俺はあの陰キャ女子がくノ一だと知っている
カッカッカッとチョークが黒板に当たる音が静かな教室内に響き渡る、5時間目の国語の授業中。
秋季体育祭が終わり、残暑の暑さも落ち着いた10月の昼下りは、眠るのにはこの上ない環境だ。
「ふぁー」
だからといって、授業中に眠るのはご法度である。
そんな中、半分以上閉じかかった瞼を必死に開けようとしながら大あくびをするのは、クラスでは俗に言う『陰キャ』と呼ばれる側に属する女子『保古恵利桃』だ。
「おーい、保古。あくびをするなとは言わないが、せめて慎ましくしてもらえないかぁ〜?」
案の定、国語教諭に注意をされてしまった。
「すみ……ません」
俯きながらか細い声で謝罪する彼女の顔はほんのりと赤く見える。
「クスクス」
「クスクス」
彼女を下に見ているであろう、女子達が分かりやすく小声で嘲笑する。
「こらー。人の事を笑うんじゃないぞー。じゃあ教科書135ページ…………」
国語教諭は適当な注意をすると、授業に戻った。
さて、そんな状況を冷静に見つめているのは、ごく普通の男子生徒の1人。『平地柳』である。
(先生が注意しなきゃ、保古さんも笑われなかったんじゃないなかぁ)
柳は、心の中でそう思っていた。
実際にクラスの中では何人も大口を開けてあくびをしている生徒がいる。というか、教科書を立てて眠っているやつだって居る。にもかかわらず、注意をしやすい女子に注意をしたのだ。
あくびをしたり、眠ってたりしているのはクラスの中では『陽キャ』に属する人物だからだろう。
(先生も本当にそのへん気をつけたほうがいいと思
う)
柳は、チラッと恵利桃を見ると、彼女はまだ眠いのであろう。焦点の合わない目を一生懸命に黒板の方に向け、あくびを耐えていた。
その姿を見てホッとする。
(良かった。あまり気にしていないみたいだ)
一見、柳は恵利桃の事を心配している心の優しい男子に思えるかもしれないが実際は違う。
(本当に気をつけてほしい。誰かが保古さんに殺されたりしたら、もし、それが保古さんが殺ったという事に俺が気づいていると知られたら……俺の身に危険が迫るかもしれないからな)
平地柳は、知っているのだ。
保古恵利桃が実は『くノ一』だという事を。
時間は1年前に遡る。柳がまた高校1年生だった頃だ。
その日は1日晴れだという天気予報だったのだが、何故か昼過ぎから暴風雨になるというとんでもない日であった。
電車が止まるかもしれないという知らせを受けた学校は、急遽午後の授業は中止とし、13時で下校ということになった。柳も電車通学なので、急いで学校を出発した。
吹き荒れる雨の中、校門を出る。
柳の友達は殆どが自転車通学だった。他の奴は親が迎えに来たりして、その日はたまたま1人での下校となってしまった。
駅に向かう他の生徒の中に紛れて、どうにか駅に到着し、ポケットから定期券を出そうとしたが、無い。
びしょびしょになった制服の中を必死に探るがない。
仕方無しにとりあえず切符を買って帰ることにしたが、そこで柳は気づいた。
(あ……濡れるから学校に鞄置いて……その中に財布……あと、定期は脱いだ上着の中だ……)
絶望であった。
駅の外はどんどんと暴風雨が強まっている。
両親は仕事中だ。
(はっ!!スマホの電子マネーの残高!!)
『83円』
絶望であった。
周りを見れば、もう誰も同じ学校の生徒は見当たらない。
柳は仕方無しに、学校へ戻ることにした。
駅から学校までは割と近いので、徒歩でだいたい10分くらいである。
意を決して駅を出て5分。ようやく中間地点に近づいたと思ったときだった。
「…………はぁっ……このっ!」
「え?」
頭上から何故か女子の声が聞こえたのだ。
驚いて見上げると……。
「?!」
屋根の上で、めちゃくちゃパンチラさせながら女子高生と女子高生が何か戦っている。片方の制服はうちの学校とは違うので他校の生徒なのだろう。
(えぇー?!)
