1話 バリア魔法の追放。いい機会だし開き直ろう
「シールド・レイアレス。国家転覆計画を企てていた容疑で、そなたを国から追放する」
「え……!?」
婚約パーティー会場の空気が一瞬にして固まった。
人垣を割って歩いてきた騎士団長からの予想もしない言葉に、俺も体が固まった。
頭も真っ白だ。
先ほどまでの楽しかったパーティー会場がどよめき、嫌な喧騒に包まれた空間へと変貌した。
なぜ、俺が国家転覆なんかを?
この国に忠誠を尽くしてきたし、能力の限り働いてきた。
3年前に国を覆うバリアを張った功績で、10人しかなれない宮廷魔法師に任命されている。
平民出身だったが、貴族の令嬢との婚約も決まったばかりだった。こっちは俺の希望というよりも、国王から公爵令嬢を押し付けられた感じだった。
それでも美人の嫁さんがただで手に入ってラッキー!くらいに思っていたので嬉しかった。
全て順風満帆だったのに、なぜこんなことになった。
「俺はそんなことをしていない。調べればわかるはずだ。直ぐに何かの誤解だとわかる」
「既に調べはついている。あらゆる証拠が出ているが、何より君の家から計画書も見つかっている」
俺の家から?
傍にいた婚約者を振り返った。
俺の婚約者エレインは視線を合わせようとせず、謝ってきた。
「ごめんなさい。あなたの部屋に勝手に入ったことは謝るわ。けれど、あなたが毎晩何をやっているのか気になって、入ってみたんです。そしたらあんなものが……」
その青い瞳と、同じ色の髪の毛が、今日は一段と冷たくまるで氷のように感じられた。
「何を言ってる」
本当に何を言っているんだ。
理解できていないのは俺だけなのか?
ありもしない罪を押し付けられると、人は焦って言葉が出てこないのだと今知った。
動揺して、頭がまともに働いてくれない。
説得力のある反論をしたくても、思考が纏まらない。汗ばかりが流れていく。
「信じてはくれないのか」
俺は宮廷魔法師だ。国の為に働いてきた。普段の俺の働きを見てくれれば、絶対に冤罪だとわかるはずだ。
しかし、次の瞬間、エレインと騎士団長が目配せをしてニヤリと笑ったのを見た。
……まさか、二人が仕組んだのか?
今起きている出来事全てを、この二人が?
なぜそんなことを……。わからない。
騎士団長もエレインも、この国のことを思っているはずだ。国を裏切るようなことをなぜする。
俺のバリア魔法でこの国は他国からの侵略も受けず、魔物が流れこんでくることもなくなった。
この3年の発展ぶりは目覚ましいものだった。
全てとまでは言わないが、その大きな礎となったのは間違いなく俺の張ったバリア魔法のおかげだ。
それを捨ててまで、どうしても俺に罪を擦り付けるというのか?
「理由がわからない。俺を追放だなんて馬鹿げている。このことは国王も知っているのか?」
「もちろんだとも。追放は国王様からの恩赦だと思え。本来ならば一生牢屋の中で暮らして貰う予定だったのだからな」
そこまで話は進んでいたのか。
「……仕方あるまい」
もう反論はやめておいた。
一体、どこまで繋がりがあるかわからないからだ。
騎士団長と婚約者のエレインだけが計画したならば、なんとか汚名を晴らせる機会に恵まれるかもしれない。ただし、この計画に国王まで絡んでいるとなると、もうどうしようもない。
この国に俺の居場所はなくなったも同然だ。
一生牢屋暮らしじゃないだけ、確かに幸運かもしれない。
素直に受け入れて追放された方がいいだろう。
誰が敵かわからない以上、ここに長居するのは危険な気がした。
「退職金はないよな?」
「冗談を言っている余裕があるのか?」
ないです。ちょっと悔しかったからふざけてみただけだ。
もう悔やんでも仕方ない。
今後の身の振り方を考えないと。
連行される際は、特に抵抗しなかった。
拘束もなしに連れていかれる。
俺は宮廷魔法師の中でも特殊な立場だ。
なにせバリア魔法だけでのし上がった男だからな。
他の宮廷魔法師とはだいぶ毛色が違っている。
器用なことは苦手で、バリア魔法だけを磨いてきた。
バリア魔法しか使えない俺には、特別な警戒も必要ないと思われているのだろう。
それにしても、一体どこで恨みを買っていたのか。
国を覆うバリア魔法が優秀だから、軍事費を削ろうとしたことか?
軍事費が削れるなら税金を安くしようとしたことか?
宮廷魔法師は、国に滅茶苦茶貢献しているから給料をあげようとしたことか?
