(四)医師とは
「物の怪が憑いていますな」
医師というより、神主のような格好をしたおじいさんがそう診断を下した。
は?
物の怪って、某世界的大ヒットアニメ映画に出てくるあの妖怪のこと?
「でも気はしっかりしてらっしゃいますわ。世間知らずではあるようですが……」
三人官女が少し反論めいたことを告げると、医師は不機嫌そうな顔になる。
「物の怪憑きの者が皆、奇怪な言動をするわけではない。下等の物の怪が左脚に憑いていると言っているのです」
「そうでございますか。では治療はどのように?」
「祈祷をひと月。それで回復しなければ一生このままですな」
祈祷――
「ちょっ、ちょっと待って。そんなんで治るわけないじゃない。固定してギプスとか――はないとしても、湿布――もないだろうけど、薬草を貼るとか他の方法はないわけ?」
この世界にいる事をまだ把握しきれていないので、とりあえず静かにしておくつもりだったけど黙っていられなかった。
医師は私をじっと見た。
え? まさか、この時代、薬草もない?
「姫様は宋の国に行っておられたのか?」
「え? 宋?」
宋って、ああ、中国か!
それよりも、姫様って誰?
「見たことがないお召し物なので異国のものとお見受けしていましたが、宋国の装束でしたのね」
三人官女姿の女性が私のワンピースを見て納得したように頷く。
このワンピース、襟のところがカシュクールの合わせになっていて、ウエストのところは紐で縛っている。
まあ、中華風に見えなくもないけど、無地だし民族衣装にしては地味だと思うけど……。
「ええ、実はそうですの」
とっさに、私の口から嘘がついて出た。
「この怪我は、飛行機――じゃなくて船! 船が遭難したのです」
「まあ」
三人官女は哀れむような顔で私を見る。
「そういう事は先に言って欲しかったですな。誰か! 医生の尚賢を呼んでまいれ」
医師が部屋の外に向かってそう告げると、そう時間を空けずに誰かがやって来た。
「尚賢。お前は整骨について詳しいであろう。この姫様を診てやってくれ」
「はい。では」
呼ばれて来た若い男は、私の腕や足をじっくりと診た。
「腕は打撲。時間が経てば治るでしょう。濡らした手拭いなどで冷やすようにしてください。問題はこの左脚です」
医師のおじいちゃんより、ずっとまともな診断にホッとする。
「物の怪が憑いているであろう」
医師がまた繰り返す。
「そっ、そうですね。その辺りは御医師の方がお詳しいとは思いますので、憑いているのでしょう」
ぷっと、ちょっと吹き出しそうになるのを堪えた。
この尚賢という人、医生と言われていたから医学生なんだね。
そして上司にあたる古典的な医師のおじいさんに気を遣っているようだけど、内心、物の怪な訳ないだろうって思っている。
それが見てとれて笑いそうになったのだ。
尚賢は更に私の両脚を念入りに診てから続けた。
「更に膝関節など損傷が見られますので、生地黄を砕いたものを塗り、竹で覆って固定し安静にする治療が有効かと思われます」
「あの、自分では骨が折れているんじゃないかと思うのだけど」
レントゲンとかない時代だから、判断しようがないとは思うけど、念のため聞いてみる。
尚賢はにっこり笑って私を見た。
「いえ、折れてはございませんよ、姫様」
さっきから、姫様と自分が呼ばれている事に気付いていたが、今はそれは無視して、
「どうして断言できるの?」
ともう一度聞く。
「女房殿に支えられながら、こちらまで歩いて来られるのを拝見しました。この状態で更に折れているのでしたら、支えがあろうと全く歩けないはずですから」
「なるほど。――女房って?」
「私ですわ。隆家様の女房の出雲でございます」
「え?」
私はまじまじと、三人官女改め出雲さんの顔を眺めた。
うーん。うちのお母さんより少し若いアラフォー世代?
だけど隆家は私と同じ位の歳に見えたけど……。
隆家って、熟女専門なの?!
その時。
廊下の方から声がした。
「中納言様がいらっしゃいます」
しばらくして、中に入ってきたのは、その隆家だった。