117話 バリア魔法が速いか、最強ドラゴンが速いか
「おっ、これじゃないか?」
市場への買い出し中、俺は太陽の日に照らされてその黄色い肌をテカテカと輝かせているトウモロコシを見つけた。
これがガンザズ伯爵の開発したというトウモロコシだろう。
美味しさと病気への強さ、育ちの早さを兼ね備えた品種らしい。
最強か?
なんでも、ガンザズ伯爵に連れ去られた竜人族が錬成魔法の達人なのだとか。
その竜人がこの奇跡のトウモロコシを作り上げたというのが真実らしいけど。
「おい、フェイ。全部買おう。これ全部持ち帰るぞ」
「うーん、美味いのか?」
肉とかお酒が大好きなフェイのことだ。こういう馴染みのない穀物は食わず嫌いしちゃうのだろう。
どうせ食べた後に一度ぶつぶつ文句を言った後に、うんま!これうんま!って言い出す未来が見えている。
フェイのお決まりのパターンだ。
ローソンに頼めば色々バリエーション豊かな料理に仕上げてくれそうだ。
トウモロコシが言われている程のクオリティではなくとも、エルフの島に持ちかえれば最高の穀物へと昇華される。
当分の食料と、ミライエに持ち帰るぶんと、どの道大量に必要だ。ここで買っていくのは悪くなさそうだ。
「店に並んでいるやつ全部欲しいんだが」
「全部?あんた買えんのか?というか、持って帰れるのか?」
「んー、きついかー」
トウモロコシは結構かさばる。
3人では思っているより背負えないか。
大きなリュックサックをくれるらしいが、それでも全部は入りきらないだろう。
「シールド様、入りきらないものは私が持ちます」
ミュートの献身的な行動はありがたいが、持てないものは持てないよね!
モテない男がモテるようになるくらい無理な話だ。
多くの男を傷つけてしまったので、謹んでお詫び申し上げます。
「んだらー、ロードホースも買っていくか?あんまり速い個体じゃないけど、馬車くらいは運べるべ」
ロードホース?
なんか馬のことかっこよく言ってない?売り込むためにかっこつけてない?
てか、モテようとしてない?無理、無理、そんなんじゃモテないけど。
「ちょっと待ってろ」
俺が何か言い出す前に、店主が店の裏へと消えて行った。
おいおい、もうこれ売りつけたいだけじゃね?
年老いた馬を俺に押し付けたいだけじゃね?
そんな一抹の不安と、かなりの不満を抱えつつトウモロコシの値引き交渉に使ってやろうかと思っていたら、店主が馬と帰ってきた。
「おわっ」
驚いた。
俺の知っている馬とは違ったのだ。
体つきから、筋肉の付き方が違う。
筋肉隆々、そして頭には角が生えている。
「もしかしてロードホース知らね?」
「うん、うん」
興奮気味に頷いて同意しておいた。実際興奮している。
「昔から存在している馬とホーンウルフの交配で生まれた品種だ」
「え、そんなことができるのか?」
「いやいや、自然が生んだ奇跡だ。これは流石にガンザズ伯爵でも再現できねーな」
なるほど、神のいたずらなのか。
凄いものが誕生したものだ。
ロードホースは馬の特徴を多く残しつつ、魔物の血を引いて体が頑丈になっている。
素晴らしい生き物だ。魔物の血を引いているというのに人に従順な点が素晴らしい。
ミライエは現在馬での移動が主流となっている。いずれ他の移動手段も作っていきたい。グリフィンとかを増やすとか、他にはダイゴにお願いして何か乗り物とか作れないかとザックリ考えている。
そこにロードホースも持ち帰り、更なる移動手段としよう。
「これ、買います!」
「わかった。トウモロコシだが、店の裏にもあるが、全部いるか?」
「いります!」
「んだらー、ガンザズ金貨10枚ってとこだな」
「んー」
案の定ぼったくられていますね。
俺が見るもの全てに感動してたのでよそ者だとバレたのだろう。
相場は知っているんだよね、実は。
ここに来る前に市場全体を見てきて、しっかりと計算もしている。
この値段で買ってやっても良かったが……。
「ミュート」
「はっ」
さっと姿を消したミュートが店主の後ろに回り込み、首に短剣を突き付ける。
「正規の値段を言え」
「ひえっ!?す、すみません!金貨5枚だ。5枚でいい」
ニッコリ。
やはり持つべきは優秀な部下だ。
「ほいよ。金貨6枚だ。金貨1枚はチップだ。いいものを見せて貰ったからな。次からは真っ当に商売しろよ。これから新しい時代がくるから」
「は、はひぃ」
手にしっかりと金貨を握らせた。落とさないように手も閉じてあげた。
ミュートが短剣をしまうと店主は腰を抜かしてしまう。
少しかわいそうなことをしたが、こちらも金を無駄にするわけにはいかない。
カジノで勝ってばかりだが、まだまだこの世界での買い物は終わっていない。
トウモロコシの次に、家畜も大量に買っておく。家畜を買う予定はなかったが、なにせ大勝しているからね。
竜人族は家畜の扱いにも長けているのであればあるだけいい。
調味料も一通り揃えるころには俺たちは大所帯となっていた。
家畜がまずかったな。
どうしても連れて歩かないといけないので、街中を所狭しと移動する羽目になった。
気の利いた店側が見習の子供を俺たちに手配してくれ、家まで届けてくれるとのことだ。
ロードホースももう一頭買い、荷台を引かせてそこにも大量に食料を買っておいた。
これで間違いなく一か月は持つだろう。持ち帰るぶんも足りている気がする。
やることは全部終わったので、俺たちは街を後にすることにした。
来た時に金貨を掴ませた門番がいる門から出る。
竜人族の隠れ家に近いのもあるし、トラブルなく出られそうだったからだ。流石にこれ以上金は無心してこないだろう。
しかし、それは予想と反する結果になった。
「よう、待ってたぜ?」
門をくぐった先には、ムキムキのお兄さんがいた。
さっと姿を消した門番を見る辺り、俺たちの情報を売られたのだろう。正体がバレた?いや、それならガンザズ伯爵の軍隊が待っているはずだ。そうではないとなると……。
相手は獣人一人か。
戦闘に長けた獣人だろうけど、気になるのはパンイチだった点。
なぜ俺の周りの奴らは服を着ないのか。
熊の獣人だろう、逞しい体と、毛根の頑丈そうな毛が体を覆っている。
口元の獰猛な牙の間から涎が漏れていた。腹減っているのか?