その後ろには、男子高校生が屋根にしがみついていた。
キーン。カーン。
金属がぶつかり合う音が響き渡る。
「忍法っ!…………す……りゅ……陣!!」
(忍法?!)
他校の生徒が忍法などど叫び、何か手をパッパッとし、よく聞こえなかったが技っぽい言葉を叫んだ。
すると、彼女の前に水の竜が現れ、それが同じ高校の女子生徒へと向かっていく。
「……ん法っ!!か…………ちっ!」
負けじと同校の女子生徒も技っぽい何かを叫ぶ。
今度は彼女の前に竜巻が起き、それが水の竜へと向かうと、それを木っ端微塵に切り裂き……そして…………。
「っ?!」
他校の生徒の首を跳ね飛ばした。
血しぶきが上がる。
「……法。死…………し」
簡単に人の命を奪った同校の女子生徒が何かまた技の名前を言うと、命を落とした女子生徒の姿が消えた。
「…………え……?」
それは一瞬の出来事であった。
柳が呆然としていると、少しずつ暴風雨がおさまり始めた。
(もしかして、この雨って……さっきの女子生徒が……)
ふとそんな考えが過ぎった。
そして、女子生徒は後ろにいた男子生徒を立たせると、ぶつぶつと何か唱え……二人の姿は消えた。
その消える前の一瞬、柳は二人の顔をしっかりと見てしまったのだった。
後日。学校でその女子生徒が同学年の恵利桃である事に気づいた。
その彼女と2年生のクラスが一緒になってしまい、心が落ち着かない学校生活を送っているのだ。
キーンコーンカーンコーン。
さてさて時は戻り、下校時刻となった。柳も帰り支度を整える。部活には所属していないので、このまま帰宅だ。
今日はいつも一緒に帰る友達はバイトなので、1人での帰り道である。
柳が席を立ち廊下へと出ようと引き戸の前まで来ると、ちょうど引き戸の廊下側に恵利桃と5時間目に堂々と眠っていた陽キャの『下弦院梗雅』が立っていた様で、話し声が聞こえ、なくとなく引き戸を開けようとした手を止めてしまった。
「殿。今日のご予定は?」
「おい、ここではそう呼ぶな」
「あ、ごめん。えっと下弦院君」
(あぁ……また聞いてしまった……)
どうやら、恵利桃は梗雅に使えている(?)らしく、それは学校では秘密らしい。
しかし、何故か柳はこういう会話を時々聞いてしまうのだ。
あの日見た男子生徒も彼だった。
今、クラスから出るのは得策ではないかもしれないと考え、柳は一旦自分の席に戻ることにした。
廊下ではまだ二人が話しているようだ。
「あれー?また、陰ポコが梗雅に付きまとってるー」
「やだぁ、授業中に爆睡しててセンセーにめっちゃ怒られてたくせに、恥ずかしくないのぉ?」
陰ポコはどうも保古恵利桃の事をバカにしたあだ名らしい(陰キャの保古という事だろう)。
なんとなくだが卑猥な響きに聞こえるのは柳だけでは無いはずである。
遠慮のない陽キャ女子の大声は、廊下なのにも関わらず、教室の中でもはっきりと聞こえる。
(爆睡して無かったし、そんなに怒られもしてなかったんだけど……てか気をつけて陽キャ女子、殺されないで!)
「…………す」
「はぁ?!聞こえないんですけどー?」
「……から……」
「マジでウザーい」
何故かその会話に柳の方が緊張してしまう。
(この場に居るやつ全員殺して、あん時みたいに死体隠すとかされたらどーすんだよ)
「はぁもういい。マジでお前ウザッ。今からカラオケ行くから、お前は付いてくんなよ」
「……かっ?!」
「そーだよ。命令!付いてくんな!!」
どうやら、恵利桃を置いてカラオケに行くらしい。
殿こと梗雅は、陽キャ女子がお好みか?
