10話 バリア魔法はやはり最強だけど、変なものを呼び寄せる
俺の正体を知って以来、アメリアの従順たること。
何を言っても「はい」としか言わなくなってしまった。
始めの印象と全く違うその様子に、表面上は扱いやすいはずなのに、本質的には凄く扱い辛い女になってしまった。
なぜ生徒ではなく、女かというと、今も俺にべったりとくっついてまわっているからだ。
俺も馬鹿ではない。
相手の気持ちくらい分かっているが、こんなドストレートな気持ちは始めだ。
もともとバリア魔法ばかり勉強していて、碌に青春を経験してこなかった。
女性の扱い方には慣れていない。
エレインには裏切られてしまったし、今となってはあまり女性とそういう関係にはなりたいと思えない。
いつか、素敵な人が現れてくれたらと思いつつも、そこまでも期待していないのが現状。
「あっ、アメリア。近い」
「はい、先生。アメリアは近くにいてございます」
「あっ、あははは」
渇いた笑いをするしかない。
女性にすり寄られる慣れない行動に、俺は戸惑ってばかりだ。
モテた経験がないので、どう返答していいのやら思考が廻らない。
身体を摺り寄せてくるが、少し胸が当たっていることに彼女は気づいているだろうか?
「盛りのついた猫の様じゃの。さっさとやることやってしまえば、お主も自由になれるのでは?」
こいつ……!
俺がそんなことできない立場と知ってて言っているのか、それとも本心なのかわからないところが憎らしい。
フェイにとっては他人事なので良いのかもしれないが、俺としては結構切実にこの現状をどうしようかと思い悩んでいた。
しかし、結論が出ないので後回しにした方がいいだろう。明日できることは明日やればいいんだ。
「とりあえず、給料も出たし街に出ようぜ。何かご馳走する」
「良いのぉ。何か食べられるならどこでも行くぞ」
「先生が行くところならどこへでも!」
美女二人を連れて出る街は、本来ならもっと気分の良いものだろうけど、ドラゴンと教え子じゃあなあ。
今の情勢もあるし、変なことが起きなきゃいいけどって思っていたら、案の定道中声をかけられた。
それも家の屋根の上から。
「ほう、聞いていた人相通りだな。シールド・レイアレスがまさかこんなところにいるとは、ヘレナ国は一体どういう考えなのでしょう」
ひさびさにパリピムーヴと行こうとしていたら、屋根の上からこれまたとんでもない美人がこちらを伺っているではないか。
一度しゃがみ込んで、軽い体捌きで屋根から飛び降りる。
大剣を一本背中に背負って、白いロングコートを着た美人さんだった。
ちょっと待て、頭の上に猫のような耳が生えている。赤い髪と一体化していきて、気づくのが遅かったが、その大きな目もどこか猫の目と似ていた。
「獣人!?」
「ほう、北のものか」
北の国には、獣人が人口の大半を占める国があると聞いている。
ヘレナ国から逃げる際に一応考慮した逃亡先であった。
「私の名は、メレル。獣人の国イリアスにて、剣聖の称号を貰いし剣豪。以降お見知りおきを」
「イリアスの剣聖……」
そんな人物が俺に一体何の用だ。
ていうか、俺の情報が獣人の国にまで?どうなっている。俺はただバリア魔法を張っただけの男だ。国ではそんなに評価されていなかったというのに、辺境伯の対応といい、なにやら少し温度感の差を感じている。
「諜報部が国に、シールド・レイアレスが追放されたという情報を齎した。そして、この辺境のエーゲインの街に聖なるバリアの出現。女王の命を受けて急ぎそなたを国賓に迎えるようにと言い付かってここに参った次第」
国賓!?
この俺が?
