112話 バリア魔法の信頼度
「その人はもしや……疾走する影!!」
朝、地下から出て来たクイとリルの竜人族姉妹がミュートの姿に驚いていた。
彼女はアサインで潜むのが仕事みたいなものだが、存在は有名らしい。
ちなみに、俺たち3人は地上にてバリアハウスで寝泊まりした。
床は堅かったが身を寄せ合って寝たので結構快眠だった。
「我が真ん中じゃ。お腹が冷えると明日に響く」
「いいえ、シールド様の隣はわたしですので、真ん中を取られると困ります」
と二人が揉めていたのを思い出す。
結果、ミュートと俺が隣合せになり、その上にフェイが乗った形で一夜を過ごした。
人生初めての経験である。
漬物石に押されて発酵していく自分の夢を見るのもこれが最初で最後だろう。
「なぜ……。ガンザズ伯爵の抱える剣客の中でも最強の3人のうちの一人ですよ!?まさか」
クイは気づいたみたいだ。
敵であるはずのミュートがこちらにいるということはつまりそういうことだろう?
「フェイ様が倒したのですか?それでこちらに寝返ったと」
俺!んー、俺、俺だね!
それオレ!カフェオレ!
「そんなとこだ」
自重する俺は以前より少しだけ美しくなった気がする。魂的なのが?
「違います。私はシールド様に惚れているのです。勘違いなさらないように」
ほ、惚れてる!?
昨夜やたらと体を密着してきたのはそういうことだったのか。いや、薄々気づいてはいたけれど。でもフェイが上に乗っているせいで全然そんな気持ちになれませんでした。
「惚れている?よくわかりませんが、疾走する影はこちらの味方になったと理解してよろしいのでしょうか?」
「ああ、その点は大丈夫だと思う」
一度、命まで捨てようとしていたくらいだ。
今更裏切るつもりもないだろう。ガンザズ伯爵とも金だけの関係だった。
金と強者を求めるミュートは、俺にとって都合が良すぎる。だって、俺の元にも金と強者が集っているから。彼女の欲するものは俺が全部持っている。
身元保証人になっても良いだろう。
今もすっかりと身を寄せて来ているし、仲間認定しておこう。ちょっ、近い!なんか柔らかいものが二つほどギュッと押し寄せてきています!
「私は絶対に味方ですよ。一緒にお風呂に入って、一夜を明かした仲ではありませんか。ふっ」
耳の中にあったかい吐息を注ぎ込まれた。
体の芯がむずがゆくて、ぶるっと震えてしまった。
ちょっ、やめて!そういうの慣れてないから!
影に潜み、疾走する影の異名を持つミュートだが、色恋沙汰は正面から挑むタイプらしい。
結構アグレッシブだ。
「この通り、すっかり身内になってしまった。ガンザズ伯爵の勢力を削いだと思ってくれて大丈夫だ」
竜人族を安心させるための言葉であり、事実の報告でもある。
「これは大きいですよ!シールド様の言う通り、この戦い勝機が出てきました!」
初めからそう言っている。
俺がいる限り、負けはないんだよね、負けは。勝利は保証できないが、敗北しないことは約束できる。
これイズバリア魔法を使いの鉄則。
俺のバリア魔法が突破されない限り、負けないんだよね。永遠に。
そして、興奮しているところ悪いんだが、お腹が空いてきた。
「クイ、飯を食べたいぞ」
「……はい、すぐに準備いたします」
一瞬間があった。それを見逃す俺ではない。
「どうした、何かあるなら話を聞くぞ」
「いえ、なにも」
「馬鹿を言え。これでも俺は国王をやっている身だぞ。部下の悩みを聞くのも仕事だ。もう他人ではないんだぞ、俺たちは」
強い視線を向ける。
俺たちはもう同じ国に住まう者同士だ。
他人行儀なのは勘弁である。
「シールド様には迷惑をかけられません」
「いいから申してみよ」
フェイが助け舟を出してくれる。やはりドラゴンの血が流れているからか、それとも仲の良かった青龍の子孫だからだろうか。フェイは彼らに歩み寄ることが多い気がする。ミライエの民には冷たいのにな!
「はい、そうします」
そして、納得いかないよ!俺が言っても話し始めないのに、フェイが言うと二つ返事じゃないか!納得いかない!
「実は、それほど食料の備蓄がないのです。しかし、シールド様とフェイ様には優先的に食料を回しますのでお気遣いなく」
「それを聞いて食べられるほど、俺らは非情な連中じゃないよ」
「我は食べるけど」
……なんだこいつ!なんだこの最強ドラゴン。
「クイ、いいから俺たちのことは俺たちに任せろ。お前たちの食料事情もなんとかしてやる」
「なんとかするというのは……」
まさか、俺に期待していないか?