気がつけば教室には柳1人になっていた。
皆、反対側の引き戸から帰ったのだろう。
自分もそうしておけばよかったと、若干後悔をしてしまった。
とりあえず、まだ廊下に居るであろう恵利桃と反対側の引き戸から廊下へ出ると。
そこには呆然と立ち尽くす恵利桃の姿があった。
(…………ここは無視だよな……無視。無視無視無視無視
…………)
「…………だ、大丈夫?」
無視すべきと分かっていたのにも関わらず、柳はどうしても傷心中の女子を無視することは出来なかった。
「えっ?!…………誰……だっけ?」
「えぇっ?!」
何と、恵利桃は同クラスの柳の事を全く覚えていなかった。
「平地柳。平地って書いて、さかなし。同クラだよ」
「そうなんだ……全然気配に気づかなかった」
「……」
(気配とか言わないでほしい、何か怖いし)
「平地君、帰り遅いね」
「あ、うん。ちょっと……ほら何か……教室出にくくて……その……何か、酷いこと言われていたよね?大丈夫?」
「酷いこと?」
「えっ?付いてくるな的な?」
「?」
恵利桃は何のことという様な表情でこちらを見つめた。
「気にしてないの?下弦院とか他の女子にウザいとか言われてたよね?」
「うーん。でも、ちゃんと守り雀は付けたし、そんなに危険じゃないと思うから気にならない程度の事……かな?」
「何の話っ?!」
恵利桃は目をパチパチとして、アッと言う顔をした。
「守り雀っていうのはナシでお願い」
「……」
柳は声を掛けたことを心の底から後悔した。
「あー……じゃあ何でもないみたいだから……さよなら〜」
「折角だし一緒に帰ろう」
「えっ?!」
「ん?だめなの?」
「いや……でも、下弦院…」
「殿……あっ。下弦院君がどうかした?」
「好きなんじゃないの?」
「好きじゃないよ」
衝撃であった。
「えっと……その二人ってその……特別な関係的な」
「んー……ちょっとした幼馴染だけど、恋愛感情は無いし、正直嫌いだよ」
更に衝撃だ。
恵利桃は梗雅の事が好きで、梗雅に使えているのであれば、くノ一の特性上、二人はもうすでに深い関係なのだろうというのが、柳の実に個人的な見解であった。
「じゃあ何であんなに近づくのさ」
「ん~~~……ん~~~??」
柳の質問に首を傾げる恵利桃。
「あーうん。なんかごめん。とりあえず帰ろうか」
「あ、うん」
流れで一緒に帰ることになってしまった。
昇降口を出て、校門近くまで来た2人。
「じゃあ俺、駅の方だから」
「私もだよ」
(まじかよ)
てくてくと二人で駅に向かう。
「ねぇ、私ってやっぱりちょっと変なのかな?」
「え?」
恵利桃の質問は少し答え辛い。何せ彼女はくノ一、ちょっとどころではなく、変なのだろうから。
「やっぱりね。下弦院君にもよく言われてるから。でも、どうしようもなくて……」
「あー……そうなんだ」
「私と下弦院君って別に仲良くもないし、寧ろ嫌いなのに、ちょっと事情があって……はぁ……」
「大変なんだね」
「まーね」
くノ一業務も大変なのだろう。
「下弦院は好き勝手に生活してるんだから、保古さんも好きにしたらいいのに…………はっ!」
(好きにしたらとか言っちゃったけど、学校で気に食わない相手を簡単に消されたりしたら……)
「どうしたの?」
「あ、ある程度秩序を保って、一般的な人間の自由な生活なんて……ど、どうだい?」
(どうだいって何だよ!)
「ふふっ。何かよくわかんないけど、ありがとう」
「あ、うん」
(怖いかと思ってたけど、案外普通の女子かも……)
「私と下弦院君は本当にちょっとした幼馴染っていうか、私があの人のボディーガードをしてるというか」
「へー……何か……特殊な関係ではあるんだね」
(殿と、くノ一なんだよね)
「うん。本当はマジで嫌なんだけど、仕方なくって感じでね」
「そんなに嫌なんだ……」
「うん。あいつ器じゃないんだよね。話通じないし、弱いし」
「うつわ……?」
(殿の?)
