108話 バリア魔法は美しいものを守る
戦いが終わって傷ついた人たちの救助に入った。
まだ命のあるものは俺のバリア魔法で覆い、治療に入る。既に死んでいる者を除いて、今息がある者は皆助かりそうだ。俺のバリア魔法が全て間に合うだろう。
「無関係であられるそなたが、なぜ我々を救うのですか。ただの同情なら、修羅の道になりますよ」
頬に切り傷を負い、止血しただけの男が俺に歩め寄って忠告する。
その美しい紫色の瞳が俺を見据えた。
先ほど救助の合間に気づいたのだが、襲われている人たちは皆一様に紫色に輝く瞳をしていた。神秘的で、ミステリアスな輝きを持っている。
どこか人間離れした美しさがある。
「たしかに同情だが、何より彼らの行動は許せない。争いはなるべくこの世から無くすのが俺の主義だ」
俺のバリア魔法はそのためにある。
バリア魔法は本来、誰かを傷つけるためにあるのはない。
守りたい者を守るために使う魔法だ。
「そうでしたか。……しかし、それでも。あなたに感謝しているからこそ、逃げることをお勧めします。ガンザズ伯爵は非常に残虐な人間です。ここにいては、あなたの身が危ない」
ガンザズ伯爵か。
そいつの命令で、聖戦を行っていると言っていたな。
どんな理由があるのやら。
きっと禄でもない理由に違いないが、それも含めて、もっとこの世界の事情を知りたい。だから、俺はこの場所を去らないよ。
「逃げはしない。それより集落まで付き添うよ。助けた礼くらいはしてくれるんだろ?」
「もちろんです。しかし、大したものは送れません」
「大丈夫。欲しいのは飯だ。うちの相棒がお腹を空かせてきた頃だと思う」
ぱっと彼の表情が晴れ渡った。
俺が何か大きなもの要求する恐れがあったのだろう。
それとも人の優しさに慣れていないのか。
高価なものなんて要求しないよ。ただし、飯は結構な量を頂きます……。
肩を貸しながらみんなで集落へと戻ることにした。
フェイはひと際体の頑丈な男に肩車されて、この世界の景色を楽しんでいる。なぜお前が乗る側なんだ。彼らに力を貸してやれ!
そんなに珍しいものもないだろうに、フェイは何かを探しているようだった。そういえば、ずっと何かを探っているな。それで攻撃も受けていたし。
それにしても、この世界は俺の元いた世界に似ている。
植生も、言葉も、顔の造形も彼らは遠くない。紫色の瞳こそしているが、そう遠い人種でもないのではないか……。
フェイがやたら何かを探しているし、もしや近所に飛ばされた?
あんなに覚悟を決め、大掛かりなエネルギー源まで用意したというのに、飛ばされたのが近所ってまじ!?
それだけは勘弁して欲しいが、流石に近所で俺の名前を知らない人はいないので大丈夫だろう。ガンザズ伯爵とやらを俺も知らない。ただの雑魚だから知らない可能性もあるが、貴族が幅を利かせているのはヘレナ国になるのだが、そこの領主が俺のことを知らないのはやはり不自然だ。
しばらく歩くと、消火活動を終えたばかりであろう集落が見えて来た。
焼けた集落。今もなお建物が崩れている。ここも燃やされていたか。
いや、ここを襲われたから逃げ出したのだろう。その逃げた先で偶然俺とフェイが通りかかっただけか。
焦げた匂いが鼻をつつく。
これは完全に修復するまでに時間を要しそうだ。
なんでこんなことを……。少しだけ怒りが沸いてくる。いや、かなり沸いているかもしれない。俺氏、おこです。
「はよう飯を用意せい!」
フェイの声が集落に響く。
人々は疲弊し、悲しみの中にいるというのに、空気の読めないやつ……。
「すまないな。あいつ変だから」
「はい、存じております」
存じております?なぜ知ってるんだと思ったが、それもそうか。
先ほどの戦いで、フェイの狂った魔力の暴力を目にしていた。
木々に囲まれ、ひっそりと隠れるように作られたこの集落。
次第に、森へと非難していた住民たちが戻ってくる。
小さな集落かと思ったが、集まってくる人は思いのほか多い。
既に数百人いそうだ。
「あら?集落の規模と人の数が比例してないような」
「ああ、集落の入り口はこちらです。上の焼かれたものはダミーですので」
俺を案内してくれた頬を斬られた男が芝生をべりべりと剥がし始めた。
土を払い、そこに大地をふさぐ扉が現れた。
「おっ」
「地下室です。我々は常々命を狙われておりますので、こうして地下で暮らしているのですよ。ささっ、お二人ともどうぞ」
「おいおい、いいのかよ。こんな大事なところを見せて」
俺たちが敵のスパイだったらどうするんだとか思ってしまった。
彼らの現状と、こうして隠し部屋があるせいで、俺が余計な心配をしてしまった。
「お二人に助けて貰わなければ全滅しておりました。今更疑えません」
「それもそうか」
ならええか!
彼らにとって最悪の事態に登場したことで、逆に心の底から信頼を勝ち取ってしまったのか。案外ラッキーなタイミングだったのか?
