11話 バリア魔法の意外な効果
夫ってあの夫か?
結婚するってこと?
今日会ったばかりだというのに、驚きの申し込みである。
「私はかつてより、自分の剣が通用しない相手との結婚を心に決めていた。女王の命でこの地に来たが、よもや運命の相手と出会おうとは。是非私と結婚して、獣人の国イリアスへ!」
獣人の国の剣聖ともあろう人が、この俺に出会った日にプロポーズだと!?
生まれも良くなく、育ちはずっとバリア魔法を磨いていた俺が、ここ数日やたらと女性にモテてしまっている。
国内では全然モテなくて、舞い込んできた縁談に急いで食いついてしまったこの俺が!
このモテ具合は偏に、他国でのバリア魔法の評価が高すぎる故だろう。
国内ではこんな扱いを受けてこなかったので、狼狽しっぱなしである。
「そんなこと急に言われても困る」
素直な感想を述べておいた。
嬉しいことは確かに嬉しいが、先ほどまで殺し合いをしていた関係だったよな?
そんなロマンチックな雰囲気にはとてもなれなかった。
「そうです。先生は、そもそも私のものです。国にお帰りなさい、獣人!」
違うけど!
アメリアの暴論にも驚きだ。
「ほう、言うではないか、小娘。私のシールド・レイアレスが欲しければ、力づくで勝ち取ったらどうだ?」
私のじゃないけど!
流石に分の悪さを感じたのか、アメリアですら強気に出れない。
まだ完成前のアメリアと、成熟しきっており、剣聖とまで呼ばれるメレルでは勝負にならない気がした。
天才アメリアでさ、どこかで力の差を感じ取っているのだろう。
そもそも、俺は二人のものじゃないけどね!
「べー!先生は私の方がタイプだから」
「そうかな?私の乳房を見たとき、シールドは赤面していたぞ。そなたの貧弱な胸では満足させることはできまい」
「ぐぬぬ!」
アメリア、ごめん。それに関しては事実だ。
俺はメレルの胸を見て、心高鳴っているスケベ男子である。
「勝負は決したな。それと、そこの人に非ざる者よ。そなたもシールド・レイアレスが目的で傍にいるのか?」
メレルのターゲットがフェイに移る。
フェイは背中に翼がある以外は、完全な人の美少女の姿である。
一瞬で見抜くとは、メレルの洞察力はやはり大したものだ。もしかしたら、俺たちにはない嗅覚や、第六感的なものを有しているのかもしれない。
獣人というのは、人より身体能力に優れた種族なので、俺達人間にはわからないことがわかったりすると聞いたことがある。メレルだけが特殊な可能性も十分にあるが。
「ほう、面白い……。我は別にこやつに恋慕は抱いておらん。ただ食したいだけじゃ」
……やはりそうだったのか。
俺のバリアがなければとっくに食べられていただろうけど、付いてくると言い出したときからまだ食べることを諦めていないのは薄々察してはいた。今初めて本人の口から聞けて、少しスッキリとした部分がある。
「我の能力は相手を食すことでその力を得るというもの。こやつをいずれ食すことで、この奇跡とも呼べる力を我のモノにする」
「お前……そんな野望があったのか」
知らなかった。
単純に美味しそうだから食べるのかと思っていたけど、付いてきた本意はそこにあったか。
ドラゴンの能力なんて知らなかったから、この情報にも驚きだ。
「我が夫となる人を食すとは許せん。そのうち蹴散らしてくれる」
「ふん、返り討ちにしてやってもいいが、別にそなたらが結びつくのを邪魔する気はない。こやつのバリアはこのバハムートの力を持ってしても破れる気がしない。しかし、人の命はあまりに短い」
「お前、まさか……」
こいつの考えが分かってきた。人とドラゴンの絶対的な差を利用する気か。
「その通り、老いて耄碌した頃に食べてやるわい。それまではお前と一緒に人間の世界を楽しむつもりじゃ。仲良くしようではないか。くっくっ」
ぐっ。遥か先のことではあるけれど、俺はいずれこいつ食べられてしまう運命なのか。
しかし、こればかりはどうしようもない。
ドラゴンは悠久のときを生きるという。
俺の一生を傍で過ごすなんざ、こいつにとっては昼下がりのコーヒーブレイクとさほど変わらない時間の使い方なのだろう。
「……食べないでくれ」
シンプルに頼んでみた。
「嫌じゃ」
シンプルに断れた。
退治しようにも、俺は所詮バリア魔法の使い手。
相手から仕掛けてこない限り、勝つことは難しい。
なんとももどかしい限り!
「そういうことじゃ。獣人の剣聖よ。こいつと交わりたければ、いつでも交わるがいい。お主らの子なら、凄い才能が見られるかもしれん。どちらにせよ、我にとって損はないぞ」
「ドラゴンの王よ、先の話はわからないが、邪魔をしないというのなら許そう。私たちの結婚を見届けてくれ」
「うむ」
なんか決まったみたいになってるけど!何、和解の握手をかわしてんの!
