100話 バリア魔法で島を繋いじゃおう
「なにこれええええ。きゃわわわわ」
きゃわわわわ?
なにその表現。
でもいい感じだから、俺も今後使うね。
「人間、あんまり近づくと殺すよ」
化け猫が流ちょうに人間の言葉を操る。
思えば、2足で立っているのも、前足をこちらに差し出して制御する仕草もどこか人間っぽい。
「え、なにその動き。きゃわわわわ!!」
もうだめだ。
これは何をしても、もうひじりは止まりそうにない。
気づけばバリア魔法の向こうへと渡っていき、神獣の傍に近寄っていた。
危ないと忠告したいが、異世界勇者だし大丈夫か……。
そう思った次の瞬間、化け猫の鋭い爪がモフモフの手から現れて、ひじりへと襲い掛かる。
軽くひっかき傷がつくだけではすみそうにもない。肉を抉り、内臓まで届き得る鋭さと爪のサイズだった。
「ひじり!」
俺のバリア魔法が届く前に、ひじりは余裕でその攻撃をかわしていた。
それはそう、神獣とやらも化けなければ怖さはない。お前が手を出そうとした生物は、おそらくこの世界で最も強い生物だぞ。
一瞬の動きで背後まで回り込んだひじりは、化け猫のしっぽを踏んづける。
「ニャ゛!?」
「こらこら、おいたはダメですよ~」
軽く叱りつける言動は、まるで猫の飼い主のようだった。
しかし、次の瞬間、ひじりが信じられない行動をとる。
その剛力で神獣の顔面を殴り飛ばす。
「アベシ!」
吹き飛んだ神獣がバリア魔法に衝突して、痙攣しながら地面でぴくぴく震えている。
大丈夫それ?ねえ、それ死んでない?
「ほーら、起きなさい。今後は悪さしちゃだめだからねー」
「……人間ごときが、殺す」
まだ気力はあるみたい。心の折れていない神獣の次の一手を待つ前に、ひじりの鋭いびんたが飛んだ。
パチンという音ではなかった。
ドンッと鈍い音が響く。おそらく骨まで届く一撃だった。
脳震盪を起こしているのだろう。神獣がふらふらと頭を揺らして、ぱたりとその場に倒れ込んだ。
今度は痙攣すらない。
大丈夫それ?ねえ、それ死んでない?
「ほら、起きて」
優しい声色と気遣いからは想像つかない、強引な起こし方をし始める。
バシバシと両頬を叩いて、目覚めさせる。
「ハッ!?」
きっと悪夢を見ていたに違いない神獣が青ざめた表情でひじりを見つめていた。
短い時間で、彼女には勝てないことを悟り、心のそこに恐怖を植え付けられている。
大丈夫かこれ、トラウマになってない?
しっぽが震えあがって、体にぴったりと張り付いているが見えた。
「ねえ、名前は?」
「……えと」
「ないの?じゃあヴィヴロス3世ね」
「……えと」
なにその名前!?
くそダサいし、くそ呼びづらい。
どうしてうちの領内にはこうもネーミングセンスのダサいやつばかり集うのか。
おそらく拒否権はない。化け猫である神獣の名前はヴィヴロス3世に正式に決定したようなものだ。
「何食べるの?」
「……人間、エルフ、魔族」
「ぐろいからダメ。もっとかわいいのにして。今後はチョコレートって言いなさい」
「……人間――チョコレート」
……俺は見てはいけないものを見たかもしれない。
最後の抵抗心だったのだろう。ひねり出すように自分の好物を正直に繰り返したヴィヴロス3世だったが、鋭い聖剣付きをがら空きの腹に叩き込まれていた。恐ろしい一撃。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
圧倒的なパワハラによって支配されていく神獣。ああ、哀れ。しかし、助ける道理も義理もない。すまんな。
「いい子ねー」
手を差し出しヴィヴロス3世の前足を乗せていた。
それは犬にやらせるやつでは?
まあ、よその家のペットに俺が口出してもしかたないか。
ペット!?
俺、すでに神獣をペット認識しているだと!?