矢をいきなり射かけたタイミングをラッキーとは評価したくないが……。
地下へと続く薄暗い階段を下っていく。
降りていく途中に感じたのだが、彼らの建築技術に驚きだ。
地価の壁も舗装されていて、崩れないようにできていた。等間隔に置かれた暖色の明かりは火ではない。これは一体何の技術なのか……。
地下に降り立ってからも、不思議な光景は続いた。
地上の光を浴びないこの空間は、白い光に照らされて、薄暗い階段とのギャップで少し眩しく感じる程であった。
天井の照明は一体なんなのだ。
地下にはそれ以外にもおれの見たことのない装置が多くあった。
「珍しいですか?」
「ああ、正直驚いている」
地上からは想像もつかない技術力だったからだ。
「魔道具と呼ばれるものを使用しております。光を発するもの、熱を発するもの、風を起こすもの。我々は古くからそういったものを作るのが得意な種族なのです。地下も魔道具を活用して、今なお広げ続けているのですよ」
凄い技術力だ。
「もしかして、それで迫害されてたのか?」
そう指摘すると彼は少し笑った。
「その通りです。我々は知識に貪欲で、手先の器用な者が多いですからね。変化を生む者は、古くから、保守的な権力者から煙たがられるのです」
「そうだったのか」
なんかちょっとだけ納得。
領主ってのは自分の既得権益を守るために保守的なやつが多いんだ。ヘレナ国でそういう貴族を多く見て来た。
「それだけが理由ではなかろう」
フェイが珍しく飯のこと以外で口を挟んできた。
頬に傷のある男は黙った。
なんだ?俺の知らないことがまだあるのか?
「何を隠す必要があるのか……。まあよい、我はそんな小さなことに興味はない。飯を用意せい!」
フェイの言葉は確かに聞こえているみたいで、彼らは急いで飯の支度に入る。
なんだか触れづらい話題なのかと思い、少し気まずい。
俺は空気読める系領主なので、こういう空気感は苦手なんだ。
しばらく待ち、食堂と思われる場所で俺たちに提供された料理はどれも珍しい料理だった。やはり異世界なのか?
食材こそ珍しくないが、調味料とか味付けが少し変わっている。
口の中に広がる痺れ!この調味料は何なのか。鼻を抜ける独特の感覚は、どこかコショウにも似ているが……。
「花椒と山椒をたっぷりとお肉にかけております。お口に合いましたでしょうか?」
「うん、変わった味付けだが嫌いじゃない。いや、むしろ食べれば食べる程……なんか癖になる」
料理を運んできた女性も微笑んでいた。
俺たち、どうやら救世主として情報が広まっているようで、救世主と呼ばれることもしばしばある。とにかく、彼らの間で好意的に受け入れられていた。
異世界に来て早々、安定した飯を提供してくれる人たちに会えて最高のスタートダッシュかもしれない。
飯不足以外に恐れることなんてないんだよね、これが。
隣を見れば、フェイもかきこむように料理を食べていた。相当口に合っていたみたいだ。
「フェイ、お前も好きそうだな」
「それはそうじゃ。500年ぶりに、旧友の料理を食べているみたいじゃ」
「ん?」
旧友?
フェイが話始めた途端、紫色の瞳を持つ彼らが黙る。
何を隠そうとしているんだ?
「この世界に来た時から薄々気づいていたが、この地にはかつて、青龍がいたみたいじゃ。やつの匂いが色濃く残っているし、この料理の味付けはまさにあいつの好みじゃ。ドラゴンの中でも珍しいことをするやつでな、人間の料理をよく作って貰っておったわ」
「青龍?そいつも昔ドラゴンの森にいたのか?」
「ああ、いた」
おいおい、それはつまりあることを意味してしまう。
「フェイ、ここは異世界ではないと?」
「そういうことじゃな。あいつは大陸の外に何があるのか気になって飛んでいった。つまり、ここは大陸の外。同じ世界じゃ」
ガックリきた。
ここはひじりの世界じゃないどころか、異世界ですらなかった。
かなり遠い場所まで来た、それだけだった。
それはそれで凄いのだが、全く違う世界を味わってみたかったので少し残念だ。
「青龍の匂いが今もこの地に残っているのは不自然じゃ。おそらく、いや確実に、こやつらには青龍の血が混じっておる」
「ドラゴンと人の血が?」
「その通り。変なやつじゃったからな。そんなことをしても不思議ではない」
俺は紫色の瞳を持った彼らを見た。
なぜかうつむいて、俺と視線を合わせようとしない。
彼らは青龍の血が混ざった人とドラゴンの混血。
それってつまり、竜人ってこと!?
おいおい、まじかよ。
とんでもないことが起きている。
それって……。
「かっ、かっけえええええええ!!」
竜人、かっけえええええええ!!
彼らが顔を上げた。
俺の顔を、驚いた表情で見つめる。
何を驚いている。驚くのはこちらなんだが?
「我々を、汚れた一族とは思わないのですか?」
「は?なぜ?」
「い、いえ。我々の正体を知れば、今までどこでも良いようには思われませんでした」
「は?なぜ?」
2回目。
大事な疑問なので2回問いました。
「竜人かぁ。滅茶苦茶かっけええよ!決めた、ガンザズ伯爵とかいうだせー名前のやつの敵に回ることにした。俺は今日から、竜人の味方だ!安心しろ、俺が来たからにはもう誰一人、竜人を傷つけさせやしない!」
だってかっこいいから!それ以上に崇高な理由なんてないんだが?
なぜか涙を流された。
その美しい紫色の瞳から、彼らが涙をボロボロと流す。
え、なんかまずいことを言った?
空気読める系領主だったのに、まさか空気読めてなかった?
「言うたじゃろ。何を隠すことがあるのかと」
フェイが彼らに向けて話したが、彼らはひたすら泣いた。より一層。
笑いながらも、泣き続ける。
なんだ?空気感に付いていけないのは、俺だけみたいだ。