114話 バリア魔法でイカサマ!?
運命の回転が始まる。
フェイのやつ、躊躇なく、またもオールインしやがった。
俺の金!!ちょっとくらいご配慮下さい!
コロコロと子気味良い音がルーレットの上から鳴り響いてくる。
ずっと聞いていたような、気持ちのいい音だ。もしかしたら、この音もルーレットに嵌る要素の一つなのかもしれない。
回転の勢いが徐々に弱まり、球の行方は……またも赤に止まった。
「うおおおおおおおおおおお!!」
心の底から湧いてくる雄叫びを上げた。
感情のままにミュートを抱きしめ、グルグルと振り回して回転させる。
俺って意外と力あるじゃんとか思ったが、平常な心では発揮できない力だろう。
ギャンブルはやはり人の脳内をぶっ壊す何かがあるみたい。
「フェイ様、私のためにもずっと勝ち続けてください」
フェイが勝つと俺もミュートも嬉しい。ギャンブル、最高かもしれない。
「当たり前じゃ。我が負ける訳なかろう」
なんと頼もしいのか。
そういえば、こいつはなんで勝てるんだ?
もともと持っている金運が良いと言えばそうなのかもしれないが、しかしそうじゃないと思わせる要素もある。
フェイはカジノに入った時、迷わずルーレットへとやってきた。
派手なやつだからな、一番派手な席に座ったというのもあり得たが、それだけではないかもしれない。
そう、こいつには尋常ならざる動体視力がある。
物体の動きを見て、少し先の結果を予測することくらい可能なのではないか?
そんな気がする。
それなら無限に勝てる!!運ではなく、確かな実力なのだから。
俺たちの資金、無限に増えるぞ!!
と、ならないのが現実だ。
悪いけど、現実はもっといろいろと壁が立ちはだかる。
そもそもカジノというのは控除率があり、胴元が絶対に勝つような仕組みになっているものの、こうも連続で大きな額を勝ったためか騒ぐ客の奥で、カジノ側の人間に不穏な空気を感じた。
そう、結局これを乗り越えなければな。人の悪意を。
「フェイ大丈夫か?」
そっと耳打ちした。
俺が感じ取れた異変だ。歴戦のつわものであるフェイが感じ取れないわけもない。
「かっかかか、我を誰だと思っておる。最強ドラゴンバハムートじゃぞ」
「お、おう」
黄金の眼をキラキラと輝かさせて楽し気に笑うフェイは、このカジノの王であるかのよう堂々とした立ち振る舞いだ。
なんだか、見ていると安心する。
俺も今や国王だ。この姿を見習わないといけないなと思わされる。
トップが堂々としていると、下の者って安心するんだな。
そう、このカジノにおいて俺は小作農くらいの立ち位置。
ゲームのルールも曖昧で、経験も乏しい。何より、心が負けている気がする。
フェイ様~!!どうか我々に勝利を~!!
心がここまで乙女になったのは初めてかもしれない。
バリア魔法が通じない世界ってこんなにも怖いんだな。
一方で、フェイは世界を統べる王だ。
見ているだけでひれ伏したい気分になってくる。神様、王様、フェイ様である。
「ほれ、野次馬ども。これで何かパーと買ってくるがいい」
フェイが豪快にチップを投げる。
ただのチップだが、それらは金貨と換金できるほどの価値あるものだ。
何か買って来いという金額にしてはいささか多すぎる。てか、それ元は俺の金だけど!
ちょっと、フェイさん!?
しかし、この場において王はフェイである。
そしてフェイがいれば、黄金など無限に稼げるような気さえしてくる。
頭が麻痺してくる。金銭感覚が狂いそうだ。これが賭け事の麻薬だろうか。
「さあさあ、我を待たすでない。退屈は嫌いじゃ。次のゲームを始めよ!」
圧倒的支配者の一言で、ディーラーも自然と体が動く。
この場において誰が主であるかを、全員が理解し始めている。
ルーレットが再び回り始める。
ディーラーが球を転がす。またあの子気味良い音が聞こえてきた。
お金と勝利を届けてくれる、縁起のいい音だ。
「かっかかか、最高の気分じゃのう。次は大きく狙ってみるか、ファースト・ダースにオールイン」
きたああああ。フェイ様のオールインです。
ファースト・ダースってことは、球が数字の1~12に入れば勝ちということだ。
そしてこの賭け方の素晴らしい点は、リターンが大きくなるという点。
先ほどのカラーを当てた場合はリターンが2倍だが、ダースで当てると3倍のリターンとなる。
預けた金が既に4倍になっているから、これに勝ったら12倍!?
