118話 調理器具がなければ、バリア魔法を使え
大量の食料を森の入り口まで運び、そこから街の奉公人たちは全員帰した。
森を進み、集落を見つけバリア魔法内で活動し始めた竜人族たちを見つける。
俺たちがガンザズ伯爵の街に向かう前よりも、地下から出て来て活動する竜人が増えた気がする。
畑作業も始まり、家畜も少し姿を見せていた。
彼らの生活はどこかエルフに近いものがある気がした。
自然と共に生き、エルフと違うと言えば研究熱心な点か。
エルフも多くの知識を蓄えているが、純粋に知識を得ることが目的となっている。
しかし、竜人族は技術の進歩を願って行動している節がある。
単純に楽しくて開発し続けているだけかもしれないが。立派な頭脳と能力があると使わずにいられないんだろうな。
バリア魔法は立派に仕事をやり遂げてくれたようで、クイとリルの兄妹が俺たちを笑顔で出迎えた。どこか安心しきったように安堵していた。
やはりバリア魔法が与える安心感は抜群かもしれない。
「おかえりなさい!ご無事で何よりです!」
「フェイ様もおかえりなさい。あっ、ミュート様も」
クイとリルは久々に存分に太陽の光を長く浴びたからだろう。
気性が明るく、体の調子も良さそうに見える。
やはり大地は等しく皆に与えられるべきだ。
皆この健やかな日差しを浴びる価値のある尊い存在なのだから。
「ロードホースを2頭も!?それに荷台いっぱいの食料に家畜まで。シールド様……なんとお礼を言っていいか」
街での成果を伝えてやると、クイは一度上げた頭をずっと下げたままあげようとしなかった。
感謝の気持ちは伝わったからそろそろ楽にしてほしい。
「クイ、人をやって取りに行ってくれないか?」
そう、森を縫って入るのは大変だったので、森の外のバリア魔法に入ったところで食料と家畜は放置している。
クイがすぐに竜人族を集め、物資の回収に向かった。
これで安泰だろう。
1か月は余裕だし、最悪ダイゴのエネルギー源開発が遅れても2か月は持つ。勝ったな、これ。
「それはそうと、何もなかったか?」
彼らが無事にいる時点で何も大きなことがなかったのは明白だが、それにしても少し違和感がある。
「はい、敵襲には備えていたのですが、ガンザズ伯爵の軍は来ませんでした」
なぜだろう?
ほとんど拠点はばれているようなものだ。
それに、目印にバリア魔法を張ってやったんだぞ。これでもかというくらいわかりやすくしておいた。
悪いが、俺に狩られている側という意識は皆無だ。
むしろ狩る側でいる。ガンザズ伯爵が突如森に現れたバリア魔法に釣られてきたところを撃退するつもりだった。
ガンザズ伯爵が狩るつもりが、いつの間にか狩られる絶望を味わわせてやろうと思ったのに計算違いだ。
「しかし、夜中に偵察部隊を見たという仲間はいます。おそらく、この地の情報は直にガンザズ伯爵に耳に入る頃かと……」
「ほう」
ミュートの仕事が早すぎただけで、一般的な偵察部隊はこんなものか。
ならば、後は待つだけか。
ガンザズ伯爵の耳に情報が入るのも時間の問題だろう。
そうなれば、こちらの思う壺だ。
せいぜい攻めてきて俺のバリア魔法の前に軍を壊滅させてくれ。
それを材料に、ガンザズ伯爵には無茶な要求をするつもりだ。
くくくっ、楽しみすぎるだろ!!
物資が次々に集落に運び込まれ、竜人族たちに活気が戻ってきた。
わらわらと地上から出てくるのは、バリア魔法の信頼性か、それともフェイがいるからの安心感か。
おそらく後者だ。俺はフェイに嫉妬している!
「シールド様、さっそくですがトウモロコシの栽培に入ってもよろしいでしょうか?」
「俺に許可を取る必要はない。やりたいことは全部やれ」
ミライエでやる場合は許可が必要だが、ここは俺の知らない土地だ。
好きなだけ使ってくれ。
どうせ困るのはガンザズ伯爵だ!俺が困らなければそれでOKなのですよ。ほほっ。
「活気がづいてきたのう。お主が行く場所はどこも騒がしくなる。そういう才能でも持っておるのか?」
「さて、どうかな」
フェイの疑問だが、俺にも答えはわからない。
まあ、バリア魔法が大きな働きをしてくれているのは違いないが。
「我が行くところはどこも更地になっていたのとは大違いじゃ」
怖い、怖い!