「なんだお前。トウモロコシはやらねーぞ」
「いらねーよ」
「家畜か?」
「……殺すぞ」
獣人が指さす。
その先には……ミュートがいた。
なんだ食材目的じゃないのか。なら許す!
「ミュート、お前に用事があるらしいぞ。んじゃ、俺たち先に行くわ」
「あほか。どう見ても決闘の流れじゃろうが。面白いから見ていくぞ」
フェイは興味を持ったらしい。
は?トウモロコシの味を早く確かめたいんだが?
決闘とか全然興味ないんだが。
「シールド様、お先にどうぞ。少し手強い敵なので時間はかかりますが、すぐに後を追います」
「時間がかかるの?」
「すみません。なるべく早く終わらせます」
トウモロコシが大量に入ったリュックを降ろし、ミュートが短剣を抜いた。
鋭い視線が獣人に向けられた。
なるほど、ミュートが本気になるほどか。
じゃああの獣人、本当に強いみたいだ。
派手に戦って貰うのは困る。
ガンザズ伯爵の軍勢が集まってきたら面倒だし、何より今はそれどころではない。
「ミュート、トウモロコシが痛む」
「すっすみません!」
リュックを背負いなおして、ミュートが短剣を構えなおす。
「なるべくトウモロコシを傷めないようにして倒します」
「ダメだ。トウモロコシにリスクがある以上任せられない」
「申し訳ございません。因縁を作ってしまった私の過ちです」
責めているつもりじゃないんだ。ただ、トウモロコシが!
「ガンザズ伯爵のもとで共に雇われていた者です。私とどちらが強いかずっと競おうとしていたので、今回もそれが目的でしょう」
「よく分かったな、ミュート。俺と全力で戦え。くくくっ、まあ万に一つも俺が負ける可能性はないがな。殺したあと、お前の女体をひとしきり楽しんで、俺の腹に収めてやろう」
「ほざけ、雑魚が。シールド様の命がなければ、お前などに遅れを取りはしない。一生私の影を追っていろ」
ミュートがかっとなってトウモロコシに傷がついてはいけないので、俺がとっとと終わらせることにした。
「下がってろ。俺が終わらせる」
「は?誰だ、てめー」
獣人の男が首をごきごきならして体を慣らしていく。
悪いが、そんな下準備関係ないくらいすぐに終わらせてやる。
「なんじゃ、下々の者でやらせるから見ていて楽しんじゃないかな。お主が出ては興ざめじゃ。どうせ楽しみがなくなるなら、我にやらせよ。秒で終わらせる」
「いいや、あれは俺がやる。俺なら秒もかからないし、トウモロコシにもダメージを与えずに済む」
「は?我の方が絶対に速いが。秒と言ったが、本当はもっと早くやれるが。しかもトウモロコシに無傷どころか、我の魔力を浴びてより一層輝くぞ」
「おいおい、俺はその速さよりももっと速くあいつを倒せるし、俺のバリア魔法の癒し効果で新鮮さが保たれるんだけど」
「なんじゃ?我と張りあう帰か?久々にやってやっても良いんじゃぞ?バリア馬鹿め」
「おう、やってやんよ。いつぞやの決着をつけてやるよ」
「くはははっ、日々成長しておる我の力を侮っておるな」
フェイとバチバチとにらみ合う。
なんだ?やんのか?お前とやってただで済むとは思っていないけれど、バリア魔法最強だぞ。まじで最強だぞ。
「なぜお二人が揉めるのですか……」
なぜって、ちょっとむきになって。
フェイと喧嘩になりそうになるのは日常だが、ミュートはそれを知らないからな。
俺たちのやり取りに横槍が入る。ドシドシと地面を叩くような音を響かせながら、熊の獣人が突進してくる。
「邪魔だああああ!!雑魚を轢き殺した後、次はてめーだ!ミュート!!」
「邪魔はお前だ」
「邪魔はお前じゃ」
声が綺麗に揃った。
俺のバリア魔法だろうか。それともフェイの黄金の魔力だろうか。
どちらかに弾かれて、獣人の男が吹き飛ばされた。
叩きつけられた地面でピクピク震えているのが見えた。もう抗う気力はないだろう。そのまま寝ていろ。
「どうじゃ、我が秒殺した」
「は?俺のバリア魔法だったけど」
5倍返しの物理反射だけど。
「お主の眼は節穴か。ダメージの具合が我じゃろうが」
「ダメージ具合的に完全に俺のバリア魔法なんだが」
再度加熱する俺たちのやり取り。
ミュートはしばらく困っていたが、まあすぐに済むので我慢して欲しい。
二人ともお腹が空いてイライラしているだけなので!