110話 バリア魔法の評価低すぎ!?
竜人族の発明で特に気に入ったのが、チーズ製造機だった。
俺もフェイと変わらない。結局うまいものに一番興味を惹かれたのだった。
「うんま。このチーズめっちゃ伸びるぞ」
こちらの世界に来てやたらとお腹の調子がいいのは、彼らの作る発酵食品を多く食べているからだろう。
地下に隠れ、逃げ回る生活の中で、竜人族の食事には発酵食品が多く食べられる文化が出来ていた。
豆を腐らせたり、牛の乳を腐らせたり、野菜や、魚、お肉、彼らはとにかく発酵技術に長けており、食材を長持ち且つ美味しく仕上げていた。
魔道具の開発だけでなく、食事面でも凄い進化を遂げている。
竜人族、やっぱり好きだ。
何より見た目が美しいし、ドラゴンの血が混じっているのも尊い。世界にはこんなに美しい種族がいたのか。
俺、決めました。
竜人族、ミライエに連れて帰ります。全員連れて帰ります。
一か月後に再び大鏡のゲートが開かれる。
行きこそフェイの魔力に頼ったから人数制限があったが、帰りはエネルギー源が出来ている。ダイゴのことだ、きっと上手に仕上げてくれていることだろう。
今度は人も物も移動の制限がなくなる。
あれ、ということはあちらの人材をこちらにも送れるわけだ。
ブルックスの願っていた貿易もできる。
……ゴクリ。
少し危うい考えを持ってしまった。
こっちの土地、余ってない?余ってたら俺が使っちゃうけど!
アルザス地方を手に入れたばかりだけど、土地っていいよね。
やりたいことが無限にできてしまう。
エルフの島もミライエもまだまだ活用できる土地はあるものの、こちらの土地に適した作物もあるだろう。
ガンザズ伯爵、ちょっとだけ土地分けて貰えませんか?
それは彼に直接交渉してみようと思う。絶対に激おこ案件だけど。
地下の技術を味わうのも良かったけど、次第に地上が恋しくなる。
日の光を浴びながら、この伸びるチーズを食べたかった。
地下の階段を上がり、地上の空気を吸うとどこか生き返った感じがする。
やはり地上最高だ。
今後は竜人族にも地上で過ごして貰いたいものだ。
日を望んでいたが、外は既に日が沈んでいて、暗くなり始めている。
「もうこんな時間だったか」
そういえば、竜人族は風呂も地下で済ませていた。
発熱する魔石を使い、風呂を作っていたな。
クイに頼んで地上にその装置を運んでもらった。
バリア魔法で四角いケースを作り、フェイにそこへ水魔法で水を貯めて貰った。
普段ならこんな願い聞いてくれるはずもないが、風呂に入れるとなると協力的だ。現金なやつめ。
水温を調整する魔石を入れると、あれよあれよと心地の良いお湯ができ始めた。
「うひょー、最高の露天風呂だな」
静けさに包まれた集落で、星空の綺麗な空を見上げる。
地下引き込まっているより、こちらの方がいいだろ?
早速服を抜いで、お湯に飛び込んだ。辺りにお湯が飛び散る。
「ぷはー、最高だ。なんだかんだ言って、今日は疲れる一日だったからな」
「それもそうじゃ」
「うおっ!?」
気づけば、隣に裸のフェイがいた。
いつの間に!?こんな隣に来ていたのか……。
全く気付かなかった。
言ってくれればもう一つケースを作ったのに。
「なんじゃ、じろじろ見て。女の体に興奮しておるのか?バリア馬鹿が他のことにも興味があったとはな」
女の体ってほど、成熟してるわけでもなかろうに。
ぺったんこだ、ぺったんこ。ガキには興味ないね!
相手はドラゴンの仮の姿と分かりながらも、一応目は逸らしておいた。
気にしてませーん、全然気にしてませーん。
食事の時はいろいろとうるさいフェイだが、お風呂にはゆっくりと浸かる派みたいだ。
竜人族から貰った葡萄酒をちょびちょび飲みながらお湯を楽しんでいた。
その姿だけ見たら癒される。ドラゴンてお湯好きだよなー。
毒ドラゴンのセカイのやつもきっとこのお風呂を気に入ってくれることだろう。といっても、あいつは異世界勇者との戦争以降姿を消したんだけどな。
今度こそ異世界勇者であるひじりに勝つために、もう一度修行をしてくるらしい。
少しの間と言っていたが、ドラゴンの感覚なのでどれくらいになるかはわからない。
「お主も一緒に入らんか?といっても、3人では随分と狭くなってしまうが」
ん?