大陸の暗黒時代を一瞬だけ垣間見た気がした。
どこか満足した雰囲気のフェイは、軽くジャンプして移動していた。
倒れた丸太に座り込んで、頬杖をつきながらフェイが穏やかな表情で竜人族たちの活動を見守っている。
そんな穏やかな表情は初めて見た気がする。
ほとんど飯と戦い意外に興味がないと思っていたのに、ギャンブルにも熱くなるし……いや、ギャンブルは解釈一致だ。
しかし、まるで母親の慈愛に満ちたような、穏やかな表情を見るのは正真正銘初めてだった。
青龍と仲がいいと言っていたな。フェイの口から直接仲がいいと聞くなんて珍しいことだ。いつも連れ添っているコンブちゃんにも、そんな直接的な表現をしたことがない気がする。コンブちゃんには結構ツンデレなフェイである。セカイとは普通に仲が悪いし、仲がいいと言う青龍との関係性が気になってきた。
いつか会えるといいのだが、さすらいのドラゴンらしいから叶わない願いかもな。俺たちと生きている時間の感覚が違うから、うっかり昼寝してたで3年くらい寝ていそうだ。
ちなみに、フェイと仲良しのコンブちゃんはこちらにはどうしても来なかった。
異世界汚かったらどうするの?とか言っていたのを思い出す。結果として結構いいところだったのに、勿体ない。
「フェイ、今晩の飯は俺が直々に作ってやろう。そういえば、いいレシピを聞いていたんだ」
ひじりが珍しい食べ物を食べていたので気になって聞いておいたやつがある。
「なんじゃ、要らぬ気遣いじゃ。我は美味い飯が食べたい。お主は器用じゃないと知っておる。器用じゃない男は料理が下手じゃ。無価値じゃ。去れ」
そこまで言う!?
泣いちゃいそうなんだけど。
料理を作ってあげると言ったら、ボコボコにされた上に、立ち去れだとさ。ひどすぎ!
「はぁ、じゃあ仕方ないな。ひじりから聞いていたポップコーンだが、一人で食べるとしよう」
「……ポップでラッキーでポーンでコーン!?」
ラッキーとポーンは言っていない。
ハードル上がってない!?
「あっあれじゃ。別にトウモロコシなんぞ興味ないが、それは気になる。いずれ世界の王となる我じゃ、知らぬでは恥をかくこともあろう」
「はいはい。じゃあたくさん作っておくよ。ポップでハッピーなコーン用に乾燥したトウモロコシも結構買っておいたんだ」
「なんじゃ抜け目ないやつめ。次からそういうことは早く申せ」
「はいはい。お前の大好きな異世界勇者様の世界のレシピだ。楽しみに待ってるんだな」
「誰があんなやつのこと!」
くくっ、可愛いやつめ。
ワクワクして涎が垂れているのが見えているぞ。
さてと、フェイにも協力してもらい焚き木を集め、炎魔法で一気に燃やして貰った。
大火力歓迎だ。
バリア魔法でケースを作り、熱は通すバリア魔法に性質変化させる。
中に、街で買った上質なバターを贅沢にたっぷりと入れて、乾燥させたトウモロコシの粒を入れていく。
入れ終わると、バリア魔法でケースを完全に閉じて、熱が入るのを待った。
ポンッ!!
最初の粒が弾けて、白くてフワフワした粒になった。
「なっなんじゃ!?このおもしろい反応は、何じゃ!」
お前の反応の方が俺としてはおもしろい。
「ひじりの世界じゃ当たり前に食べられているんだと」
「まじでか!異世界勇者、凄いのぉ。異世界行ってみたいのぉ」
それは同感だ。
その期待感を持って俺たちは大鏡を潜ったのにな。
行きついたのが、どこぞの悪徳領主の土地って。がっくりもくるさ。
竜人族と出会えたのはラッキーだったが、他にも憂さ晴らしは必要だ。
せいぜい美味しいものでも食べないと。
次々に心地の良い音を立てながらコーンが弾けていく。
ケースの中に余裕を持たせていたはずなのに、全てのコーンが弾けた後は白くフワフワした形になったポップコーンが、バリア魔法のケースをぎゅうぎゅうに満たしていた。
「おい、フェイ。出来たぞ。おわっ!?」
後ろを振り向くと、目を輝かせたフェイと竜人族のキッズたちがいた。
なんだ、なんだ?
そうとう面白かったみたいだな。ぞろぞろと集まってきて。
「ふ、ふーん、美味そうじゃん」
なんだその反応……。
「ちょっと待ってろ。まだまだあるからな。全員分あるぞ」
ケースを開けて、パラパラと塩を振っていく。
これだけで完成のはずだ。
バターの風味と塩気が足され、トウモロコシの甘みと混ざって俺の嗅覚を癒してくれる。
口の中に涎が溢れる。うましょー!!
でもこれは、女王様のぶんだ。
「ほらフェイ、これは全部お前のものだ」
「馬鹿を言え。青龍の餓鬼どもが涎を垂らしおって。やつらに先に食わせよ。泣かれたら我の飯がまずくなる」
……あら。こんな一面もあったのか。
フェイとの付き合いも長くなってきたと思っていたが、こんなに人間身ある部分もあったとは。
この土地にきた甲斐があったかも。意外にもこんな収穫があったか。
「フェイ様の許可が出た。ほらよ、喧嘩せずに食べろよ。まだまだ作っていくからな」
バリア魔法のケースごと渡した。
キッズたちは大喜びだ。
俺もうるさいキッズたちは好きじゃない方だが、流石にあんなに喜んでポップでラッキーなハッピーでポーンなコーンを喜んで食べてくれると気分がいい。
なかなか悪くない居心地になってきたので、俺たちは数日集落でのんびりと過ごした。