全然俺の意志が介入してないけど!
「先生は絶対に渡さない!あんた達なんて丸焦げにするほどの火力で、いずれ私の魔法で葬ってあげる。胸だって大きくなるんだから!」
二人を睨みつけるように、アメリアが豪語した。
胸は良くないか?別に大きければいいってもんでもないと思うぞ。
実際俺は小さいのも好きだ。もちろん大きいのも好きだ。全部好き。
小さいのも中くらいも大きいのも、全部好き。大事なことなので2回続けました。
泥沼化しそうなこの場だが、俺がなんとかうまくまとめねば。
ダメージを負ったメレルがここを去ってくれれば、一旦は沈静化しそうだけど、アメリアが怒れば怒るほどメレルは楽しげにする。
きっとまだしばらくはこの若き天才をからかいそうな雰囲気だ。
「そこの楽しそうな話、私も一口嚙ませて貰えるかしら?」
「ん?」
どこから声がしたかわからなかった。
上とも隣とも、はたまた下ともわからぬ場所から。どこだ?
次の瞬間、何もない空間に突如裂け目が出来て、そこから妖艶な女性が出てきた。
少し浅黒い肌に、大きな目と少し厚い唇が特徴的な、色っぽい女性だった。
服の露出も多く、あえて彼女の武器であるセクシーさを醸し出しているようにも見えた。
「ほう、空間魔法の使い手とは、これまた珍しい」
何もないところから声がしたのは、そういうことだったみたいだ。
伝聞でしか知らない魔法、空間魔法の使い手。フェイが驚くほどだ。それ程珍しい魔法。
まさか、こんなところで見られるとは。
俺のバリア魔法なんてのは、初級中の初級。クオリティに違いがあるだけで、ほとんどの人間が使える魔法だ。
空間魔法は全くの逆。血筋や、特異体質を有している者にしか引き継がれない特異な魔法である。
たしか、南の国、ミナントで古くから伝わる魔法だと聞いていた。
それが今目の前で使われたのだ。
「シールド・レイアレスが追放されたと聞いて、エーゲインに新たな聖なるバリアが展開された。やはりここにいましたか」
似た展開を、先ほど聞いたような。
「出来ることなら国に連れて帰れと言われましたけど、本当に追放されていたとは驚きです」
これも何度か聞いたやり取りだな。
もう今さら驚かない。
自分が追放されたのは、やはりヘレナ国の失策な気がしてきたからだ。
「シールド・レイアレス様、私はミナントの代表ガブリエル・パラライ。あなた様をミナントに招きたく、ここに参上いたしました」
それも何度か聞いた。
既に答えは決まっているので、返答も簡単に済ませる。
「悪いな。辺境伯にも、イリアスの剣聖にも既に断りを入れてあるが、しばらくはどこにもいかないよ。自分の身の振り方は自分で決めるつもりだ」
「国賓として招待致します」
「悪いが、それも保留で頼む」
いい条件で迎え入れられるのは助かるが、全く知らない土地、知らない人間を信頼するってのは無理がある。一度裏切られれば、警戒心は余計に大きくなるというもの。
「強情な人は好きですよ。しかし、私の任務はあなたを連れ帰ること。そして、私はそれが得意中の得意なのですよ」
まさかと思った次の瞬間には、既に魔法を詠唱していた。
「空間魔法――強制転移」
「バリア――魔法反射」
先客と同じ空気がしたので、何かするだろうと思って身構えていたが、やはり行動に移ってきたか。
空間魔法なんて特殊なものを反射したことなどないが、バリア魔法はガブリエルの魔法をも通さなかった。
悪いが俺の勝ちみたいだな、その空間魔法でどこかへ消えるがいい。
跳ね返った空間魔法が、ガブリエルを襲う。
そのままミナントまで消えて貰えると助かったのだが、少し予想外のことが起きた。
「なっ――!?」
なんと彼女の服だけが、一瞬にして消えさった。
「きゃっ!……私の空間魔法を跳ね返すとは。それにしても、こんな仕打ちはあんまりじゃなくて?」
「いや、違う!本当に違うんだ!」
服だけ吹き飛ばされて素っ裸になったガブリエルが、恥ずかしそうに、しかしどこか満足げな顔でこちらを見つめてくる。
空間魔法を跳ね返しただけで、それ以外の意図はなくて!
本当に、こんなスケベな展開になるなんて思ってなくて!いいものは見られたが、悪意がなかったことだけは本当だ!
剣聖との戦いの頃から、辺りに人がちらほらと集まってきており、今はもっと人が増えていた。
なんだか、俺が女性の服をはぎ取ったみたいな感じになってしまい、痛い視線に耐え続けなければならなくなった。
剣聖に次いで、ミナントからの使者の服まではぎ取ってしまった。
わざとじゃないと言っても、一体何人が信じてくれることだろう。
大量に突き刺さる視線は反射できそうにもない、さすがのバリア魔法でも。