酒を楽しんでいたフェイが、誰に向けたかわからない言葉を発した。
クイとリルの兄妹は既に地下に戻っている。
「……驚きました。私の潜伏を見破られるのは、人生で初めての経験です」
「井の中の蛙め。お主程度の技、我らが見破られぬはずがなかろう。のうシールド」
「……あったりまえだろ。そりゃ、あったりまえだろ。ああん?隠れてるつもりだったのか。恥ずかしいやつめ。尻が出てんだよ、尻が」
木の上のから声がしたと思ったら、黒装束の人物が足音も立てずに地面に着地した。
うわっ、びっくりした!
全然気づきませんでした!そこにいたの!?
こうして姿を直接視認しても、闇に溶けるその格好と、存在感そのものもどこか薄い。認識しづらいような、見ているのにどこか焦点が定まらないような感覚。
これが達人というやつなのかもしれない。
静かに歩み寄ってきて、俺たちの風呂の正面に立つ。
「見事なり。……初めてかもしれませんね。戦う前に武者震いするのは」
「あほう。武者震いじゃない、体が死を予感して怯えておるだけじゃ」
「そうかもしれませんね。……私はアサシンのミュート。ガンザズ伯爵の手先と言えば、わかりますか?これから殺す相手に名を名乗るのは初めてです」
「敬意のつもりか」
それもあるんだけろうけど、おそらく彼女の潜伏を見破ったフェイの名前を知りたいのだろう。
それにしても驚いた。
ガンザズ伯爵の刺客が既に来ていることに。流石に早すぎる。ガンザズ伯爵の部下が手練れだらけという話も嘘ではないのかもしれない。
「近づいてより感じる。これほどの強者に出会ったのは人生で初めてです。出来れば、その名をお聞かせ願いたい」
「我が名はフェイ。真の名をバハムートという。くたばる前に、我の名を頭に焼き付けておけ」
「バハムート……。風呂から上がる時間をやる。私なりの礼儀だ」
「あほう。我が手を下すはずもない。シールド、やれ」
やれ、じゃないが?
温泉が心地よくて出たくないだけだろ。
それは俺も一緒なのだが!
「すまないが、この人は強そうには見えない。バハムート殿、名を名乗った私を侮辱するつもりか」
ぴきっと来た。
俺は風呂から出る。
もちろん服は着ない。
全て曝け出した、人間本来の姿で。
「……なんのつもりか」
「俺が雑魚だって?」
「ああ、そう言ったつもりだ」
ったく、この世界は遅れてる。
竜人族も、ガンザズ伯爵の刺客も、時代が遅れてるんだよ。
最先端の魔法ってやつを教えてやるよ。
「雑魚かどうかは、戦って試してみな」
「バハムート。この者を倒したら、私と戦うと誓え」
「ああ、よかろう。そんなことにはならんと思うがな」
顔の半分をお湯に沈めて、フェイがお風呂を楽しんでいた。
広くなった風呂で足を延ばし、贅沢にくつろいでやがる。
俺もさっさと終わらせて、あったかいお湯に戻りたい限りだ。
「信じられませんね、あなたが強いとは。ガンザズ伯爵から聞いております。汚れた一族が強い傭兵を雇ったと。それはバハムートのことだ」
「傭兵じゃない。俺は国王だ」
「は?頭大丈夫ですか?」
ぴきぴき。俺、久々にキレちまったよ。
「まあ、強ければそれでいい。私はガンザズ伯爵に雇われている者だが、別にあの醜い豚に忠誠を誓っているわけではない。あの豚の周りには強者が集まるからな。私を倒したら、この大陸で名が挙がるぞ」
「別にどうでもいい。さみーし、はずいからとっととかかってこい。口の多いアサシンは無能と相場が決まっているが、お前はどうなんだ?見せてみろ」
「……」
無言だったが、少し怒ったのが分かった。
俺も挑発は得意なんだ。
俺の部下で諜報活動をして貰っているアイラークはまさに無口そのものだ。
ミュートは良く話す。フェイを前にして気持ちが高ぶっているからだろうけど、挑発材料として使わせて貰った。
「音もなく散れ」
ミュートの姿が闇夜に溶けて消えた。