107話 バリア魔法は異世界でも通用
俺のバリア魔法が解除されて、鎧を身に守った連中は再び活気づいた。
そのバリア魔法を作り上げた俺と、最強ドラゴンのフェイがいる時点で喜ぶ要素0なのだが、わざわざ説明してやることもない。
足りない頭には、痛みで教えてやるとしよう。
「どういう仕掛けかは知らんが、トラップのようなものだろう。解除されたからには、もうこちらのものだ」
白馬に乗った男が仲間を鼓舞する。
バリア魔法で削いだ彼らの勢いが、この男の声によってふたたび盛り返した。
一応、大将の器ではあるらしい。
「ガンザズ伯爵の命により、汚れた一族を討ち滅ぼす前に、まずは聖戦の邪魔をした小童二人を殺せ!その躯を我の前に差し出せ!」
命令に従い、騎馬兵が横並びになる。
ランスを構えて、一列に並び、こちらに突っ込んで来た。
6人の騎馬兵が横並びに、大地を揺らしながら猛烈な勢いで突進してくる。
人間の足では、躱すことのできない布陣だ。
ランスに貫かれるか、馬に踏み潰されるか……。
だがどちらも断る。
俺はバリア魔法で何とかする!
「バリア――物理反射」
ランスとバリア魔法がぶつかり合う。馬も勢いを止めれず、衝突した。
けたたましい金属が砕け散る音が響く。馬のスピード、ランスの重み、兵士たちの筋力が乗ったその一撃の威力が、そのまま物理反射によって撥ね返された。
馬ごと吹き飛んでいく兵士たち。
鎧が割れ、鎧の隙間から血が溢れていた。10メートル以上吹き飛んだのは、彼らが及ぼした衝撃がそれだけ凄まじいということだ。
倒れ込んだ馬には申し訳ないが、恨むなら主を恨んでくれ。
「ううっ……」
火の手が上がっていた頃は、兵士たちによる一方的な虐殺が起きていたが、今度は兵士たちだけが一方的に倒れる展開になっていた。
「何をやっておるか!!」
兵隊長からの怒号が飛ぶ。
「相手はただのバリア魔法使いではないか!なぜそんなものも突破できない!」
おや、魔法を知っているか。
ここは鞍馬ひじりの世界ではないことが確定した。
ひじりの話では、彼女の世界は魔法のような幻想的な力はあるものの、魔法ではないらしい。電気や、ガソリン、俺たちの世界にはないエネルギー源が活用されているらしいからな。
ということは、ここどこなんだよ……。
言葉も通じるし、俺のバリア魔法も一目で判明しているし……。
「団長、私が行きましょう」
白馬の隣に並んだ兵士の言葉が、俺にまで聞こえた。
兜を外し、その顔が見えた。鋭い視線で俺を見据える。先ほど、いきなり矢を射かけてきた無礼者だ。
ちっ。イケメンかよ。手加減しねーぞゴラァ!!
「どうやら物理に耐性のあるバリア魔法のようです。たまにいるのですよ。才能のない哀れな人間が、なんとか我ら高みに近づこうと必死にもがくゴミどもがね」
分かっているじゃないか。
才能無い者がもがいた結果、狂気の末に生み出されたのが俺のバリア魔法だ。流石イケメン、一瞬で見抜くとは、ただ顔が良いだけじゃないな。
「僕が教えてやりますよ。才能ある人間と、才能無い人間の決して埋まらない大きな溝ってやつを。努力し続けたウサギに、カメじゃ一生手が届かないことをね」
弓を放り捨てた。矢も落とす。
兜まで捨てて、イケメンが集中する。
魔力が彼の両手に集まるのが分かる。
「我が人生の情熱を全てこの手に……。炎魔法――ファイアーアロー!!」
弓は見えなかった。おそらく弓を横に構える動作とイメージするだけで実態は魔法の詠唱には必要がないのだろう。
代わりにたんまりと魔力のこもった、太陽光のような眩しい光を発する炎の矢がこちらに飛んでくる。
かなりの高出力の魔法だ。
錯覚でなければ、矢が途中から獅子の姿に変化して俺に噛みつこうとしている。天才と呼ばれる魔法使いたちの間では、こういう芸当ができると聞いたことがある。
ほとんど意味はないので、たいていはナルシストの類しかやらないことだということも知っている。このナルシスト野郎め!
「バリア――魔法反射」
獅子がバリア魔法に食らいつく。そこはバリア魔法の急所か?
まあ、どちらでもいい。
さあ、バリア魔法に触れたんだ。反射が起きる。
今からお前は俺の手下になったんだ、素直に言うことを聞け。
クルッと翻って、炎の獅子がイケメンに向かって駆けていく。
「なっ!?」
大地を踏み鳴らし、馬の頭よりも高く飛び上がり、イケメンの首元に噛みついた。
焼かれたのが致命傷だったのか、それとも傷が致命傷だったのか、馬から落ちたイケメンはそこから一歩も動かなかった。
煙だけが上がり、静けさが戻った。
俺を殺すつもりで打った魔法だ。自分が死ぬ覚悟もあったんだろう?