「そうそう……でも、ま。櫃元様が……えー、殿の……あー……下弦院君の弟さんがね……次期跡継ぎと……いや」
(この子アホか?多分言っちゃいけないワード言いまくってるんじゃないか?)
「よ、よくわからないけど、彼には弟がいて、何かあるんだね!」
「んー。そう……かな?」
「そうなんじゃないかな?」
(秘密とか知りたくないからもうやめてほしい)
「はぁ〜。何か久しぶりにちゃんと息できた気がする。ありがとね」
「そっか、なら良かった。じゃあそろそろ駅……」
ゴンッ!!
「平地君っ?!」
「〜〜〜っつぅぅぅ……」
電信柱にぶつかってしまった。
「大丈夫っ?!私、気づかな……く……て…………え?」
「うー……痛ててて……」
「私、気づかなかった……」
「どうしたの?」
恵利桃は、しゃがみ込む柳を凝視している。
「……平地君。お願いがあるの!!」
「んー?」
「私の恋人に……ううん!許婚になって!!」
「は?」
(はぁぁぁぁぁぁ?!)
翌日。
ピンポーン。
早朝。6時半。
ピンポーン。
遠くから玄関のチャイムの音がする。こんな朝早くから何て迷惑な……。
「………………」
「………………」
どうやら、親が対応をしているようだ。
「…………んー……」
「おはよう」
「んー……おは………………?!」
有りえない声が聞こえ、驚いて目を開けると……。
「……保古……さん?」
「おはよう。迎えに来たよ」
「何で……」
(ギャルゲーの世界かよ。というか両親よ何故通したし)
「お母様が起こしていいよって」
「セキュリティガバガバ!!」
そのまま、なし崩し的に朝ごはんを一緒に食べ、全く遅刻の心配のない時間に家を出た。
「その……許婚って……保留にしなかったっけ?」
「ん?昨日の時点ではそうだけど。外堀から埋めようと思って」
「こっわ!!」
「迷惑?」
「…………いや……」
正直、悪い気がしないのが問題であった。
よく見ると、恵利桃はそこそこ可愛い顔をしているし、くノ一だからかスタイルも良い。
ふと、あの嵐の日の翻ったスカートと見放題になっていたパンツが頭をよぎった。
(いやいやいや……いや……悪くなかったけど……今思い出しちゃ駄目だろ)
横を見るとパチッと目が合う。
「どうしたの?」
「えっ!!いや……何でも……ない」
「そっか。ふふっ変なの」
話をしても全く疲れないし、声も可愛いときた。
つまりは、結構好みの女子ということに気づいてしまったのだ。
「とりあえず、迷惑じゃないみたいで良かった。えへへっ」
(くそっ!可愛いな!)
そのまま、2人で登校する。
その時気づいたのだが、意外に女子と登校しても誰も気にしないのだ。
柳と恵利桃が、元から目立たないタイプということもあるのだろうが、案外、人は他人に興味が無いものなのだと改めて思った。
が。
教室に入った途端に、お怒りモードですという顔をした梗雅に裏庭に連行されてしまった。
「恵利桃っ!!何でお前っ!その……その……誰だ……あー……その男と一緒に」
昨日はあんなに恵利桃の事をぞんさいに扱っていたのに、唾を撒き散らしながら怒号を浴びせてくる姿はなんだか滑稽である。
(保古さんと俺が登校してきたって事が気になるって事は……こいつ保古さんの事気にしてるってことか?)
「この人は私の許婚だよ。私は昨日付けで、あなた付きを降りさせて貰ったんだよ」
(保留中だよね?!)