やはり俺の評価は国内と国外で大きく違うみたいだった。実感がわかないが、間違いなく事実らしい。
「共に獣人の国イリアスへと参ってくれぬか?いいや、女王の命令である以上、強制的にでも連れていく所存。ウライ国にシールド・レイアレスを渡すわけにもいかないので、どうか優しく言っているうちに頼む」
そうは言われても。
俺にも事態が飲み込めていないのだ。
適当に給料の良い安定した仕事さえあれば良かったのに、今や国の規模でバリア魔法のことを話されている。
規模がでかくてまだ現実感が沸かない。
「悪いが、いまから獣人の国に行くっては無理だ。いずれ行くことがあるかも知れないが、とりあえず今は無理。それが俺の答えだ」
身の振り方は自分で決める。俺はもう追放なんて憂き目には遭いたくないからな。
美味しい話に簡単に首を縦に振るわけにはいかない。
「なるほど。ではすまないな。痛くはしないさ。少し気絶させるだけ。寝て起きたら獣人の国イリアスに到着だ」
やる気みたいだ。
フェイと、アメリアのやつを下がらせておいた。
ニコリと笑った剣聖メレルは、踏み出した瞬間、俺の目の前にいた。
まるで瞬間移動したかと思わせるようなスピードだ。
背中に背負っていた大剣は見るからにかなりの重量がある。あれを片手で持ちながら、この加速力。
獣人のけた外れの筋力をいきなり見せられた。
しかし、悪いが俺には届きそうにもない。
「バリア――武器破壊」
攻撃は俺のバリアを破ることなく、バリアに受け止められた。
バリアによって剣が抑えられる。
「なっ!?」
メレルが驚いた表情をしているが、驚いたのはこちらも同じ。驚異的な身体能力だ。
あれだけの威力で攻撃されたのだ。武器破壊は相手の攻撃威力をそのまま武器に跳ね返すので、通常なら武器が真二つに折れてもおかしくない。
しかし、白く光り輝く大剣には傷一つ付いておらず、刃こぼれしそうな気配もなかった。
「ん?武器にダメージを跳ね返された……?おもしろい、バリア魔法だ。しかし、獣人の国の名匠が打ったこの名剣、そうやすやすと折れはしない」
バリアで剣を止めた場所から垂直に飛び上がり、太陽に被さるように空から斬りかかってくる。
なんていう身体能力に、戦闘のセンス。一瞬にして地理条件を活かして迫ってくる。
思わず拍手を送りたいが、そんな余裕はない。相手の姿が見えない以上、広範囲にバリアを張っておく。
しかし、攻撃が来ると思われたタイミングで、攻撃が来なかった。
あの身体能力を考えるに、常識で判断しない方がいい気がした。
バリアを張り直しして、球体状にする。
俺の直感は当たっていたみたいで、どう移動したのか大剣が俺の背中方面からやってきて、バリアとぶつかる。
「バリア――物理反射」
剣を折れないなら、そのダメージ、そのまま返すまで。
凄まじい剣の斬撃が、メレルの体にそのまま返される。
「う゛っ!」
今度は効果があったみたいで、一瞬だがメレルが片膝をついた。
しかし、すぐに立ち上がる。
着ているマントが破れて、身に着けた革の鎧にも傷が入る。凄まじい威力がその体を襲ったはずなのに、まだ立つ。獣人の体力には恐れ入る。
「……これがシールド・レイアレス。自分の剣の威力を、そのまま自分に返されているみたいだ」
「考察の通り。悪いが、お前じゃ俺に剣は届かないよ。ていうか、あの剣が俺に届いてたら死んでるが!?」
連れ帰るって話はどうした?俺は国賓扱いだったはずじゃ!?
俺の首だけ連れ帰る気か!
「聖なるバリアを張ったシールド・レイアレスがあれしきの攻撃を防げないはずもない。防げないのなら、わが国には必要のない人材なだけ」
なんか勝手なイメージだが、獣人の国って弱肉強食なイメージがついてきた。
弱い奴、生きる価値なし!強いやつ、全て手に入れる!
そんなことを言われそうな雰囲気。
「まだまだやれる。再び、参るとしよう」
辺り尾の家や壁を素早く移動して、縦横無尽に動き回る。
あまりの速さに、集中力を切らした途端見失いそうである。
しかし、動きが見えている限り、いや見えてなくても俺の球体バリアを突破するのは不可能。
このバリアを割らない限り、お前に勝ちはない。
何か奇策を警戒したが、メレルは意に介さずあらゆる角度から攻撃を繰り返した。
緩急をつけながら、どこか弱点を探すように斬りつけてくる。
なるほど、持久戦か。
だが悪いな。俺のバリアはまだまだ耐久力があるのに比べて、メレルは既に体がボロボロだ。
最後に全力で振りかぶった一撃がバリアを叩きつける。
物理反射を使用しているので、ダメージの全てを跳ね返した。
メレルの血と衣服があたりに飛散した。
「……がはっ!無念」
ダメージが跳ね返ったが、どこまでも頑丈なメレルは軽く吐血した程度で済んだ。
それよりも、衣服にダメージが積み重なり、彼女の上半身がはだけて大事なところが見えてしまっていた。胸とか胸とか胸が!
「完敗だ。全く勝てる気がしないな。剣聖の私でも届かないとは」
「わわっ、あの、前が見えてるから、隠してくれないか」
なんで冷静なんだ。
こっちはその綺麗な胸が見えてしまっていて、とても冷静に話せないんだが!?
「俺の服で良かったら着てくれ」
急いで上着を脱いで、彼女に渡しておいた。視線は逸らしている。
「感謝する」
上着を着てくれて、ようやく彼女を見ることができた。
相当ダメージを負っているはずなのに、堂々と立ち尽くすあたり、彼女の頑丈さには恐れ入る。
「負けはしたが、女王にはそなたを連れてこいと言われている。致し方ない。この街で数日体を休めて、他の手段を探るとしよう。何としてでもバリア魔法を我が国に持ち帰らねば」
彼女は真剣みたいだ。
なんだか悪いことしているみたいな気分になってきた。
戦いが終わったのを見て、フェイが面倒くさそうに寄って来た。
「早う、なにか食べに行くぞ」
アメリアもがっしりと俺の右腕を確保である。
「ところで、シールド殿」
「はい?」
まだ何か用があるみたいだ。国にはいかないと伝えたはずだが。
「これは個人的な相談なんだが、私の夫となってくれないか?」
「はい!?」
まさかの相談だった。
メレルの口調を変更。イリアスの国王を女王に変更。2月2日。