「なにが起きた……」
から馬になったとなりで、白馬に乗った大将が兜を外して倒れた部下を一瞥する。次いでこちらに向き直り、瞳孔が開きっぱなしになった状態でこちらを見つめる。
汗が垂れているのが見えた。
今更、自らの命が危機に陥っている実感が沸いたか?ここは戦場だぞ。自分だけ命の覚悟がなかったとか、それは甘えだろ。
先ほどまでは、一方的な虐殺をしている気分だったんだろうな。
まさか、狩る側が狩られるなんて微塵も想定していなかった反応だ。
「まっ、待て!何か勘違いしているようだ!」
「は?」
この期に及んでなにを言っている。
こっちは殺意を向けられ、そちらの部下もやっちまってる状況だぞ。
これ以上、何を話そうってんだ。
「我らはガンザズ伯爵の命にて、呪われた一族を滅ぼす命を受けているだけだ!正義はこちらにある!あれらは呪われた一族であり、滅ぼさねばならないのだ!」
それってあなたの感想ですよね?なにかそういうデータとかあるんですか?
あきらかに無防備な人たちを一方的に虐殺していたようにしか見えなかったが。
振り向いて見てみた。今も同胞の死を受け入れられない彼を見つめた。
もう少し早く来てやれば……。そんなことを考えても無駄か。
呪われた一族?そうだとしたら、この惨劇も許されると?とても、俺の感情が納得しないのだが。
正義か……。そんなものは勝者が語る御託だ。
再び白馬に乗った男を見ると、魔法の詠唱をしていた。
不意打ち?まじかよ……。どこまで狡いやつなんだ。俺とはもう戦わないみたいな感じだったのに。
もう手加減は必要ないよな。
「がはははっ、隙を見せたな。詠唱させたが最後。俺の魔法は突破できないぞ。魔法槍――一点突破」
全く、狡いだけなら可愛いものを。
どうやら先ほどのイケメンと同じく、こちらもかなり魔法の才能に恵まれたようだ。
風魔法を纏った槍が投げられた。
あれはどちらで撥ね返るのだろうか?
うーん、物理か?魔法か?どちらでも撥ね返りそうだな。
「あっ……!」
けれど、予想外の結果が起きた。男の慌てた声でも分かる。
軌道がおかしい。
先ほど動揺して大量に汗をかいたからだろう。
手が滑ったという、そのまんまの結果が生じ、魔法槍はフェイへと飛んでいく。
こんな死闘を繰り広げている中、フェイは何を思ったのか地面の土をいじっていて、何やら匂いを嗅いでいた。
つまり、戦闘には集中してなかったわけだ。
俺がバリア魔法を張ってやれば良かったのだろうけど、軌道が反れることと、フェイが土をいじっていたことが意外過ぎてぼうっと見てしまった。
「あっ」
俺も声が出た。
手遅れだった。
ガンッと先ほどランスとバリア魔法がぶつかった時よりも低い轟音が鳴り響く。
魔法槍はフェイを貫けなかった。それどころか、血を流させるほどの傷も負わせられていない。
しかし、どっと溢れてくる魔力で察した。
あーあ、これ、キレてます。めっちゃキレてます。
「誰じゃ。我の頭にいきなりこんな鈍器を投げて来たのは!?」
鈍器?いえ、立派な凶器です。
「なっ!?なぜ、無傷?」
そりゃ慌てるよな。こんな見た目か弱い少女があれだけの攻撃を受けて、無傷なんだもんな。
「こやつか。人が調べ物をしているときに……!死ぬが良い」
フェイが人差し指をくいっと上に向けた瞬間、白馬の男の地面が爆ぜた。それも豪快に、いや災害レベルといっていいほどに。
大地が跳ね上がり、土が空に舞い上がる。
降り注ぐ土の塊をバリア魔法で防ぎながら、この災害レベルの魔法攻撃を乗り切る。
全ての土が大地に戻ると、白馬に乗った団長と呼ばれた男の場所には何も残っていなかった……。残骸くらい探したらあるのかもしれないが、探す気にもなれない。
巨大な穴を残し、この戦いは幕を閉じた。
ドラゴンの怒りは恐ろしい。おそらく魔力の動きだけで今の災害を引き起こした。バケモンだよ、こいつは。
「なにか大事なことを思い出しかけたのに……。なんだか懐かしい匂いが……まっ、いいわお。腹が減った」
……気になる。
けど、まあええか!
こうして、異世界に来て早々に争ってしまったが、なんとか決着はついた。
何人かは馬に乗って必死に逃げたが、後を追うほど殺意もなければ、魔法のバリエーションもない。
これにて、終了で良いだろう。
今は傷ついた人たちの傍にいてやりたい。