104話 バリア魔法使い、異世界へ行く
アザゼルに紹介された魔族から異世界へと渡る方法の説明を受けることとなった。
魔族の名は、ジューク。
身長の高い魔族で、いつもローブを纏っている不思議な爺さんだ。長く白いあごひげを腰元までため込んでおり、アザゼル曰く日がな一日読書に勤しんでいるようだ。
エルフの老害と言えばヌーメノンがいる。大天才イデアを育て上げたエルフの魔法使いで、今はミライエで若者の育成を担って貰っている。
ジュークは魔族の老害だな。うん、それでいこう。
「古くから他人は自分を映す鏡だと言いますが、鏡は間違いなく自分を映します」
「……うん」
「こちらの大鏡は遺跡で発掘して、引き上げて貰ったものです。鏡の裏に珍しい魔石がはめ込まれております。表からは見えませぬが、裏からだと隙間から見えます」
城まで運び込まれた大鏡は、古い時代に貴族が使っていたのだろうか。4,5人の全身を映し出せるくらい大きく、額縁も立派な木彫りで型取られている。頑丈そうだ。
側面をパシパシ叩いてみる。
「おおっ、おやめください。シールド様!!」
ゆったりとした話し方をするジュークが、凄く慌てていた。
頑丈なつくりだからいいかと思ったけど、こういった失われた技術を持つ遺物は彼ら研究者にとっては宝物のようなものなのだとか。
それは申し訳なかった。
なんか手が出てしまった。
手が寂しいので、久々に同席していたブルックスのまんまるお腹をタプタプしておいた。
今日も美しく肥えているブルックスは、頬をテカテカに輝かせて上機嫌にこの場に来ていた。
商売しか興味がないブルックスがこの場に足を運んだのだ。きっとあの遺物の価値を測りに来たに違いない。
申し訳ないな、ジューク。俺はパシパシ叩くし、ブルックスはいくらで売れるか考えに来ているし……。みんな研究とか興味ねーんだ!
「えーとですね。仕組みを説明しますと、この魔石の配列が非常に素晴らしくてですね。エネルギーの魔石を12個、オレリオン星の並びにすることで、この世の魔力波と共鳴し、本来持つエネルギー以上の力を発揮でき……」
あー、そういうパスで。
聞いても分かんないんで!
バリア魔法以外の勉強から全て逃げてきた人生なので、そういうの聞いてもわかんないっすよ!
「ふむふむ」
それでも先ほどパシパシ叩いたお詫びに、それっぽい相槌を打っておいた。社交術だよね。
――話は2時間続いた。
これだから老害は!!
「はい、最後に鏡が光を反射し、魔力の流れが完成されるわけですな。完璧すぎる、これを再現しようとしたら、一体どれくらいの年月が必要になるやら。もしや、長命種が一生をかけて作り上げたのかもしれませんな」
……長かった。
でも、少し納得もできた。
おそらく、ダイゴみたいな天才が、魔族の長い生を消費してこういう素晴らしいものを造り上げるんだろうな。そう考えると、パシパシ叩いた自分の行動が恐ろしくなる。
何やってんだ、俺!?
ダイゴもいずれ、凄いものを造り出すのだろうか。
今でさえ、我が軍を強くするものを造ってくれているからな。彼が一生をかけたら俺が想像も付かないような、信じられないものができるんだろうな。
ちょっと今度頼んでみよう。
雑に、なんか凄いもの作ってって無茶振りしよう。流石国王。無茶振りするのも可能。
「凄いシステムですな」
「おや、ブルックス殿も興味を持たれましたか」
説明を聞き終わり、ブルックスが大鏡を観察する。おそらく値踏みだ。あれは絶対に値踏みだ。
「売ったらいくらするのか……」
ほーら、そうだった!!
「ブルックス、怒られるぞ」
「すみません。しかし、ついつい考えてしまいまして。でも、本日来たのは別件でして」
「ほう」
聞いてみると、やはりブルックスは商人だった。
なんとこの男、異世界とこのミライエを繋ぐこの大鏡を利用して商売するつもりだったらしい。
なんという商魂。
逞しい、お前逞しいよ!
こちらの世界にしかないものを輸出し、あちらの世界にしかないものを輸入して交易所に高値で卸すんだと!
なんて商魂逞しいんだ。
異世界を送り届けることしか考えていなかった自分が幼稚に思えてくるよ。
「ふむ、しかしここを通るにはかなりの魔力を必要とします。物を大量に運べば、それだけ魔力も必要になります。そのエネルギー源を開発できればブルックス殿の夢も叶いますでしょうな」
「そうなのか」
よしっ、ならばダイゴに無茶振りしとこう。
おいダイゴ、無限に近いエネルギーを生み出せ!ドン!