わっつ!?働かなくてもお金が増える。ここは天国か!?
そして不思議と、負ける気がしない。
フェイがそこにオールインしたならば、きっとそうなのだ。それこそが真理なのだ。
「ノーモアベット」
ディーラーから締め切りの合図があった。
それは勝利へのカウントダウンの始まりの言葉のようだった。
ルーレットの回転が徐々に収まる。
球が勢いをなくしていき、その住処に選んだ先は……数字の26。
「うおおおおおおお……あれ?」
ミュートを強く抱きしめ、振り回そうとしたところで冷静になった。
これ、負けてね?
オールインして外してね?
あれ、お金全部溶けてね?
……夢は覚めるものです。淡く綺麗な夢でも、結局は夢なのです。
儚く露と消える、嗚呼無常。盛者必衰の理。あの大国家を築いたヘレナ国も今じゃ、廃れていく一方だ。絶対はこの世にはなかった。
「シールド様……」
心配そうな声色でミュートが声をかけて来た。
わっ、泣いちゃった。
フェイも下をうつむいている。プルプルと震えているのは、もしや悲しみか?
そんなタマな訳もない。こいつは絶対に怒りに震えているに違いない。カジノがぶっ飛ぶぞ、そう心配した瞬間、カジノ中に響き渡るほど大きな音量で笑い声が響いた。
天井に向け、大きく口を開いたフェイがゲラゲラと笑う。
「あー、おもしろいのう。まさか、我にこんな無礼を働く連中がいようとは。世界はまだまだおもしろいことだらけじゃ」
フェイの笑い声につられて野次馬も活気を取り戻したが、俺だけは生気を失ったままだった。
いや、俺だけではない。
フェイの言葉を真面目に聞いていた人はあまりいなかったが、心当たりのある連中は確かに反応していた。
フェイに無礼を働く。
どういう意味かと思ったが、事前の様子からしても、おそらくイカサマがあったのではないか。
その考えが思い浮かぶと、確かめずにはいられなかった。
しかし、それを制するように、フェイが俺に言う。
「シールド、残りの金を全部出せ。勝負じゃ。逃げる訳にはいかん」
振り向いてこちらを見やるフェイの視線は、完全にドラゴンの眼になっていた。黄金の瞳が自ら光を発しているようにぎらついている。
ギャンブルを楽しみにきた者の眼ではない。それはドラゴンとしての眼。
圧倒的強者、支配者である者の定めを負った生物が、狩りに出る表情である。
舐められたままでは終われないという覚悟の色が見て取れた。
おいおい……。
今まで見たフェイの一番格好いい表情が、カジノの中だなんて……。
しかし、一瞬、美しいと思ってしまった。
リヴァイアサンさんのコンブちゃんが、いつもフェイが美しい美しいと口にする理由がわかった気がする。
その黄金の瞳に、吸い込まれそうな強烈な引力があるんだ。
俺も覚悟を決めた。バッグの中から金を取り出す。
小袋内の金を全て出し、チップにして貰う。
換金の間に、フェイが立ち上がり、こちらに寄って来て俺たちだけに聞こえる声で話しかけて来た。
「イカサマじゃ。つまらん。シールド、お前のバリア魔法でなんとかせい」
「……!?」
やはりイカサマがあった。
しかし、それだけ言うとフェイは再び席に着席する。
席には換金されたチップが大量に置かれていた。
……え。
指示それだけ。ていうか、こちらもイカサマを!?
お前のバリア魔法でなんとかせいって、どういうこと!?
バリア魔法ってそういうものじゃないんですけど!!
