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(八)兄はアイドル

 アイドル系だ――

 それが隆家のお兄さんの顔を見た第一印象。

 めちゃくちゃ可愛い。そして顔小さい。お目目クリクリ。


 本当に隆家のお兄さん?

 隆家もまあイケメンだけど、タイプが違う。

 お兄さんはもっと華奢で細い。

 しかも化粧をしているものだから、どこか中性的で――

 

 隆家の忠告を忘れ、扇を膝まで下してまじまじと見とれてしまう。

 こっ、こほん!

 隆家はわざとらしく咳払いをして私の手を取り、扇を元の位置に戻した。

「名をゆり子と言ったね。宋出身の清家の姫君だとか」

 あら、声も高めのイケボだ――

「そのようです」

 隆家が私の代わりに応えた。

「宋のどの辺りに住んでいたの?」

 更に聞かれて、隆家が私を見た。

 どの辺りって――地名?

 迂闊な事は言えない。急に背中に汗が滲み始めた。

 北京上海広州天津――全てこの時代では違う呼び方だよね? 古代の地名……

「長安……の辺りと言えば伝わりますか?」

 恐る恐ると口にしてみる。

「もちろん。旧都でしょう? 確か今は陝西(せんせい)とか」

 なんとか誤魔化せた……?

 私は黙って曖昧に頷いた。

「旧都にいたのなら、慈恩寺には行った事があるかい? 十層もの塔があると聞くけど」

 慈恩寺? 塔?

 ああ! 世界遺産の大雁塔(だいがんとう)がある所か!

 それなら知っている。

「六年程前に友人達と訪問し、塔にも登りました。螺旋階段を登るのは大変でしたが、最上階に着いてから見た景色は最高でした」

 高校の修学旅行先が西安だったので本当だ。

 唐が滅亡した後も残っていたという説明を思い出す。

 まさか、こんな形でそれが役立つなんて――

慈恩(じおん)春色(しゅんしょく)今朝(こんちょう)()く」

 お兄さんが呟いた。

「ああ、白居易はくきょいですか?」

 隆家が訊く。

 白居易が何か分からないけど、彼が間に入ってくれて助かる。

「いかにも。慈恩寺の話を聞いて思い出したよ。ゆり子は実際にその目で見て来られたのだな。羨ましい」

「は、はあ……」

「また宋の話を聞かせてくれる? さて、今日はあなたが宋から来たと聞いていろいろ持ってきたのだよ」

 お兄さんは、包みから冊子を数冊取り出して見せた。

「漢書ですか?」

 隆家が手に取って表紙を眺めながら、私に渡す。

「日本の物語もあるよ。療養中、何か読むものでもあった方が気がまぎれるかと思って」

 可愛い顔をして気が利く。

 確かに、寝て起きて食べてまた寝るだけの生活に飽きがきていた。

 私は一冊をチラッとめくってみた。


 読めない――

 くずし字。

 「の」や「し」に見える所もあるけれど――ほとんど分からない。

 他の冊子を手に取ってみると、題名が漢字で書かれているものもあった。

白氏文集(はくしもんじゅう)?」

 そう呟くと、お兄さんは嬉しそうに笑った。

「思った通り、宋国育ちなら読めるかと思って。持ってきて良かった」

 中身は漢文――

 漢字の方が読めると言えば読めるけど、意味が分かるかと言えば否。

「兄上、今日はこちらに泊まられるので?」

「しばらくはそのつも…り…だ、よ…。いたたたた」

「どうされたのです?」

「最近、少し腹の調子が悪くてね」

「確かに顔色も良くない。父上も伏せっておられるし、兄上も気をつけなくては。出雲、出雲はいるか?」

「はい、ここに」

「兄上を御帳台までお連れして。それから医師と陰陽師(おんみょうし)を呼ぶように」

 陰陽師?

「かしこまりました」

 お兄さんと出雲さんが去った後、隆家は私の前の一冊を取りあげて、パラパラと眺めた。

「ゆり子はもしかして仮名は学んでいないのではないか?」

「……まあ、学んでないのと同じかな。知ってる仮名とはちょっと違うみたいだし」

「だと思った。しかし、この国の貴族社会で生きていくためには真名よりも仮名だよ。女人は特に」

「まな?」

「漢字の事だ。宋育ちのゆり子は読めるだろうが、残念ながら真名は男手。仮手は女手というのが今の日本だ」

「隆家はどちらも読めるの?」

「当然であろう。摂関家の次男だぞ私は」

「摂関家――」

「妹が今上の妃だと教えただろう? 今は私の父上が関白だ。もしかして言葉が分からないか? 摂関家というのは……」

「あ、それは分かるわ。摂政と関白。天皇陛下の政治を補佐する人の事でしょう? 摂関政治と言えば藤原道長……」

 中高時代に丸暗記したまま口にすると、隆家の顔が途端に険しくなった。

「何故そこで道長殿が出て来るのだ」

 低い声――

 え? 怒ってる?

「そもそも、何故その名を知っている? “女房”すら知らぬお前が」

 やっぱり怒ってる。しかも、かなり。

「何故答えない。お前、まさか、道長の隠密か?」

「隠密って? ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

 どうしよう! 隆家を怒らせてしまった?


 その時。

「隆家様、大変です! 伊周(これちか)様が、伊周様が!」

 女房の一人が飛び込んで来た。

「兄上がどうしたのだ?」

「突然横になってもがいておられるのです!」

「何があったのだ?」

「さっぱり分かりません。と、とにかくこちらへお越し下さい!」

 隆家は冊子を私に返し、女房と共に出て行った。


 一体、何があったのだろう?

 伊周様って――隆家が兄上と呼んでいたのだから、先程のお兄さんの事よね?

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