「は?!そんな事が許されるわけ無いだろ!!しかもそんな初めて見るような男とっ!!」
「俺と君、同クラだよ?!」
「くすくす。やっぱり平地君の事、認識できてなかったんだね」
「……何だと?」
「平地君は、天性の影薄なんだよ。忍者の一家は喉から手が出るほど欲しい才能」
(昨日も言われたが、褒められている気は全くしない)
影薄とは端的にいうと、気配が感じ取られにくい特性をもつ珍しい人のことらしい。
だから、2人が秘密の会話をしていても、近くにいる柳に気づかなかったのだろう。
「影薄……それがなんだって言うんだ!お前は俺付きだ!辞めるなんて許さないからな!」
「許さないも何も、保古家の人事権は保古家が持ってるんだよ?下弦院君にはその権利はないよ」
「なっ……それでも……それでも許さない!お前は俺のもんだ!」
「いや、保古さんは君のこと嫌いだから。君のものじゃないから」
(未だにこんな人権を無視の発言をする男がいるとは)
「お前は関係ないだろ!どっかいけよ!陰キャ野郎!」
「俺……そこまで陰キャじゃ……」
「関係あるし、平地君と私は高校を卒業したら結婚して、私の里に連れて行くんだよ」
「それ知らないよ?!」
梗雅は顔を真っ赤にして、怒りでプルプルと震えている。
「俺の女に手を出すな!!絶対に許さないからなァァァ!!」
「わっ!!」
そう叫ぶと柳に拳を振り上げ……。
「むぶぅっ!!」
ようとした瞬間に、どこかしらから現れた男に組み伏せられてしまった。
「あ、お兄ちゃん」
「お兄さん?」
「殿。今日付であなた付きに就任しました。保古家長男です。お久しぶりですね。今後ともよろしくお願い致します」
「ムガムガ〜ッ!!」
組み伏せられて、上手く話せないらしい梗雅。何とも情けない姿である。
「……随分と好き勝手されていたようだな……これは再教育しなければ」
「うん。私の言うことは、ぜんっぜん聞いてくれないんだもん。痛めつけようにも私加減が下手だから、殺しちゃまずいし……困ってたの」
「そのくらいの理由では任を解くことは難しいからな。それに護衛という意味だけならお前以上の人材はいなかったしな」
そう言うと、恵利桃の兄はまだ『フガフガ』と言っている梗雅の首をコキッとし昏倒させた。
(こっわ!!)
「とりあえず、殿は一旦連れ帰る」
「うん。よろしくね」
「じゃあ……あっそうだった。君が恵利桃が言っていた影薄の許婚だね。これからもよろしく」
「えっ、あ。はい。よろしくお願いします」
恵利桃の兄はそれだけいうと、ニコッと笑って梗雅と共に姿を消した。
「お兄ちゃんにも紹介できて良かった」
「……これが……外堀……」
「ふふっ」
満足そうに微笑む恵利桃は、とてもかわいらしい。
「……はぁ……保古さんの家は忍者なんだね」
全く隠す気のない素振り、もういい加減核心をついても大丈夫だろう。
「ん?そうだよ。そのへんもしっかり説明するね。影薄の人は忍者家系にとっては本当に理想なんだ……でも、許婚になってもらったのは……それだけじゃないかな……へへっ」
「…………」
(くっそ可愛いな本当に!!)
「あ、あとね。下弦院君の護衛を外れれたのも平地君のおかげなんだ。許婚が出来た忍は異性の保護任務から外れれるの」
「そうなんだ……あれ?まだ許婚保留中じゃ……」
恵利桃はススッと目を逸らした。
(こいつ…………)
「だから……ねぇ。その…………平地君……ううん。柳くん……私とお友達から……でもいいからさ……ダメかな?」
上目遣いをしながらモジモジする姿は、あざとさの極みである。
罠のような気もしてならない。
が、こんなに可愛いならいいかもしれないとも思ってもしまう。
「…………ダメじゃないです。えー……よ……よろしく……お願いします」
詰まるところ、柳に最初から拒否などできなかったのだ。
満面の笑みを浮かべる恵利桃に柳は胸が高鳴る。
もしかしたら、あの嵐の日に見た姿が目に焼き付いた時点で、柳はすでに彼女に捕らわれ始めていたのかもしれない。
そうして、2人は握手をした。
ここから2人の物語が始まるのだ。
拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。