しかもフェイはイカサマがあるとわかりつつ勝負するのか?
どんな胆力だよ、それ。
「かっかかか、愉快。愉快。我は気分が良いぞ。そうじゃ、次のゲームは命を賭けてやらぬか?」
フェイの言葉に、ディーラーが凍り付く。
言葉だけの重みではないだろう。今日のフェイは、どこか違うのだ。彼女から発せられる黄金のオーラが、今日は一段と重圧感があり、周りの人間を飲み込む。
場を制すとはまさに今の彼女の姿だった。
「い、いえ……勘弁願います」
「なんじゃ、つまらんのう」
「では、ゲームをスタートします」
弱弱しい声と共に、ルーレットが回転する。
そういえば、イカサマの内容が分かっていない。
一流のディーラーともなれば、狙ったホイールに球を入れられると聞いたことがある。
しかし、ここのカジノは球が投げられた後にもベットできる。ディーラーからのストップがあるその瞬間まで。
ということは、投げた時にいかさまが起きるのではない。
だとしたら……。
球か?
ダイゴみたいな技術者がいるのかもしれない。
魔石をいじくりまわし、球の内部に仕込み、それで操作でもしているのか?
可能性はあった。
しかし、断定はできない。
「ふむ、つまらんゲームは終わりにするとしようかのぉ。ストレートアップ。24にオールインじゃ」
そう言い終わると、フェイはまた豪快に笑った。
心の底からゲームを楽しんでいるようだった。
とんでもない賭け方をしやがる。ピンポイントに数字を当てれば36倍のリターンである。それ故に、当たる可能性は極端に低い。
なぜ笑っている。お前の運はそれほどまでに強いのか?
フェイは悠長にしているが、俺はそうもいかない。
天から与えられた運だけではどうしようもなくなった。
相手がイカサマする以上、運ではなく、人為的な結果が生み出される。
「ノーモアベット」
ディーラーからのコールがあった。
ここからが勝負である。
イカサマを探る。
……わからない。あまりにも経験が浅い。見抜けない。
イカサマの内容が見えて来ないまま、ルーレットの勢いが弱まっていく。
このままでは。
俺はすがるような思いで、バリア魔法を使う。
な、なんとかなれー!!
ホイールの上に、ばれない程度に小さなバリア魔法を作った。
見破られないように限りなく透明なバリア魔法を。
俺がバリア魔法使いだとわかる人間が集中して、わずかにわかる変化だ。
バリア魔法の側面当たった球がわずかに軌道を変える。
その瞬間、ディーラーがびくりと体を動かしたのが分かった。
やはりイカサマをしている。変わってはいけない軌道が変わってしまったようだ。
すぐさまバリア魔法を消した。ばれない様に。
なんとかしろと言われたが、器用なことはできない。俺に出来るのはここまでだ。
あとは、公平な勝負に結果を委ねるしかない。
天はどちらに味方するか。球の行方は、人の手が関与できない運命にゆだねられた。
今度は、死の宣告を告げるカウントダウンのように球が音を響かせる。
汗が額を流れた。
野次馬たちも沈黙してその結果を待つ。
ホイールの上を転がった球が、最後に仕切りの上でポツンと制止する。
完全に止まったかと思われたが、次の瞬間、球は24と書かれた数字の上に落ちた。
確かに24だった。何度か目をこすり、結果を確認する。
……泣いちゃった。
俺氏、感動で泣いちゃいました。
「うおおおおおおおおおおお!!」
嬉し涙と共にミュートに抱き着く。頬をすりすりして、俺の心のそこからの感動を共有した。
「シールド様、私は幸せ者です」
俺も幸せ者だ!
フェイも立ち上がって、盛大に笑う。
黄金のドラゴンは今、この場の何よりも輝いている。
純度100の黄金の上を行く、純粋なる黄金の王が笑っていた。
フェイも抱き上げ、二人をクルクルと振り回す。
お金とかもうどうでもいいです、感動をありがとう!
盛大に喜ぶ俺たちに、怪しげな影が近づいてくることに気づくのは、もう少しだけ後のこと。