103話 バリア魔法とピンクの相性
バリア魔法を張ったら全部うまく行った。
あまり誇張したことは言いたくないけど、本当に全部うまく行った。
「……なにこれ」
面倒くさい交渉も、人々の心も、権力周りも、なんか全部うまく行きました。
相手が肯定botと化したように、うんうん、はいはい、しか言わない。
既にこの地は俺のものにして獲得していたが、たったの数か月で内部も完全に掌握してしまった。
アルザス地方にはしばらく手を加えないつもりでいたが、なんか何やっても許されそうな雰囲気だ。
折角西に拠点を得たし、有効に活用したい。
まずはこの土地の調査からかな。
早速アザゼルの編成した有能な魔族たちを使い、アルザス地方の調査に入って貰った。
なにかいいものが見つかると良いんだが。
その成果を待っている間、ちょうど異世界勇者のひじりから連絡があった。
早速なにやら見つけてくれたらしい。
彼女にはマタンの署長をしてもらっているので、さっそく成果を齎してくれて嬉しい限りだ。
アルザス地方からミライエに戻り、更にエルフ島まで行く。
今は魔族の魔法とフェニックスの翼、そしてグリフィンなどのおかげで移動がかなり楽になった。
追放された当初はこの距離を移動するのに、どれだけ労力を要したことか。
いずれはもう少し交通の便を改善したいな。
そのためにも、新しい魔法を探索する部署、マタンには頑張って貰いたい限りだ。移動系の魔法を気軽に普及させる発明とかしてくれないかな。期待である。
「あの豆女、なにか新しい発見をしたらしいな」
久々にひじりに会う前に、ベルーガと少し彼女に付いて話した。
精力的に働いてくれているようで、数か月前の北の島とは結構様変わりしているらしい。
楽しみだった。
「豆女って呼び方はおやめください。あれでも異世界勇者です。機嫌を損ねたら大変ですよ。あと女性にその呼び方はなしです」
「ごめんなさい」
ノンデリ発言を窘められました。
「反省してて、偉いです」
褒められました。ベルーガに褒められると少し嬉しいです。
何やら究極の醤油を作るためにこだわりの畑で、こだわりの大豆を育てているらしいひじり。米とショッギョの丼に醤油をかけて食べるのが滅茶苦茶うまいらしい。
結構熱弁されたのを覚えている。
なんかしつこいから適当にはぐらかして逃げようかと思っていたら、服を掴まれて同じ説明を受けたのが数か月前の話。
面倒くさいんだよなー、あいつ。わがままだし。
「下手してもわがままとか言わないでくださいよ」
ぎくっ。
ベルーガは鋭いところがある女性だ。
ともかく、彼女の飯の件はほどほどにして、マタンの仕事の成果が楽しみである。
そんなことを考えながら、北の島にたどり着くと、そこには美しいピンクの世界が広がっていた。
見たことのない木が集まっており、綺麗に並んでいた。
並木通りが作られて、ピンクの花がその道を美しく染め上げている。
ゆらゆらと漂っている美しいかけらは一体なんだ?
「うわ……なんだこれ」
となりでベルーガがくすりと笑っていた。
彼女はどうやらこの光景を知っていたらしい。俺の反応を楽しみにしていたみたいで、予想通り感動していたのでそれがおかしかったみたいだ。
そりゃ感動もする。
豆の畑が並んでいるかと思いきや、こんな美しい光景を見ることになるとは。
「桜、という木だそうですよ」
「桜か」
風が吹くたびにひらひらと舞い散る薄い花びらの美しい花だ。
それが地面にびっしりと敷き詰められて、美しいピンク色の絨毯を作っていた。
踏みしめるのがもったいない美しさだが、この並木通りの真ん中を歩くとまた幻想的な世界が広がる。
降ってくる花びらが雪のようだ。ひらひらと軽く、ゆらゆらと自由気ままに。
「綺麗だ」
並木通りを潜った先には、鞍馬ひじりがいた。
してやったりな満足顔でこちらを見ている。
「どう?私の仕事は。給料払った甲斐があるんじゃない?」
眼鏡に桜の花びらを引っ付けながら、満面の笑顔でひじりが問いかけてきた。
もちろんだ。
「最高の仕事だ。これは驚いた。みんなを連れてきてやりたい」
「私の世界でも、桜満開の季節は、この花びらの降りしきる下で花見をやるんだよ。お酒飲んだり、わいわい騒いだり」
それは楽しそうだ。
この光景だけでお酒が進みそうなのがわかる。
エルフ米から作られるあの透明なお酒とか、この光景に合いそうだなと思った。
「なあ、酒に桜の花びらを浮かべながら飲んだりしたら、粋じゃないか?」
「はい、おじさんポイントあげるね」
おじさんポイント!?
