(二)ここはどこ?
眩しい。
しかし瞼が重くて目を開けられない。
耳を澄ましてみる。
とても静かだ――こんな静寂を私は知らない。
人の声はおろか、足音、気配さえも聞こえない。
時計の秒針の音や冷蔵庫の稼働音などの耳慣れた生活音がしない。
自動車が走る音も――何も聞こえない。
ああ、でも、遠くにさらさらと流れる水の音。
かすかに、虫の声もする。
もしかしてここは――天国?
私――死んでしまったの?
周りに見渡す限りの銀色の草原が広がるのを想像して、恐る恐ると目を開ける――
んん?
木造の梁と天井……ここは、おばあちゃん家の縁側?
……じゃない!
がばっと起き上がって、周囲を見渡す。
ここはどこ?
大きな木造家屋の、やけに幅の広い縁側の上で私は寝ていたようだ。
建物の中に目をやる。
この家、部屋がない……?
窓も、扉も見当たらない。
床は板張り。
柱はたくさんあって、屏風とかパーテーションのような建具があるけれど。
ああ、お寺か!
でもどうして私はここに?
ざっ、ざっ、ざっ、ざっと背後から音が聞こえてきて――振り返ると、百人一首のお殿さんのような格好をした、若い男がこちらに向かって歩いて来た。
あの格好は――神主さん?
じゃあ、ここはお寺じゃなくて神社?
神主さんのような人は、私を見つけると眉をひそめて見下ろした。
「お前は誰だ?」
いきなりのタメ口?
私はちょっとムッとして、
「あなたこそどなたですか?」
と返した。
「質問に質問で返すとは生意気な女だな。見知らぬ者が妙な格好をして邸に上がっておるのだ。そちらが先に名乗るべきであろう」
妙な格好?
そう言われて自分の服を確認する。
濃紺のシャツワンピース。
特段おしゃれな格好というわけではないけれど、妙と言われる程酷くない。
「名は何と申す」
神主さんの癖に、時代劇のような話し方をする人だな――
しかも、ちょっと横柄だし。
「清原ゆり」
「きよはらの?」
「そう、ゆり。で、あなたは? 神主さん?」
「神主?」
男は首を傾げる。
この反応、神主さん――じゃないの?
「ここ神社じゃないの? じゃあお寺?」
私はもう一度家の中を見渡してみた。
神社にしては祭壇がなく、何かが違う――
男は呆れたような顔をして私を睨んだ。
「寺院だと勘違いして入り込んだのか? ここは二条宮だ」
「二条……城?」
あの、大政奉還が行われたとかいう京都にある国宝の城?
「違う、二条宮」
宮?
「私は藤原隆家。名は聞いた事あるであろう」
藤原の……隆家?
聞いた事があるって言われても……
「申し訳ないけど知らないです。あ、もしかして俳優の方? 私、あんまりドラマ見ないから芸能人知らなくて。そっか、ここは撮影現場なのね」
「ドラ……? 何をわけの分からない事を申しておる? 私の名を聞いても知らぬとは、京の者ではないな」
「私は東京出勤だけど――京って、ちょっと待って! ここ、京都なの?」
見知らぬ場所で目覚めただけじゃない。
なぜ、私、京都にいるの?
確か北京に向けて飛行機に乗って――
「!」
そうだ。
飛行機、墜落したんだ――
藤原隆家という男はしゃがんで私の顔を近くで見て、こう言った。
「ここは京の都――平安京だ」