これが国王の力。これが大陸で今もっとも力を持つ人物である俺によるパワハラ!
大鏡の使い方はわかったので、ジュークには大好きな研究に戻って貰うことにした。というか、説明第二弾が始まりそうだったので、とっとと押し返した。
さらなる詳細な説明らしい。最初の概要でも1割も理解してないから!詳細とか言われても、それはもうほとんど呪文だよ!
現状、この件を鞍馬ひじりに知らせるのはまだだと判断している。彼女は今醬油作りで忙しいから。
こうなったら完成させて貰わないと。そろそろ、醬油というやつが気になって来ている。
なんだか、北の島では大豆と小麦以外にも、山葵というものまで育てているらしい。
香辛料の類らしく、クラフト魔法でその数を増やして栽培し始めたらしい。
ショッギョにあうんだと。
マタンの仕事を放置して、美味いものばかリ作っているので、完成させて貰わねば。
異世界へと続く大鏡が何処へ続いているのか先に確認するとかじゃない。
飯!うまいもの!完成させられる前に逃がしてなるものか!
とか思っていたりしたけど、ちょっとだけ優しさが出てしまった。
中途半端な希望は残酷かもしれないかと思ったけど、彼女には知る権利がある気がしたのだ。隠すのはこちらのエゴではないかと……。
無理矢理連れて来られたこの世界に、彼女が居座る理由はない。醤油をあきらめることになるかもしれないが、俺は可能性があることを彼女に知らせるべきだと考え直した。
手紙を記し、彼女に真実を伝える。
手紙を持って行った部下は、一人で戻ってきた。
その手にはひじりからの手紙を携えて。
『うん、行ってみて。そこが日本だったら、私もそのうち帰るから。今は醤油が最優先。もう邪魔しないで』
……は?
なんだ、あいつ!
初めて会ったとき、涙ながらにもとの世界に戻りたいっ、とか言ってたくせに。悲劇のヒロインを演じやがって。
気づいたらミライエを満喫してんじゃねーか!!醬油作りエンジョイ勢じゃないか!
故郷愛はどうした、故郷愛は!?家族愛はどうした、家族愛は!?
薄情なやつめ。
しかし、まあ。ミライエを好きになってくれているのはいいことか。それが俺の作りたかった国でもあるし、今回だけは許してやろう。
醬油も食べてみたいし……。
というわけで、やはりこの大鏡を最初に潜って異世界に行くのは俺がやるべきだ。
「シールド様が行かずとも、我々魔族に命じていただければ異世界を探って参ります」
アザゼルの提案は俺を心配してくれてのものだった。
しかし、これは俺がやらねばならない。
ていうか、普通に異世界に行ってみたい。だって、面白そうだし!
「ミライエを頼む。異世界がどんな危険な場所かわからない以上、俺が行くのが一番いい」
「危険がわからないなら、なおのことシールド様には行かせられません。シールド様にもしものことがあれば、ミライエだけでなく、我々もどうしたらいいのか」
「俺に何かあるとでも?」
バリア魔法使いのシールド・レイアレスだぞ。
お腹がすいて動けなくなる意外に危険なんてあり得ないが?
「……それもそうでした。行くというのなら、もう止めません。無事をお祈りいたします」
あきらめたようにアザゼルが俺を引き留めることをやめた。
こうして、異世界へと続く大鏡は俺が潜ることとなる。
しかし、問題は異世界ゲートを開くための魔力だ。
ジュークから聞いた限り、そんなバカげた魔力量を作り上げられるのは、現状二人しかいない。
異世界勇者鞍馬ひじりと、最強のドラゴン、バハムートのフェイだけである。
うわー、どっちも頼むには厄介そうなやつらだ。
鞍馬ひじりには、手紙で邪魔をしないでって言われたばかりなので、フェイに先に聞いてみる。
そのうち、ダイゴがエネルギー源を作り上げてくれれば自由に行き来できそうだが、その完成を待つよりもフェイに頼むのが早い。二人だけ通れればいいので、やはりフェイが最適だろう。
「ん?異世界?面白そうじゃ、我も行こう」
なんかすんなりと承諾して貰えた。
いや、むしろ断って欲しかったのが本音というか……。
ゲートだけ開いてくれれば、俺一人で行けばいいし、ベルーガとか連れて行けばいろいろ補佐してくれそうだ。
「お前も来るのか?ゲートを開いてくれるだけでいいんだけど」
「面白そうじゃ。はよ支度せい。ふふっ、久々に心躍る旅になりそうじゃ」
なんでそんなワクワクしてんの?少し不気味だ。
こうしてフェイとの二人旅が決まった。
ミライエまでやってくるときに、二人で旅した日々を思い返す。
飯で苦労したなー。なんか先ほどの心配が実現しそうで、少しげんなりした。