なにそれ!
酒に花びらを浮かべて飲む粋な飲み方はオシャレそうなのに、おじさんポイントを頂いちゃいました。
「桜の木をこの島で見つけちゃってね。ちょうど春が来る季節に合わせてクラフト魔法で増やしてたの。これから、毎年この北の島には美しい桜が咲くようになるよ!」
「ほー、凄いな。実際感動したし、来年も、またその先も見られると思うと嬉しくなる。今度アザゼルたちも連れてきてみんなでゆっくりと桜見よう」
「ね、いいでしょ?」
流石だな。
クラフト魔法はこんなこともできるのか。
そりゃ未知の魔法も真似ることができるなら、木を一本くらい作り上げるのもそう難しくないのかもしれない。
その魔法の無限の可能性に驚かされる。
異世界勇者ってほんとぶっ壊れてる存在だよなとしみじみと思ってしまう。
その存在と正面から戦って、打ち破ってしまった俺のバリア魔法は一体なんなんだ……。
「正直驚かされた。いい驚きだ。それで、マタンの成果は?」
「……は?」
は?じゃないが。
俺今、変なこと言いました?
当然の質問をしたと思うんだけど。
「いや、任せてた仕事だよ。マタンの……」
「……は?」
話が進まないんだが?
じゃあ何をやったのか尋ねた。こちらの方が速そうだ。
「大豆がそろそろ収穫できそうでしょう?小麦も。すっごい仕上がりなんだよね。それに桜をこれだけ増やしたでしょ?実はもっと増やす計画があるんだよね。エルフたちも気に入っているから、島中を桜にするのが目標なの」
「他には?」
「ないけど」
「あ、そう」
なんかきっぱりと言い切られたのであきらめた。
駄目だ、こいつを制御するのは無理だ。
ドラゴンとか、それらと同じ扱いだ。制御しようとするとこちらがぶっ壊れるタイプのやつだ。
「元の世界に戻りたいとか言ってただろ」
「だって、ここの生活結構楽しいから!このエルフの北の島、凄いんだから。本当にいろんなものが育つのよ」
「……楽しそうだな」
「うん、すっごい幸せ!」
ならええか!!
「小麦も育てさせてもらってるから。そっちも収穫できたら、分けてあげる。交易所にながしなよ」
「おう、助かる」
そういえば、大陸の主食である小麦をこっちのエルフ島で育てたらどうなのかは考えていなかった。
おそらくだが、かなりうまい。普通に俺も楽しみだ。どんなパンが焼きあがるのか、今から楽しみである。
彼女の醬油作りに必要な分は使うが、余ったものは全部交易所に流してくれるらしい。
きっちり国に利益を齎してくれて、楽しんでいるならいいか。
この桜も美しいし。いずれは観光の名所にしてみてもいいかもしれない。みんなに見せてやりたい光景だった。
「なあ、ひじり」
「ん?」
「……いや、やっぱり後でいいや」
「だるっ」
ちょっとキレられた。
確かに思わせぶりな発言だった。申し訳ない。
実は、ひじりにはまだ、異世界へ戻れる可能性があることは伏せている。
中途半端な希望は残酷な結果を生んでしまうからな。
今幸せそうにしている彼女になら明かしてもいいかと思ったが、もう少し先でもいいか。
アザゼルから、魔法が進展していることも聞いている。
……先に俺が行ってみようか。
異世界が安全で、ひじりの元いた世界ならば、それから教えても良さそうだ。
うむ、それが良い気がしてきた。
方針が決まったので、俺はとりあえず、一足先に桜の下で酒を嗜むことにする。
「ベルーガ、飲むぞ」
「はい、お酌します」
バリア魔法を地面から2メートルほど浮かせて、その上に乗り込む。
酒と食材を持ち込み、桜の花を目の前に見つめながら酒を飲んだ。
絶景、絶景!
パリア魔法の上にたまる桜の花びらが、これまた美しい。
光を反射するバリア魔法が、そのピンクの花びらをより一層美しく引き立てていた。
「くぅー、最高だな」
「シールド様、もう一杯どうぞ」
「おっ、サンキュー」
二人で最高の酒の席だ。
「あっ、それずるい!?なにその発想!」
下からひじりが羨ましそうに覗いてきた。
くははは、バリア魔法はなんでも可能だ。クラフト魔法に負けていない!
最高の席で一足先に花見を楽しみ、この日は心ゆくまで飲んだのだった。