113話 バリア魔法のない街は大変です
「はえー、でけー」
ガンザズ伯爵の街は、少し驚くほどの規模だった。
広く壁を展開し、その中に街ごと囲っているようだ。
オレンジ炉の壁に囲まれた綺麗な城塞都市である。俺たちが先の戦いで使った城塞都市は山の地形を利用したものだったが、ここは広く平地を囲っているので守りは堅く、人の行き来もしやすい造りとなっている。
はえー、バリア魔法のない土地って大変なんだねーとしみじみと思ってしまう。
高く積み上げられた壁は、俺とミュート、フェイが三人縦に積み重なっても壁上まで届かないサイズだ。
もう一人いたら届くかも。建設するの大変だっただろうな。
この巨大な街に入るには、まずは門番を突破しないと駄目みたいだ。
大きな壁の唯一の入り口には、怖い顔をした門番が二人。いかにも俺たちを怪しんでこちらを睨みつけている。
「トラブルなくいこう」
「なぜじゃ。我が誰かに謙るなんてあり得んぞ。殺す」
「シールド様が誰かに謙るなんてあり得ませんね。殺す」
……この二人、血の気が多くて嫌。
俺たちの目的は食料調達と、おまけにガンザズ伯爵の情報も手に入ったらラッキーなくらいに思っている。
宣戦布告しに来たわけではない。
二人は争い上等なので、俺だけが門番との交渉にあたる。
「身分証を出せ」
傍に近づく、高圧的な態度で門番が声をかけて来た。
これが彼らの仕事なので仕方がないが、それでも俺の背後からミュートが凄い殺気を飛ばしていた。フェイはそこら辺をフラフラしていてくれてよかった。
こんな態度を取られたら、彼らの首は既に飛んでいることだろう。
実はクイたちから偽造の身分証を預かっており、それを提示する。
彼らは街から物資を調達する際にこういったものを利用するらしい。手先が器用なのは便利だ。
冒険者で宿を求めてやってきたという説明をするが、身分証を凝視される。
「怪しいな。少し荷物検査をする」
特に怪しい物は持っていないので、素直にバッグを渡した。
中には保存食と、着替えと金しか入っていない。いかにも冒険者って感じだ。
「武器や防具は?」
「魔法使いだ」
「この袋は?」
小袋を手に取り、ジャラジャラと音を鳴らす。
「金貨だ」
「……なっ!?」
勝手に開け放ち、金貨の入った小袋を見て、門番が目の色を変える。驚きの声を漏らしたことにも気づいていないくらい、動揺しまくっている。
俺の顔をみて、金貨を見ての繰り返しだ。
「な、なんの金だ」
「ガンザズ伯爵への献金ですよ。まああまりお気になさらず」
「……よい。次は身体検査だ」
門番が下卑た視線でミュートとフェイを見つめた。
なるほど、そちらが目的だったか。
職権乱用甚だしい。この土地がどういうとこか分かってきたよ。
豚野郎にはそれなりの制裁をいずれ与えるが、一時の夢は見させてやろう。
金貨を2枚手に取る。
「お仕事、いつもご苦労様です」
二人の手にしっかりと握らせる。
まさかの出来事に、二人は心驚かせる。軽く涎を垂らす様は、まさに豚野郎だ。
「これで入っていいな?」
俺がにっこりと笑っているうちに通してくれると助かる。俺がこれ以上にっこりすると人の首が飛ぶんだ。
「へへっ、わかってるじゃねーか」
そういって、ようやく道を開けてくれる。
正規の入場料も払い、ようやく許可を得た。
3人で門を通るが、フェイとミュートはどこか納得行っていないようだった。
「我は壁を壊してもよかったがのぉ、この壁特殊な加工をしておる。手首を痛めるくらいには硬いのぉ」
もしかしたら、クイの妹の技術なのだろうか?
