だ。
フェイが回復魔法を終えると、オレンの体は少女らしい柔らかい肌に戻っていた。まるで、最初から傷つけられたことなどなかったみたいに。
奇跡だ! 俺まで叫び出しそうだ。
「人間は脆い。青龍の血が入っていようと、こやつが立ち直れるかどうかは、我にもわからぬ」
体は治ったが、心が壊れていてはどうしようもない。
先ほどまで弱弱しかった呼吸も、治療後はすやすやと寝息が聞こえてくる。
結果がどうなるかは、オレンの意識が戻ってからだな。
とりあえず、命が繋がったことに感謝する。
「ありがとう。フェイ」
「感謝はいらぬ。それよりも、一発殴らせよ」
「は?」
「お主のバリア魔法は相変わらず腹が立つ。じゃから、一発」
「それで本当に集落に戻ってくれるんだよな」
「おう、約束する」
ゴーン!!
新年の鐘が鳴ったような音がした。
ミライエでは新年の鐘を鳴らす行事をやっていなかったなと思い出させるほど音が響いた。
体にもバリア魔法を張っているとはいえ、馬鹿力で殴り飛ばされた俺ははるか遠くまで吹き飛ぶ。
吹き飛ばされた先で、フェイも拳を痛めているのが見えた。
「硬すぎじゃ。あほ!」
「お前があほ!」
「うっさいわ、あほ! 我は帰る。豚の処理は任せたぞ。手心を加えるなよ」
「当たり前だ」
元凶であるガンザズ伯爵。あいつに手加減するつもりはない。
こちとら魔王と戦わされるところだったんだ。
さらなるヘイトがガンザズ伯爵に溜まっている。ようやく豚野郎をぶっ潰せるときがきた。