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116話 side ガンザズ伯爵は高みにて待つ

「ブヒブヒブヒッ、ミュートのやつが遅いね~。いつもなら敵の首を一つくらい持って帰ってくるころなのにね~」

ひと際大きな椅子にどっぷりと深く座り、肥えた体に、大きな口からさらなる栄養を取り入れつつガンザズ伯爵は不適に笑う。

甘未の強い果物に、頬肉を揺らしながら笑顔を作る。


賊が出たと聞いている。


まさかあの竜人族に味方する者がいるとは想定していなかったが、それも小さな問題。

ガンザズ伯爵は知っている。自分の勢力に対抗できる者などいないことを。

その勢いは貴族で頭角を現すにとどまらず、一国の王からも注目されるほどの存在にまでのし上がっていた。


「ガンザズ伯爵、不安ですかな?」

肥え太ったガンザズ伯爵の傍に立つ凛々しい顔付きの青年が尋ねた。

身内からも醜いと陰口を叩かれるガンザズ伯爵の容姿とは対照的に、青年は美しい顔をしていた。

切れ長の目に、女性的な白さで、透明感がある。唇は赤く発色し、色気もある。

長い髪の毛をゆらゆらと漂わせて、壁に寄りかかっていた。


「不安なわけないね~。わっちにはお金も部下も沢山。なにより、そなたがいるね~」

ガンザズ伯爵が顔を横に向けて、髪の長く伸びた美しい青年を見た。

美しい青年は、閉じていた目を開け、そこから紫色の瞳をのぞかせる。

澄んだ表情で、ガンザズ伯爵の期待に応える返事をしてあげた。


「それはそう。ミュートがいなくなろうとも、結局は私がいればそれで済む」

「ブヒブヒブヒッ、そなたは偉いね~。望むものを用意するから、楽しみに待っておいてね~」

他の用心棒は全員金で雇っただけの間柄だ。

私兵も所有しており、そちらも国内で勇名を轟かす程の屈強な戦士たちの集まりである。

これだけの武力を所持しながら、ガンザズ伯爵は傍にいる美しい青年のことをもっとも信頼している。


それは偏に、彼が最も強いからだ。

雇った用心棒の誰よりも、大群の兵士たちよりも。

彼の望むものを与えることができる限り、この有益な関係はずっと続く。

それがガンザズ伯爵の心に、常にゆとりを与えてくれていた。


「それにしても、良くも悪くもあれらがね~……」

ガンザズ伯爵は自身の勝利を確信しているものの、どこか杞憂もあった。

彼が今の地位を手に入れたのは、竜人族の力があったからだ。


地下牢に閉じ込め、暴力と恐怖によって支配している竜人族がいる。彼女の発明がとことん金になり、それを資金に街を大きくし、軍を拡大し、各地で名をはせる猛者を集めた。

貴族の間で、今やガンザズ伯爵に口答え出来る者はいない。

国王でも彼にどこか遠慮した発言をする程だ。


竜人族の力で今の力を得たからこそ、ガンザズ伯爵はその力を警戒する。

いつか仕返しにくるかもしれない。どこかの有力者と結びついて、他の貴族に力を付けさせるのも面倒だった。


その秘めた力を誰よりも知るガンザズ伯爵故に、竜人族を根絶やしにする計画を立てる。

簡単にいく仕事と思われたが、このタイミングで賊が現れた。

自慢の軍が敗走し、用心棒として雇っているミュートも帰ってこない。


竜人族の生命力の強さに少し驚かされる。

酒を口に運び、ガンザズ伯爵は考える。次なる一手を。


ブクブクと太り、口調もどこか緩やかなガンザズ伯爵は、その見た目とは裏腹に切れ者である。よく働く頭をフル回転させ、にやりと笑った。


「ブヒブヒブヒッ、いいことを思いついたね~」

「内容を聞いても?」

美しい青年が尋ねる。

彼はガンザズ伯爵の頭の良さ、そして残酷さを知っている。今回もなにかいい策が思いついたのだろうと思い、興味本位で聞いてみた。


「地下の竜人がいるね~。あれ、もういらないね~」

恐ろしい言葉が、その大きな口から発せられた。

更なるおぞましい内容が続く。

「どうせもうじき死ぬね~。あれを餌に竜人族どもを釣るね~。ブヒブヒブヒッ、隠れられるから厄介なだけ。姿が見えてたら、恐れるに足らないね~」

「効率のいいやり方です」

「そうでしょ?賊も一緒に成敗できるね~。効率のいいやり方ね~。そうと決まれば、地下の竜人族をさっそく使うといいね。死なない程度に痛めつけて、美味しそうな餌に仕立てあげるね」

