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(五)私は誰?

 典薬寮とやらを出て、またあの乗り心地の悪い牛車に隆家との出雲さんと私の三人で乗り込んだ。

 あの神社のような家に戻るようだ。


「隆家様は今日は宿直(とのい)ではなかったのですの?」

 出雲さんが隆家の着物の襟を直しながら訊ねる。

「その予定だったが、出雲に任せたもののどうなったか気になったのだ」

 隆家はチラッと私を見て答えた。

「姫様なら隆家様に言われた通りに典薬寮までお連れする途中にお目覚めになられました。お医師には大内裏に患者を連れて来るなんて……と嫌味を言われましたわ」

「それは悪かったな。私がいれば何も言わなかっただろうに」


 私は黙って目の前に並んで座っている隆家と出雲さんを眺める。

――隆家様の女房の出雲でございます。

 さっき、確かにそう出雲さんは言った。

 つまりこの二人は夫婦?

 やっぱり、どう見ても親子にしか見えない――政略結婚なのかな。


 見られている事に気付いた隆家は、私をじっと見返してきた。

「お前、宋から来たんだって?」

「え? あ、うん」

 とっさについた嘘だけど、このまま突き通さなくては――

「名を清原(きよはらの)ゆり子と言ったな」

「えと、『の』と『こ』が多いけど、まあ、そうです」

「お前の両親はまだ宋にいるのか?」

 両親――

 宋じゃなくて、令和にいますよ――なんて言えない。

 そうなると、こう答えるしかない。

「二人とも他界して今は……」

「お前が遭ったという船の事故でか?」

「いえ流行病で。それで帰国することにしました」

 嘘に嘘を重ねる。

 本当の事を話せるわけがないから、全く罪悪感はない。

 これは見知らぬ世界で生きるため。


「生まれは宋か? 確か清原俊蔭(きよはらのとしかげ)という遣唐使が昔いたようだが、その子孫か?」

 遣唐使の子孫? なるほど、その線でいけば――

「嫌ですわ、隆家様。それは『うつほ物語』の主人公の男ですわよ」

 出雲さんが笑いながら口を挟む。

 物語? つくり話?

 じゃあ、清原俊蔭とやらは架空の人物って事?

 危な! あやうく、その子孫ですと認めるところだった!

「ああ、そうか。では違うな」

 隆家は少し顔を赤らめて誤りを認めた。

「で、ゆり子は宋で生まれたのか? 京に馴染みがないようだが」

 京どころか、この世界全てにありませんよ! と心で叫ぶ。

「そう、です」

「では何故うちで倒れていたのだ?」

「それは……分からない」

 この点は嘘じゃない。

 飛行機が墜落する最中に気を失い、気が付いたらあそこにいたのだから。

「遭難事故があったのなら報告があるはずだか、特に聴いた事はない。近海で起こったのではないのかな?」

 私はそれも分からないという風に首を傾げた。

 迂闊な事は言わない方がいい。

 隆家は私の脚を見た。

「恐らく、お前の従者か誰かが連れて来たのであろうが、何故うちに運び込んだのだろう……」

「隆家様、もしかすると小納言の(ゆかり)のお邸だからではないですか?」

「小納言? 何故だ?」

「ほら、ゆり子様は清家の姫君のようですし」

「ああ! なるほどな!」

 二人は納得したように頷き合う。

 私には何が何やら分からないが、何だか彼らの中で辻褄が合うのなら、それに乗らせてもらおう。

 隆家は私の方に向き直した。

「お前の縁者が我が家縁の使用人の中にいるようだ。さすがに内裏に入って梅壺までお前を連れて行く事はできず、うちに置いたのだろう」

「私に縁がある人が――ところで、内裏とか梅壺って?」

「ああ、それも知らぬのか。宋では内裏とは呼ばぬのかな……さすがに帝は分かるか?」

「天皇陛下の事?」

「ああ、その通りだ。帝の御所があるのが内裏だ。そして帝の中宮が私の姉上で、その御所が梅壺だと説明すれば分かるかな?」

「――お姉さんが中宮って、帝のお妃様って事?」

 令和なら、皇后○子さまが隆家のお姉さんだという話だ。

「そうだ。そして姉上に仕えている者の中に清家の者がいる。お前のその怪我の具合が良くなってから、一度彼女をここに呼ぶとしよう」

「……という事は、私を家に置いていただけるのですか?」

 隆家がロイヤルファミリーの関係者だと知り、言葉遣いが丁寧になる。

「小納言の縁の姫を道に放り出すわけにもいかないだろう」

 小納言……清家の小納言……

 あっ! もしかして――

「あの、その小納言って、清少納言と言う人では」

「何だ、やはり一族の事は聞いて知っていたのだな。清原元輔の娘、清少納言で間違いない」

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