「青龍の知恵かの」
フェイも同じ考えみたいだ。
やはり竜人族の技術が活かされているのか。
そして、フェイより心荒れている人がもう一名。
フェイは単純に王である自分がなぜ許可を求めるのか。まあ通すなら許すって感じの感情だ。
しかし、ミュートはどこまでも怒っていた。
殺気をプンプン醸し出している。
おそらく、あのまま身体検査をさせていたら門番二人の命はなかっただろう。少なくとも、4本の腕が地面にぼとりと無機質に落ちていただろう。金貨を渡したのはこちらのためというより、彼らの命を助けてやったまでだ。
「シールド様、あのような下種な連中に金貨など」
「いいんだよ。預けてるだけだから」
「預けてる?」
そう預けているだけ。すぐにわかるさ。
街にやってきてようやく食料調達できるが、先にやることはまだある。
この広い街で両替商を見つけねば。行きかう人に金を握らせればすぐに教えてもらうことができた。
街の栄えているエリアにて、両替商の店に入る。
中は他にも商売しているようで、繁盛していた。
通された俺がミライエの金貨を出す。
鑑定用の拡大鏡で金貨を観察する職員は、その制度の精巧さに感動していた。
「これは素晴らしい金貨です。純度が非常に高く、形もきれいだ。ここらでは見かけない金貨ですが、一体どこから?」
「遠くから旅をしてきていてな。ミライエって土地の金貨だ」
「ミライエですか。知らない名前ですが、憶えておいて損はないですな」
職員は急いで店の奥に引き返し、金貨を取ってきた。
「ガンザス金貨です。こちらも非常に純度が高いですが、ミライエのものには若干劣ります。両替の費用を差し引いて、うーむ、少しおまけしましょう。珍しい金貨ですしね。等価での交換でいかがですかな?」
ふむ、悪くない話だ。
判断するのは、フェイに任せる。
金貨を一枚投げてやり、その黄金の眼に託す。
金貨を手により、指でつまんでその金貨を眺めるフェイ。
「ふむ、純度は悪くない。78ってとこかの」
100に対する割合の話だ。ミライエのものは80なので少し損だが、まあ悪くない。
金貨を投げ返された。
しっかりと掴み、受け取る。
フェイのこの黄金を見抜く能力と、黄金の加工知識で今、我が領地の黄金は非常に純度が上がっている。
金が集まるだけでなく、こういった技術も進歩している。こっちの大陸じゃ知られていないが、ミライエの黄金は領地の信頼度と合わさって非常に価値のある金貨となっていた。
「よし、取引しよう」
「そちらのお嬢さんは?」
「ああ、気にしないでくれ。ただの黄金好きだ」
「馬鹿を言え、黄金が我のことを好むのじゃ」
らしい。
そういえば、あいつの周りには黄金が集まることが多い気がする。
なんか不思議な引力があるのだろうか?自然と金が貯まるんだよな。バリア教に次ぐ宗教団体がフェイに貢ぐんだと。フェイはそういうのに興味ないけど、金だけ貰っているらしい。なにもせずとも金が入る、それが最強ドラゴン。なんて羨ましいんだ!
両替商といい取引をして、俺たちは店の外に出た。
そして、発展している道を歩いていると、フェイがピクリと耳を反応させ、立ち止まる。
「フェイ?」
これから食材の買い出しなんだが。
「ほう」
フェイが立ち止まり、視線を向けた先には、なんとカジノがあった。
……ギャンブルかよ。
「シールド、金貨を貸せ。倍にして返す」
「いや、無理無理。金がなくなったら、俺たちの食料だけでなく竜人族も困るんだが。あと一か月食いつないでいく必要があるんだぞ」
「そんなせせこましい考えは捨てよ。仕方ない、3倍にして返す。それでどうじゃ?」
そういう問題じゃないけど!
絶対溶かすやつだけど!それ!