奇跡のバリア魔法使いだぞ。
言っておくが、バリア魔法に不可能なんてないんだ。
俺は天に手をかざした。
空から幕が垂れてくるようにバリア魔法が広がっていく。
聖なるバリアの誕生だ。
大鏡のゲートがあった場所から、この集落、そして周りの森を包み込むだけのサイズ。
国全体なら時間がかかるものの、この程度の規模なら数分もすれば完成する。
驚く竜人族たちとミュートの前で、この大陸初の聖なるバリアを完成させた。
「よしっ、これで外敵を防ぐことが可能だ」
「すっすごい……」
俺のバリア魔法と戦ったミュートにはわかる凄さだった。
フェイも感心している。最強ドラゴンの全力パンチでも壊れないバリアだ、安心して守られてくれ。
「んじゃ、守りは固めたし、ガンザズ伯爵の刺客はここに来られない。存分に食料を作っていくぞ」
地下でも家畜を殖やし、作物を育てられた彼らだ。地上なら、どれほどのものが収穫できるか。
急ぎの食料対策も考えている。
しかし、クイの反応はそれほど良いものではなかった。妹のリルも同様。
二人の美しい紫色の瞳は、どこかまだ絶望を抜け出せていない。
俺たちの大陸では、聖なるバリアが見えた途端、祭り騒ぎもんですよ?
「バリア魔法でガンザズ伯爵からの攻撃を防げるのでしょうか……」
なるほど。どうしても不安が拭えないと。
この世界にやってきたときに戦闘は見せたはずなんだが、彼らは襲われてそれどころではなかったのかもしれない。正確には見れていなかったのかな?
くそー、昨夜のミュートとの戦いを見せられたら良かったんだが、奇襲だったからな。
おおっい!みんな起きろ!俺が今からバリア魔法でガンザズ伯爵の雇った強敵を倒すぞおおおお!!とか叫べばよかった。
滅茶苦茶痛いやつなので、それはそれで信用失いそうだから絶対にやらないけど。
「我が安全を保証するから、お前たちは安心して好きに地上を使うが良い」
フェイの言葉で、二人の紫色の瞳が輝きだす。
決めた。俺、決めました。
次に敵が来たら、竜人族を招集します。強制招集です。
バリア魔法の凄さ、伝えます!
「まあ背に腹は代えられないだろう?いいから地上を使ってみろ」
最後にもう一押ししておく。
「はい、我々の魔道具を使えば、家畜は1か月、作物は2か月で収穫可能です。……飢えるよりかは、危険でも地上に出るほかありませんね」
「よろしい。では俺は食料の調達に行ってくる。近くに街とかあるか?」
「街ですか……」
なんだ?なにか問題がありそうな反応だ。
この世界、課題が多すぎないか?
「街はあります。それも大きな都市です。しかし、そこにはガンザズ伯爵の根城があります」
「なるほど、敵の総大将がいる街か」
それならポイ捨てとかしてこよう。迷惑行為から始まる宣戦布告だ。
何も問題ないじゃないか。むしろ街が楽しみになってきたくらいだ。
「面白くなってきた。フェイ、ミュート、お前たちも行くか?」
「シールド様とならどこまでも」
従順なアサシンである。
「ふむ、大きな街があるならうまい飯もある。ここの飯も美味いが、我ばかり食べても気分が良くない。仕方ない、行くとするか」
金貨はたんまりと持ってきている。
買えるものは多いだろう。アザゼルとベルーガが余分に持たせてくれたものが活きそうだ。何より、1か月後にゲートが開けば、そこからミライエの食料をこちらに運べる。当面の間凌げれば十分なのである。
「ちょっと待ってろ、クイ。いろいろと役に立つものを持って帰ってきてやる」
「それでしたら、トウモロコシを買ってきて下さいませんか?」
トウモロコシ。
そういえば、収穫しやすいと聞いたことのある作物だ。
ミライエではあまり食べられていないが、たまに流通しているのを見ることはある。
「この大陸で主要な穀物です。とくにガンザズ伯爵の開発したトウモロコシは、この大陸の歴史を変える程の品種です。彼が一代で財を築き、今の地位にいる理由となったものです」
そんな凄いものなのか。
なら、ミライエに持って帰ろうっと。エルフ島で育てます。決定です。
麦も米もトウモロコシも、全部俺のもの。
トウモロコシの話をしたとき、妹のリルが顔をうつむかせていた。
それが気になっていたので、聞いちゃう。
ズバズバと聞いちゃう、ノンデリ系国王。それが俺である。
「トウモロコシで嫌な思い出でもあるのか?リル」
「あれはガンザズの発明なんかじゃない!」
大人しい雰囲気の彼女に似合わない強い語尾だった。
「と、言うと?」
「攫われた妹が開発した品種です。あの英知を集めたような品種は、絶対に妹が開発したものです。それでこの20年であの男は力をつけ、全てを自分の手柄にしているのです」
悲しき過去を連想させる話だった。
俺に新しい仕事ができた瞬間でもある。妹が生きているなら、そんな天才を放っては置けない。連れて帰ります。全ての才能は俺の元へ!
しかし、どうしても見過ごせないことがある。
20年前というワード。
兄のクイが見た目20歳そこらだ。妹のリルは16歳とかまだ思春期を抜けきっていない雰囲気がある。
なのに、20年前。
「ところで、二人はどれくらい生きているんだ?」
「え?僕は56年、リルは48年ですが」
ああ、なるほどね。そういう系ね。
我ら人類はなんと儚い命か。そんな気分にさせてくれる情報だった。