「これが異世界勇者の圧倒的力か……」
「どこで彼女の力を実感しているんですか」
すっかり元気になってしまったベルーガからツッコミを頂いてしまった。
だって、あいつ俺のバリア魔法を突破できないから。
なんか戦う前が一番恐ろしかったよ。今じゃパワハラわがまま女にしか見えない。
「ねえ、シールド!この子飼ってもいいよね?」
それを俺に聞くのか?
ここはひじりに与える予定の土地だ。好きにして貰っても構わない。これだけ広大な土地があるんだ。
規格外のペットでも、なんら困ることはない。
「ちゃんと飼えるんだろうな。餌とか、散歩とか」
「できるもん!」
どうせ最後は国王の俺に押し付けたりするんじゃないの!?
お母さん?
自分で考えてて、お母さんの味がしてきたので思考を止めた。
「人に危害を加えさせるなよ。それが条件だ」
「もちろん!」
「なら決まりだな」
俺が正式に許可を出してやると、ひじりは嬉しそうにヴィヴィア3世に抱き着いていた。
その巨体を難なく抱き上げて、くるくると振り回す。
中身が綿の巨大なぬいぐるみかと錯覚させられるような光景だ。
ひじりとの戦いには勝った俺だが、あんな芸当一生できないだろうな。地上から少し持ち上げるのも無理だし、頑張って持ち上げようとしたら頭の血管がプツンと逝っちゃいそうだ。
「ねえ、シールド。私ここが好きになってきたよ。来てよかった!」
離れた場所から礼を言われる。
近くで素直に伝えてくれればいいものを。まあいいか。そんな直接的な例は、来年でも、その先でもいい。
走り出したひじりが草原の風に髪の毛をなびかせて気持ちよっそうに走ってい行く。
「ヴィヴロス3世!早く!一緒にきてー!」
目的もなしに走り出してるくせに、なにか用事があるみたいにヴィヴロス3世のことを呼び寄せていた。
全く、苦労かけるが、いいペットでいたらそのうち俺からこの神獣に労いの品でも持ってこようと思う。
「……あの人間め。いつか生きたまま皮を剥ぎ、内臓を取り出し、犯し尽くして、骨の髄までしゃぶり尽くしてやる」
まだ俺たちの傍にいたヴィヴロス3世が、どす黒い感情を口にしていた。
こっちもこっちだな……。なんか同情する気持ちが消えてしまったよ。
「はーい!ご主人様!!」
4足歩行に戻ったヴィヴロス3世がその巨体を豪快に使ってひじりに駆け寄っていく。
見た目は楽しそうなのに、なんだろう。真実を知っている身としては草原を駆け巡る二人が綺麗な映像には見えて来ない。
「シールド様、私たちも行きましょうか」
「おう」
隠れてベルーガの周りにバリア魔法を張っておく。これでヴィヴロス3世がまた悪さしても判別が可能だ。
ひじりに思いっきり殴って貰えばいい。
ベルーガは俺のバリア魔法に守られ、ヴィヴロス3世はあの強烈な拳を生身に受けるわけだ。
草原を渡り、森にも入る。
この地はやはり豊かな土壌があり、森を上手に整理すればしっかりとした畑が出来そうだ。
「なあ、ひじり。何か作りたいものでもあるのか?」
「うん。マタンの仕事をしながら、大豆を作りたいの。ここで作った大豆は絶対に美味しいもん!」
「へぇー、また珍しいものを」
どうやら醬油作りに大豆は欠かせないらしい。
これだけ豊かな土地があるなら、せっかくなら究極の大豆を収穫し、究極の醤油を仕上げたいんだと。
流石は醬油令嬢のひじり。彼女の世界でどういうことをしていたかは知らないが、かなりのこだわりは感じた。
「さて、エルグランドとミラーをこちらに呼び寄せるか」
「人を回してくれるの?」
「もちろん。それと、この地が安全になったことを伝えてエルフもこの土地に来れるようにしよう。彼らの知識を分けて貰えれば、マタンの仕事も捗るだろ?」
「おっ。たすかるー」
簡単にだが話はまとまった。
俺に裁量権があるので、このくらいの話し合いで決まるのがなんとも気楽でよい。国王最高だな。
人を回すとして、俺自身もやることがある。
エルフ島本島と、北の島をつなぐ橋を作らねば。どうせなら、本島と南の島をつなぐ橋も作っておくか。
もちろん、バリア魔法で!
やはりバリア魔法最高だな!