120話 バリア魔法は老後向け
これだけ頭にきたのはいつ以来だろうか。
頭に血が上って、冷静さを欠きそうだ。
お互いに歩み寄り、ケイと呼ばれた竜人族の使う異様に長い剣が俺に届きそうな距離まで来た。
「既に俺の間合いだが、お気づきか?」
それはつまり、俺の間合いでもあるので問題ない。
「口数が少ないのは強者の証か、それともただのあほか」
「前者だ」
ケイは終始余裕のありそうな態度だ。それも強者の証拠だ。
いつでもやれる自信があるから、ゆっくりと話してみたいのだろう。
「後ろの軍勢を一人でやるつもりか?ガンザズ伯爵の手勢は粒ぞろいだ。私でも一人ではきつい」
「俺とお前を一緒にするな。雑魚が」
「ふっ、言うじゃないか」
剣を横に構え、戦闘態勢に入る。
そりゃそうだよなと思った。人の身長よりも長い剣だ。
横に使わなければ、地面を抉って威力が落ちてしまう。
「弱点が見え見えな武器だ」
「やってみれば、それが間違いだとわかる」
「予言しよう。お前は何もできずに俺の前に敗れ去る。怒りを受け取れ、三下」
ありとあらゆる侮蔑の言葉をこいつらにはぶつけてやりたい気分だ。
それだけでは足りないので、バリア魔法による制裁を加える。
会話を終えると、ケイの雰囲気が変わる。
彼の周りの空気が荒ぶる。魔力の流れがそうさせているのだろう。強者がよくやるやつだ。
ちなみに俺はできない!
瞼をした瞬間、彼の眼がドラゴンの目に変わっていた。縦長の瞳がこちらを無感情に見据える。獲物でも見据えるかのように。
次の動作が起きた瞬間、戦闘が始まる。構えた型から素直に横の薙ぎ払いが来る。
こちらも正面に素直にバリア魔法を展開する。
対応のしやすい攻撃だと思った。
「バリア――物理反射」
展開したバリア魔法と長い剣がぶつかるかと思われたその瞬間、物理法則に逆らうかのように剣が止まった。
くねくねと生き物のように動き始め、バリア魔法の側面を這うように進む。
そして、横から俺の体に迫る。
「バリア――物理反射」
しかし何も問題はない。
直前で張ったバリア魔法の前に、剣は俺に届かない。
そして這う剣がバリア魔法に触れた瞬間、今度は俺に操作の手番が移る。
くねくねと地面を這って剣がケイに向かい、届いた。
硬いもの同士がぶつかり合う音がした。
見ると、青く頑丈な鱗に覆われたドラゴンの腕が剣の刃先を掴んでいる。
「……奇怪な魔法だ」
「奇怪なのはお前だ」
くねくねと動く剣には一体なんの仕掛けがあるんだか。
こちらはただのバリア魔法を使っているだけなんだが?
「私の剣技がそのまま返されたか……ならばこれはどうかな?」
長く伸びた剣の重さなどないかの如く易々と扱い、剣先を地面と水平にし、剣先を俺に向ける。
ぐっと伸びて来た剣が俺に迫る。
ケイは動かず、剣だけが伸びてくる。
真っすぐ迫られると距離感が掴みづらいが、それも問題はない。
俺はただバリア魔法を張るだけだ。
手のうちは分かっているので、曲がってくることも頭で想定している。
しかし、今回は素直な攻撃だった。
真っすぐバリア魔法へ向けられた突きは、そのままバリア魔法と衝突する。
先ほどとは威力が段違いだ。
バリア魔法が硬いと分かると、一点突破しようとし始めるのは誰と戦っても同じなんだな。
「バリア――物理反射」
悪いが、全て撥ね返すだけだ。
一点突破の剣は、バリア魔法にまたも屈してケイに跳ね返って行く。
そして、その圧倒的な威力はケイにすぐさま辿り着き、その胸を抉った。
あっけない決着だった。
「……痛いな」
「!?」
胸を貫いたはずの剣が元の長さに戻っていく。
穴の開いた胸からどくどくと紫色の血が流れ落ちているが、傷は次第に治っていくように見えた。
しばらくすると、傷は完全にふさがり、ケイも何事もなかったかのようにケロッとしていた。
「青龍の血がなせる業だ。剣にも私の血を混ぜている。これがドラゴン力だ。我々人類とは存在の域が違う」
「ただのびっくり人間だろ」
「お前もこの尊さがわからぬ愚か者か。ドラゴンに近づくためならば、その他全てを踏みにじってもいい。何を犠牲にしても、私はその存在に限りなく近くなるつもりだ。それこそが私の生きる道。それこそがこの世に生を得た理由だ!」
なんか勝手に熱くなってやがる。
ドラゴンなんてそんなにいいか?
うちで2匹ほど飼っているが、癖が強くて、働かなくて、危なっかしいだけだ。何もよくないけど?
「そのために同族を裏切り、あの豚野郎に味方したわけか」
なるほどね。
ならば、やっぱり。
「お前は死罪だ。理由がくだらなさ過ぎる。同情の余地なし」
「くはははっ。お前こそ、そんなくだらない魔法でどう私に勝つと?ドラゴンの血を得た私は不死に近い。青龍の血はいくらでも体を再生させ、いずれ疲れ果てたお前の喉元に食らいつく」
愚か者。
バリア魔法は常に最強で、限界などないのだが?