最近やたらとモテてるので、いろんな令嬢から縁談が舞い込んだことか?
どれも恨みを買いそうな話で、自分でもぞっとした。
俺としたことが、もろに敵を作りそうなことばかりをして守りが甘かったかもしれない。
使える魔法は、守り一辺倒のバリア魔法だけだというのに、政治の面ではノーガードだったわけか。
自分に与えられた権限だったとはいえ、少しやりすぎたかな。
こうして追放される段階になってようやく冷静に過去の自分を振りかえるとは。脇が甘かったと痛感している。
俺は悪いことをしちゃいないけど、政治力が足りなかったなと反省している。
けれど、俺を追放して大丈夫だろうか?
そこは少し疑問だ。
俺が国に張ったバリア魔法は、永続ではない。
多分だけど、そろそろ限界がくる。
バリア魔法って、徐々に劣化したりはしない。
壊れるときは一瞬だ。以前説明したような?
あれ?してないかも……。
しかし、騎士団長ほどの者がそんなことを想定していないわけがない。
きっと何か新しい防御魔法があるんだろう。代替になる、もしくは俺のバリア魔法以上のものが。
……あるよね?ねえ、あるよね?
まあいいか。俺が気に掛けることでもない。
この国に生まれて、宮廷魔法師として高い給料を貰っていたからバリア魔法を張っただけだ。
追放された今、国が今後どうなろうが俺の知ったことではない。
それよりも心配するべきは、やはり自分の身についてだろう。
ここ数年、宮廷魔法師の給料が良くてだいぶ羽振りの良い生活をしてしまっている。
パリピと言われても仕方ない生活をしており、金遣いの荒さが身についてしまった。
まさか宮廷魔法師を追放されるなんて思ってもみなかったから。
ずっと高収入が続くと思っていたから!
追放された後、俺はどこで収入を得るんだ?
なにせ使えるのがバリア魔法だけだ。
俺を雇ってくれるところはあるのだろうか?
他国へ行けば、また宮廷魔法師として雇って貰えたりするかな。
いや、国家転覆の罪なんて他国にだって知られるだろ。そんな怪しいやつ雇って貰えないよな。
ああ、どうしよう。
収入がなくなるって、結構不安になるな。
そういえば、高級クラブのつけを払っていなかったことを思い出した。
宮廷魔法師を目指す若者を連れて飲みに行ったけど、お金が足りなくて払ってないやつだ。
羽振りの良いところを見せて格好つけようとしたところ、金が足りなくて尊厳を失ったあの日の出来事を思い出す。シンプルに恥ずかしい記憶。
うわー、どうしよう。
いや、待てよ。追放されるから、もう借金も払わなくていい?
まさかのメリットも出てきだした。
追放も案外悪くないのかもしれない。
思えば、15歳になるまで毎日のようにバリア魔法を訓練した。
来る日も来る日もバリア魔法だけを。
だって、俺には魔法の才能がなかったから。
唯一使えたのがバリア魔法だったので、それだけを磨き続けた。
気づけば国一番のバリア魔法使いと言われるようになったけど、おかげで世間を知らずに育ってきた。
ここ3年でパリピみたいな生活をしてしまったのはその反動だったのか!?
そういうことにしておこう。
振り返れば、あまり楽しくない3年だったかもしれない。
訓練に費やしていた10年くらいの方が充実していた。毎日魔法が上達する感覚があって、歩みを止めることなく魔法を磨き続けたんだよな。あれは楽しかった。
パリピ生活は表面上こそ楽しかったけど、宮廷魔法師としては肩身の狭い思いをしていた。
10人しかいない宮廷魔法師は、実は表に出されない序列がある。
俺は国バリア魔法を張った英雄だから序列高めだろ!とか思っていたけど、当然のように序列最下位に任命されている。
それと同時に、俺は他の宮廷魔法師から見下されていた。
他の宮廷魔法師が数百の魔法を扱う中、俺はバリア魔法しか使えなかった。みんな口には出して言わなかったけど、心のどこかで俺のことを見下していた気がする。
特に、序列最高位のあの人は顕著だった。
千の魔法を使うと言われる天才魔法使い、オリヴィエ・アルカナ。
彼女はいつも露骨に俺のことを睨みつけてきていた。3年もの間、まともに会話をしたこともない。
俺の婚約が決まった時なんて、他のメンバーからは形だけの祝福を頂いたが、彼女からは殺気を貰った。
とんでもないお祝いである。
追放用の馬車に乗せられて、俺は過去のことを振り返っていた。
思えば、この国に尽くすほどの義理も、思いもないかもしれない。
一日で多くを失ったけど、せっかくの機会だ。
これからは自由に生きさせて貰うとしよう。