「フェイ様、良ければ私のお金を全てどうぞ」
ミュートがなぜか懐にしまっていた金貨を取り出した。彼女は凄腕のアサシンなので、それなりに稼ぎがあるみたいだ。
強者と認めるフェイに金を差し出すのは嫌ではないらしい。というか、金に興味がないだけか。
「おいおい、やめとけ」
こいつのギャンブルに他人様を巻き込ませてたまるか。いや、ミュートはもう他人ではないが、流石に知り合ったばかりの人の金をギャンブルには入れられないけど!
「仕方ない、俺が出す。フェイ……3倍だよな」
「当たり前じゃ、4倍にして返す」
……その数が増えるごとに、俺の不安も大きくなるのはどうしてだろうか。
あきらめて、俺たちはカジノへと入っていく。
目に映る床の赤いじゅうたんはどこか血をたぎらせ、心を興奮させる。
フェイはここに来たことがあるのかというくらい慣れた足取りでカジノの奥へと進む。
華やかなカジノの内装と、フェイの美しい姿が調和していた。まるでフェイを輝かせるためのステージのようだ。
奥にある、一番大きな台の席に座った。
そこには、ディーラーが球を流し、回転する台の上には数字と仕切りがあった。
ルーレットである。
ヘレナ国にもあったが、俺はあまり遊んだことがない。
どうやら球が入ったマスの数字と色を事前にあてるゲームのようだった。
「次、参加するぞ」
「はい」
慣れた手つきで俺の預けた金貨を全てテーブルに乗せ、ゲームベット用のチップと交換して貰う。大量のチップがフェイの前に並んだ。凄い量だ。そりゃ、俺たちの全財産の半分だからな。今更だが、大丈夫か?これ。
ま、まあ、いいか。最悪計画はあるから、もう心配するのはやめよう。
次のゲームが始まる。ルーレットが回転する。球が投げられて、ディーラーからベッド終了のコールがあるその瞬間まではベッドできる。
回転するルーレットの上を球が走り続けた。
音だけが心地よく響き、ディーラーとフェイが静かに見守る。
ベッド締め切り間近、フェイがベットした。
「赤にオールイン」
「ノーモアベット」
赤にオールインか。
……赤にオールイン!?
数字だけでなく、マスには色もある。色が当たる確率は半分半分。
当たったら倍のリターンだ。
数字を指定するより当たる可能性は高い。しかし、いきなりオールイン!!オールインってまじ!?
ふぁっ!?
コロコロと音を立てて球がルーレットの上を移動していく。
徐々に回転が弱まってきた。数字と色が俺の眼にもはっきりと見えてくる。
ドクンドクンと俺の心臓が高鳴った。
止まるな!いや、止まれ!いや、そういうゲームじゃない。赤に来い!こういうゲームだ!
内心かなり混乱してしまっている。
そして……球がマスに入った。
そこの色は、なんと、赤だった。
「うおおおおおおお!!」
気づいたら、俺は叫んでいた。
ミュートを抱きしめ、喜びを分かち合う。
「すげっ。すげええ!最高だ!」
「はいっ、最高です!」
ミュートは顔を赤く染めて喜んでいた。こいつもギャンブル好きなのか?
「何を喜ぶか。当たり前じゃ」
そう言っているフェイはまんざらでもない顔をしている。
本当は喜んでいることを、俺だけが知っている。なんだかんだで長い付き合いになるからな。
フェイが悪い顔して高笑いしている。黄金はやはり、この少女に集まってくるみたいだ。
高額チップが倍になって戻ってきた。
額が上がったので、チップの色も高額のものへと変わっていた。
カジノの他の客が、騒いでいる俺たちのもとに集まる。わらわらと野次馬が集まり、ここがメイン席というのもあり、徐々ににぎやかになってきた。
何が始まるのかという周りの期待と共に、ゲームは進む。
「ネクストゲーム」
またルーレットが回転しはじめた。
余韻冷めやらぬまま、次がくる。
一回休憩してもいいのでは?ちょっと休もう。
一回勝ちに浸ろう?
そう思っていたのに球が投げられた瞬間、あいつは動いた。
「赤にオールイン」
オールイン!?
クラッと来た。
俺は一瞬、立ち眩みをして意識を失いかけた。