「お前たちは目に映すのも耐え難い。語るのも飽きた。そろそろ消え失せろ」
ケイを消した後に、後ろの軍勢と、諸悪の根源であるガンザズ伯爵も消し飛ばす必要もある。
この世界のことを知らないので、そのごたごたにも備える必要があるだろう。
つまり、これ以上雑魚に時間を割り振ってやる気はない。
「バリア魔法――貯蓄魔力」
俺のバリア魔法が唯一攻撃できるように見える魔法だ。見えるだけ。大事なことなので二度言いました。
実は準備段階が必要なのだが、初見からするといきなり攻撃されるように見える。
しかし、これを使うにはかなり段取りを踏む必要がある。
幸い俺の人生は相手が化け物ぞろいだったからな。すぐに条件は満たされた。
最強ドラゴンのフェイと戦い、歴戦の強者とも戦った。イデアや異世界勇者ともぶつかり、かなりの魔力をバリア魔法に貯め込んでいる。
それを少しばかり支出する。
バリア魔法を展開し、バリア魔法から漏れ出すように高出力の魔力が一点に集まる。
「判決を言い渡す」
バリア魔法から出た魔力が集い、俺の指示にあわせてそのエネルギーがケイに向かって飛んでいく。
躱すことなど不可能なスピードと、防ぐことも不可能な高エネルギー。
地面ごと抉り、後ろの軍勢を吹き飛ばしながら、貯蓄した魔力が、ケイのいた場所を薙ぎ払った。
爆発が起き、辺りに衝撃波をまき散らす。
衝撃が収まり、立ち登っていた土煙も風に流されていく。
そこには何度も再生するはずのケイの姿はなくなっていた。
きれいさっぱり、跡形もなく。再生の余地はない、それほどの攻撃だった。
「有罪」
バリア魔法に不可能はないんだ。
勝負は決した。
ガンザズ伯爵最強の手下であるケイは倒した。次はお前だ、ガンザズ伯爵。
俺の視線がガンザズ伯爵に向けられる。
目の前の光景と、爆発の際に飛んで来た石で頭部を打ち据えられた恐怖で、ガンザズ伯爵は体を震わせていた。
血を流し、痛みと共に退避を叫んでいる。最後まで醜い存在だ。
……ちょっと待て!
逃げられるのは困る!追いかけるのは、苦手なんだ!
「シールド様、流石でした。今の攻撃の隙に、竜人族の少女を解放いたしました」
隣に来たミュートの腕にはボロボロになった少女、オレンの姿があった。
近くで見ると、余計にその仕打ちのむごさがわかる。少女が意識を失って静かに眠りについているのが僅かな救いだった。
少しだけ発散した怒りが、再燃する。
「よう、シールド。随分と楽しそうなことをしておるじゃないか。我も混ぜろ」
逃げ惑うガンザズ伯爵の軍勢と時を同じくして、集落の方面からフェイがやってきた。
俺一人で事足りるので呼ばなかったが、先ほどの爆発で気になったのだろうか。興味本位で動くフェイらしい。
「……その娘は、クイとリルの妹か?」
ミュートの抱く少女に気づいた。話を覚えていたみたいで、その存在を言い当てる。
「そうだ。命はある。回復魔法で治りきるかどうか……」
「心配ない。息があるなら我がいくらでも治せる」
そうだった。
こいつの魔法は桁違いだ。
ありとあらゆる魔法を、相手を食べることにより習得し、生まれ持った魔法のセンスと圧倒的な魔力量によって、魔法を更なる高みへと昇華させる最強の存在。それがフェイだ。
そんな彼女の使う魔法だ。これくらいなら完治させても不思議ではない。
ほっと安心した俺は、それが勘違いだとすぐに気づいた。
異様な雰囲気を感じ取る。
「フェイ?あっ……」
その顔を見た時、俺は気づいてしまった。
フェイがブチギレていることに。
普段、食欲以外であまり強い感情を表に出さないフェイがこれほどまでの怒りを。
「下らん存在だのう。人間との生活も悪くないと思っておったが、胸糞の悪いことをしてくれる。これじゃから、人間というのは嫌いじゃ」
「フェイ、何をするつもりだ」
フェイが両手を広げる。
天に向けた手のひらの上に、黄金に輝く炎の球体が現れる。
「下らぬ者どもに、生きる価値などない。全て消え去れ」
フェイの指示で、炎魔法が街に向かって飛んでいく。
あの威力はやばい。
「バリア――魔力吸収」
バリア魔法を張り、フェイの魔法を防いだ。
圧倒的な魔力は相変わらずで、吸収すると胸焼けするような気分になる。
「……フェイ、今の威力。街が消し飛ぶぞ」
「そのつもりじゃ」
街を守るように背にしてフェイと向き合う。
「これをやったのはガンザズだ。俺もあいつは許せない。けれど、街の人々は関係ない」
「それこそ関係ない。放置していた奴ら全員同罪じゃ。どけ、シールド」
「どかないね」
ガンザズだけなら俺も怒っている。その首は喜んで差し出す。
しかし、街の人も消すというなら立ちふさがる。
「お主とて容赦はせんぞ。最後の忠告じゃ。どけ」
「頭を冷やせ、フェイ。俺はどかないね。お前の意見が変わらない限り」
フェイとにらみ合う。
お前と戦う理由なんてないが、引かないというならこちらも逃げる訳にはいかない。