それ以上は、美しい青年は何も言わない。


「もしかして、今更情が沸いたか?」

ガンザズ伯爵が彼に鋭い視線を向け、そう尋ねたのには理由がある。

美しい青年はただ偶然に紫色の瞳を持っている訳ではない。


美しい青龍の血を引く、数少ない竜人族の一人だ。

地下でむごい仕打ちを受けている竜人族と、村を焼かれた竜人族たちと全く同じ血を引く身である。

親族以上の結びつき。家族と言ってもいい関係性だ。


しかし、男は首を横に振る。

「興味ない」

本心からの返事だ。

男は同族を仲間だと思ったことがない。むしろ、同族を手にかけ、人も多く殺してきた。

同族からは恨まれ、人からは恐れられる存在である。

全ては一つの夢の為に動き、その欲を見抜かれたガンザズ伯爵に雇われた。


「ブヒブヒブヒッ、わっち以上に冷酷な男ね~。そういうところ好きよ」

二人は相性が良い。

それは、二人とも一般人から見ると、下種の類だからだろう。

下種同士気が合うというわけだ。


「全てはどうでもいいこと」

「それもそうね~。わっちもこんな小さな仕事を早く終わらせて、貴族の派閥を固めたいのにね~」

ガンザズ伯爵領で商われる高級フルーツを一個丸ごと口に放り込み、笑顔でまた一つ食べた。どこにそんなスペースがあるのかと勘繰りたくなるほどのペースで食べ続けている。


とりあえずやることはなく、全ては報告待ちだったが、ここで気の利いた部下がもう一人やって来る。

竜人族の男とミュートと、そしてもう一人抜きんでた用心棒がいた。

「ガンザズ伯爵、少しいいか」

逞しい体つきの男で、傷だらけの上半身を露出した獣人だった。

熊と人との獣人で、口元には鋭い牙も見える。


逞しい体には防具も武器も必要ないという彼の考えなのだろう。身に着けているのはズボン一枚で、靴すら履いていない原人スタイルである。

彼のこの異常な振る舞いも、結局は許される。

それは強いからに他ならない。


「なんだね~。ライカムがわざわざわっちに許可を取りに来るなんて珍しいね~」

「竜人族を守ったという賊だが、似た特徴を持つ者が街に入り込んでいるという話がある。傍にはミュートの野郎もいるとか」

「あらら、興味深いね~」

「そこで相談なんだが」

ここからが本題だ。


そんな情報があるならライカムは黙って賊を狩りに行くような性格の持ち主である。

いちいち許可など求めない。


「ミュートが敵だと判断できた場合、狩っても文句を言うなよ」

「ブヒブヒブヒッ、それが言いたかっただけね~。いいよ、いいよ。所詮は金の繋がり。裏切っていたら好きにしていいよ~」

「ふん、その言葉が聞けて満足だ」

ライカムはとっととこの場から去っていく。

その雰囲気は狩りを楽しむ猛獣のようであった。


「……本音はミュートを狩りたいだけだね~、あれは」

「あの二人は、どちらが上か前々から譲らなかったですから」

「ブヒブヒブヒッ、哀れね。どちらもそなたには勝てないのにね~」

「……無論だ」


高みから見学する二人。

敵を鬱陶しいと思いつつも、二人の心には常に余裕がある。

まるで自分たちには些細な出来事かのように捉えている節がある。


二人にシールドとフェイが接近している。かつてない程に。

高みにいられる日は、そう長くないのかもしれない。

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